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古代文明機 アーシェス  作者: 海猫銀介
2章 抗う戦士達
14/26

    仮面を外す時③

   1

薄暗い夜道を僅かな街灯だけが細い道路を照らしていた。

街灯があっても薄暗く不気味な通りは、いつ何が出てもおかしくない雰囲気が漂う。

一人で歩くは勇気がいるほどだが、そんな事もお構いなしに一人自転車で突っ走る女子生徒……瑞葉の姿があった。


自転車のライトで前方を照らしてはいるが、まるで前など気にしないほど必死になってペダルを漕ぎ続けていた。


「早く、早く行かなきゃっ!」


しきりにポケットにしまった携帯を気にしながら、瑞葉は急いで黒神社へと向かっていた。

数日連絡が取れていなかったヴィクターから、突然携帯を通じて瑞葉に知らせがあったのだ。

アカシャの戦士の一人、左京 英二が、一般人を救出する為に精神世界へ向かったと。

丈一、英二といい、どうして勝手に突っ走ってしまうのだろうと頭を悩めた。

男らしいと言えば男らしいが、瑞葉にとっては後先も何も考えない愚かな行為以外何者でもない。

まさか英二までもがこのような真似をするとは、正直驚きを隠せなかった。


「ついたっ!」


ようやく目的地の黒神社へ辿り着くと、瑞葉は自転車を乗り捨ててバリケードを潜った。

息を切らし、全身に汗を掻きながらも休むことなく走り続け、更には長い石階段を上りきる。

ようやく集合場所としