先代の記録 ③
1
翌日、瑞葉は自己嫌悪に陥っていた。
いくら感情的になりすぎたと言えど、何も悪くはない凜華を叩く事はなかった。
しかもあろうことか、その場を逃げるように帰ってしまったのだから。
今日の授業は全く頭に入らなかった。
最近はヴェノムの事件に追われて勉強どころじゃなかったと言えど、いつも以上にソワソワとして落ち着かなかった。
凜華が昨日の件をどう思っているのか、許してくれるのかどうか。
それとも昨日のことなど忘れたようにふるまってくれるのか?
いずれにせよ、今日は部室へと向かって凜華に一言謝ろう、そんな風に思っていた。
しかし、現実は残酷だった。
ほぼチャイムと同時に教室を飛び出し、全速力で部室へと向かったのだが、部室には鍵がかかっていた。
いつもは凜華が真っ先に来ているはずだが、今日は遅いようだ。
仕方なく鍵を取りに行き、もう一度部室の目の前に戻ると、まだ誰も部室の前に来ていない。
瑞葉が部室の鍵を開けると、当然のように部室の中には誰もいなかった。
今日はたまたま二人とも遅いだけだろう、そう自分に言い聞かせて瑞葉は古代文献を手に取って一人で解読を進めようとした。
でも、作業に集中できずに妙に落ち着かない。
結局その日は何も手つかずに夜を迎えてしまい、瑞葉は大人しく帰宅した。
翌日、今日こそは誰かいるはずだろうと部室へ向かうが……やはり鍵がかかったままだった。
瑞葉は寂しそうに鍵を手に取り、部室を開けて中に入る。 誰もいない部室の真ん中にぽつんと座った。
妙な寂しさを感じた。 いつも端っこで座り、黙々と解読を続けていた凜華。
いつも息を切らしながら部室でバテていた丈一。
気持ち悪さはあったが、いつも論理的に瑞葉の助けになってくれた英二。
皆、部室から姿を消してしまった。
英二は当然だ、既に退部届を出している。
瑞葉も確かにそれを受領していた。
だが、他の二人はどうしたのだろうか。
丈一は何処かヴィクターのやり方に不満を抱いていた、だから反発して部活に参加しなくなったのかもしれない。
なら凜華は……恐らく、自分のせいだろうと瑞葉は深くため息をついた。
携帯を手に取り、二人に連絡を取ろうとした。
しかし、途端に怖くなり手が止まってしまった。
もしかしたら拒絶されるんじゃないかと、怖くなってしまった。
怖くない、と言い聞かせても無駄だった。 手が小刻みに震えて上手く携帯を操作できなかった。
気晴らしに瑞葉は窓を開けて外を見降ろした。
外では元気よく部活動をしている生徒達の姿がよく見える。
世界がヴェノムに脅かされているというのに、そんな事も知らずに楽しそうにしていた。
この世界を守る為には、アカシャの戦士に選ばれた自分達が何とかするしかない。
気持ちを切り替えようと瑞葉はバシッと顔を叩き、今自分に出来る事をやろうと窓を閉めて古代文献を開いた
が、手がまるでつかなかった。
「バカ、何をしているのよ私……しっかりしなきゃ、一番年上なんだからっ!」
後輩に優しく、誰からも頼れるリーダーを目指した。
しかし現実はどうか。 部員をまとめきれずに、一人の退部者を生み出した。
必死になりすぎて取り乱し、後輩に強く当り散らした。
具体案もなく、現状を何とかしなくちゃと思っていても何も行動が出来ない。
まるでリーダーの資質がない、こんな自分の元から人が離れていくのは当然の事だろうと瑞葉は痛感した。
「どうしろって言うのよっ!」
バンッと強く両手で机を叩き、心の底から叫んだ。
その問いは自分自身に対してなのか、それともここにいない仲間達に尋ねたのか。
もはやそれすら自分でも判別がつかない。
ただ、力の限り叫びたかった、それだけだった。
しかし、ここで叫んでも何も変わらない、ただ虚しくなるだけだった。
自然と涙が込みあがってきた。
誰も見てないが、それを隠そうと瑞葉は机に突っ伏した。
こんな時、どうすればいいのだろう。
このまま成す術もなく浄化プログラムを受け入れるしかないのか?
もはや、選択せざるを得ない事態にまで自分が追い込まれている事に気づくのも、時間の問題であろう。
諦めるのか? 自分に問う。
諦めたくない。 瑞葉は自分に素直に答えた。
なら、どうすればいい? もう一度自分に問う。
わからない、何をすればいいのかわからない。
自分が何をどうすればいいのか、もはやわからなくなってしまっていた。
ガタン、ふと耳に引き戸が開く音が飛び込んだ。
もしや誰かが帰ってきたのか? と瑞葉は顔を上げた。
しかし、淡い期待はすぐに崩された。
「ふむ、たまには様子を見に来てみれば……なんだ、一人かね」
期待していた人物ではない、そこにいたのは考古研の顧問を担当する老教師だった。
「あ……えと、今日はその――」
そういえば顧問の教師には現状の事を何も告げていない。
アーシェス文明に隠された巨大ロボットの存在、精神世界の事、ヴィクターやヴェノムの事。
これらの話は勿論の事、英二が退部した事まで何も伝えていなかった。
「ふむ、少し隣いいかね」
「え、は、はい」
妙に緊張した瑞葉は背筋をビシッとさせると、顧問は腰を抑えながら座った。
「どうだね、小さな部でもリーダーを務めるというのは大変だろう」
「は、はい……」
「そんなに畏まらんでもいい、もう少し肩の力を落とすんだ」
「あ、ご、ごめんなさい」
どこかぎこちなく瑞葉は返事した。
「君はどうして考古研を立ち上げようと決意したのだ?」
「そ、それはその……単純な興味と言いますか、何か夢中になれる事を探したかったというか……な、何でもよかったんです」
「ふむ、だがそれはわざわざ考古学ではなくてもよかっただろう。 どうして君は考古学を選んだのだ?」
改めて聞かれると、瑞葉は上手く答えられずに言葉を詰まらせてしまう。
「多分……家の影響、だと思います。 祖父と母は考古学に携わっていましたから」
「ふむ、そうか。 どうだね、考古学は。 お前がが思っていた以上に世界は深いだろう?」
「え、ええ……まぁ」
まさか裏でヴェノムと人類の戦争により世界が何度もやり直されているとは思わないだろう、と瑞葉は苦笑いをした。
「特にアーシェス文明は我々の先を行き過ぎた高度な文明力を持っていた。
これほどの文明力を持ちながら何故廃れてしまったのか不思議なぐらいだ。
私が思うに彼らは自ら文明を封じ込めたのではないかと予想しているのだが、真相は未だに明かされていない」
「そ、そうですね」
「彼らの文明のおかげで、今の我々の暮らしがあると言っても過言ではない。
世界はアーシェス文明を中心に構築されている、私はそう考えているよ」
恐らくヴィクターの力によるものなのだろう
顧問の言葉を聞いて瑞葉は何となくそう感じ取った。
顧問が世界の真実を知るかどうかはわからないが、少なくとも核心に近い何かを悟っているのを感じ取った。
考古学者とは皆同じような事を考えているのだろうかと不思議に思う。
「……人の上に立つというのは難しいだろう。
人が集まるという事は当然それらを束ねる物が必要となる、たとえ少人数だとしてもな。
個々の考えが集まれば、当然ながら衝突も発生するし、それが大きなトラブルにも繋がる」
顧問は英二の事を知っているかのように瑞葉に伝えた。
瑞葉はただ自身の力のなさを恥ずかしく思い、俯く事しかできなかった。
「だが、そんな時リーダーであるお前が取り乱してはならない。
大事なのは失敗や衝突を恐れず、立ち止まらない事だ。 ここで歩みを止めてしまってはならない」
「立ち止まらない事?」
「まずは自分を信じる事、自分を貫いた先で間違いだと気づけば、その時に認めて謝ればいい。
迷いがあるなら納得がいくまで考える事をやめない、または相談すればいい。
とにかく、前へ進む努力をし続ければ道は見えてくるものさ」
瑞葉に少し助言すると顧問は重い腰をよっこらせとあげて、椅子から立ち上がった。
「何があったのかは深く詮索するつもりはないが、お前の事を妙に心配している生徒がいてな。
名はなんだったか忘れたが……まぁ、わしから言えることは一つ。
お前が路頭に迷い答えを見つけ出せずにいるのであれば、大人の知恵とやらで……道を示してやることはできるかもしれんぞ」
瑞葉は再び自分に問いかけた。
もう全て諦めてしまってもいいのか?
諦めたくはない、何が何でも道を切り開いて見せる。
顧問の言葉を胸に秘めて、瑞葉はバシッと自分顔を叩いて喝を入れた。
「先生、何でもいいんです……古代文明の歌について、何かご存じありませんか?」
「古代文明の歌? はて……君が頭を悩ませていたのはオルゴールの事なのかね?」
「オルゴール? あ、あるんですかっ!?」
瑞葉はパッと表情を明るくさせて顧問に詰め寄った。
「あるにはあるが……確か設計書であれば残っているはずだ」
「せ、設計書?」
「古代文献にも記されていたはずだが……どれ」
顧問は大量に並べられた古代文献のタイトルを確認し、一冊取り出すをぱらぱらとめくり始めた。
「ふむ、そうだな。 黒神社を知っているか?
そこには古代人が残した端末が眠っているようだが、そこに唄に関する情報が眠っていたはずだ。
オルゴールの設計書もそこに入っているはずだが」
「ほ、ほんとですか?」
しかし、瑞葉は心の中では愕然としていた。
恐らく端末というのは瑞葉達が見つけた白き石板の事を指すのだろう。
そこについては既に調べつくしているし、設計書の類も確認されなかった。
あったのは唄でヴェノムと戦ったという記録だけだ。
「どうやら古代人はその歌を禁忌としていたらしい。
その唄とやらは選ばれた者でしか解除できないような仕掛けを施しているようだ。
まぁアカシャの戦士を指していると思うのだが……昔の英雄が今の時代にいるはずもあるまい」
「アカシャの戦士でしか、解除できないって?」
瑞葉は無意識のうちにバッと顧問から本を奪い取っていた。
確かに顧問が言った通り、その仕掛けについての記載が記されていた。
よくみたら鉛筆で薄く印をつけた跡がある、誰かが調べた後のようにも見えた。
そういえば気づかなかったが、ここに山積みにされた古代文献の数々。
よく考えたら最初から部室にあった物ではない、勿論瑞葉が持ち出したものでもなかった。
なら一体、これは何処から来たのだろうか?
「まぁ、初めから諦めろと言うのも中々酷な事だ。
実際に仕掛けとやらの謎を追ってみるのも悪くはないかもしれんぞ」
「……アカシャの戦士でしか解けない、仕掛け」
一体どんな仕掛けなのだろうか見当もつかない。
恐らくアルマフォースが絡んでいる事は間違いないが……まさか、あの場所で解放しろという事なのか?
「しかしなんだ、思ってたより元気そうだな。 ま、今はその古代文献を隅々まで解析してみるといい」
顧問は瑞葉に分厚い古代文献を手渡すと、腰を抑えながら教室の外へと向かった。
「先生っ! あ、あの……助かりましたっ!」
上手く言葉に出来ず、瑞葉は笑顔でそう伝えた。
すると顧問は何処か照れ臭そうに笑い、また何かあったら大人の知恵を貸すぞ、と言い残して出て行った。
「うん、そうだよね。 私は私で唄の秘密を追えばいい。……でも、気になるな。
どうして身に覚えのない古代文献がここに……しかも、先生が言ってた私の事を妙に心配していた生徒って……うーん?」
もしや丈一か凜華のどちらかだろうか?
しかし、それだったら流石に放任主義の顧問でも顔ぐらいは知っているはずだが、と疑問に残る。
今は深く考えるべきではない。 瑞葉はとにかく試してみようと急いで教室から飛び出し、黒神社へと向かった。
2
三十分もしないうちに瑞葉は例の白い石板前に辿り着いた。
一昨日、ここでヴィクターと遭遇した事や凜華と口論になった嫌な記憶が蘇るが、
今はオルゴールの設計書が先だと邪念を掻き消そうと頭を激しく振った。
もし、顧問が言っていた事が真実であれば……瑞葉にはこの端末の仕掛けを解除する術を持っている事になる。
ヴィクターの言う通り、アカシャの戦士に選ばれたというのならば。
「とにかくまずは……えっと、アルマフォースを解放してみようかな」
一応周りに誰もいない事を確認し、瑞葉は深呼吸をした。
いつも無意識に使っている力ではあるが……意図的に使うにはどうすればよいか。
とにかく、強く念じる事から瑞葉は試してみた。
ふと指先が白い光に包まれた。
ほんの一瞬ではあるが、間違いなくアルマフォースの発動を意味しただろう。
もっと強く放てないか、瑞葉は目を深く閉じて願った。
「……お願い、私に唄を。 お母さんが私にくれた唄を……っ!」
幼いころ聞き続けていたはずの、母親の子守歌。
それがまさかこんな形で必要になるとは夢にも思っていなかった。
思えば母親は、この事態を予想して瑞葉に託してくれようとしていたのかもしれない。
そうでもなければ、わざわざこんな意味のある唄を子守唄替わりにはしなかったはずだ。
が、本当に単なる偶然なのかもしれない。
母親が古代文献に携わり興味深い唄を知って、それを娘に単純に聞かせていたのかもしれない。
いや、どちらでも同じだ。 きっと唄との出会いは偶然ではない、必然だった。
自らのトラウマと向き合う為にも、世界の現状をどうにかする為にも。 瑞葉にとって、唄は希望そのものであった。
すると突然、白き石板が何かに反応して稼働し始めた。
「まさか……本当に?」
半信半疑であったが、少なくとも端末が何か反応を示したのは間違いない。
石板には文字が浮かんでいた。 古代文字で、『求めるのなら力を示せ』と、書かれていた。
もうすぐ忘れていた唄を思い出すことが出来る、しかし同時に瑞葉は何処か恐怖を感じた。
本当に唄を思い出していいのか、本当に唄を解放してしまってもいいのか?
唄の存在はヴィクターが意図的に隠していたはずだ、それを今手にしてしまってもいいのかと考えれば考えるほど不安が広がっていく。
「……怖くない、立ち止まってちゃダメなんだっ!」
瑞葉は勇気を振り絞って、アルマフォースを解放させようと力強く念じた。
すると――突如、瑞葉自身に激しい頭痛が襲い掛かった。
頭を抑え込んで瑞葉が膝をつくと、端末からは文字が消え去りまるで電源が落とされたかのように何も反応を示さなくなった。
「そ、そんなっ! も、もう一回っ!」
瑞葉は何度も何度も念じるが、白き石板は何も反応を示さなくなってしまった。
どうして? 何故? もう少しで手に入ると思った矢先に、また何かが邪魔をした。
日が暮れるまで何度も何度も試したが、アルマフォースを使い果たしたせいか瑞葉はその場でバサッと倒れこんだ。
ダメだった、せっかく頑張ろうと思ったのに結局何もできなかった。 悔しい、何もできなくて悔しかった。
どうしてこうも空回りしてしまうのだろう。 もがけがもがくほどはまっていく、まるで底なし沼にでも迷い込んでいるかのようだ。
ザッザッ……、ふと誰かの足音が飛び込んだ。 既に日は落ちて夜を迎えている、こんな時間に一体誰が来たのだろうか。
懐中電灯の明かりが襲い掛かり、眩しいと目を閉じた。
「……お姉ちゃん?」
ふと耳に飛び込んだ懐かしい声。
瑞葉はハッとなって顔を上げた。 薄暗くてはっきりと見えなかったが、瑞葉はすぐに分かった。
そこにいるのは、凜華だった。
「り、凜華ちゃんっ!?」
どうしてここに? と言いかけたが、当たり前だ。
凜華はずっと白き石板を調べていたのだ、いつここにきても不思議には思わない。
だが、どうしてこんな夜になってから?
瑞葉は立ち上がってよろよろと凜華の元へ向かおうとした。
しかし、突然怖くなった。 もしかしたらこの前の件で、強く拒絶されるんじゃないかと思って。
「こんなところで、どうしたの?」
そんな事もなく、凜華はいつもの通りに接してくれた。
瑞葉は思わず嬉しくなって涙が子も上がってきていた。
「それ、どうしたの?」
瑞葉は凜華が大事そうに持っている小さな箱に目がいった。
凜華は恥ずかしそうに箱を隠そうとしたが、今更隠す意味もないとわかったのかそっと瑞葉に手渡した。
「……本当は、完成してから見せようと思ったけど」
「これ、オルゴール?」
「うん……まだ途中までしかできてないけど、お姉ちゃんを驚かそうと思ってこっそり作ってた」
まさか凜華が自ら作り出したというのか?
となれば、凜華はいち早く白き石板の仕掛けを解除したというのか?
あの後も凜華はたった一人で石板の秘密を調べ続けていたのだろう。
そうとは知らずに情けない、結局瑞葉は何処か凜華が裏切るんじゃないかと思って仲間を信じることが出来なかった。
そんな自分を恥ずかしく思うと、瑞葉はギュッと凜華を強く抱きしめた。
「ごめんね、私……ひどい事したのに、一人でずっと探しててくれてたんだね。
それに比べて私は……ただ何もせずに、バカやってて――」
「ううん、お姉ちゃんは何も悪くない。
私、あんな事ぐらいでお姉ちゃんを嫌いにならない。
だって、私を救ってくれた命の恩人だもの」
命の恩人、そうだ。 瑞葉は必死になってヴェノムに捕らわれた凜華を救った事があった。
あの時も諦めずに必死になって瑞葉は凜華を説得し続けていた。
そうだ、諦めたら何もかも終わりなんだ。 顧問が言ってくれた言葉の意味が胸に沁みた。
「これ、もう聞けるの?」
「ううん、まだきっとお姉ちゃんには唄は聞こえない」
「き、聞こえないって?」
一体どういう意味だろうか?
オルゴールが未完成だから聞けないならまだしも、聞こえないと言う表現は妙に引っかかる。
「先代が残したこの唄、物凄いアルマフォースが秘められているの。
あまりにも強すぎるから、お姉ちゃんのアルマフォースが無意識のうちに唄を掻き消そうとしてしまう」
「う、唄を掻き消してしまう?」
「白のアルマフォース、何者にも染められない純真なる白。
唄の力はそれと同質な力だと思う。
だからきっと、同じ力同士がぶつかれば互いが互いを干渉し合って、相殺される」
凜華は唄について随分調べつくしたようだ。
まさか仕掛けの解除を施した時、強い頭痛に襲われたのはそういう理由だったのだろうか?
となれば、瑞葉が今まで唄を忘れていたのではなく、聞いたことが……なかった?
いや、それはおかしい。 そうであれば子守唄に関する記憶なんて一切残らないはずだ。
だとすれば、逆にアルマフォースを無意識発動している現状が問題とも言えた。
「オルゴールは今日完成する。
でも、アルマフォースの問題を解決しないとお姉ちゃんが唄を使えない事態になってしまう……」
「ううん、今はとにかく作ってみようよ!
要は私のアルマフォースがプロテクトをかけちゃってるんだよね?
なら、それをコントロールできる術を身につければいいんだよね?」
「……うん、そうだけど」
「多分、大丈夫だよ。 先が見えなかった今までよりずっとマシっ!
ねぇ、オルゴールはもうすぐ完成なんでしょ? なら、私にも手伝わせてっ!」
「……うん、わかった」
凜華はいつもの通り笑顔で返事してくれた。
瑞葉と凜華は二人でしばらく、白い石板の前でオルゴールを作っていた。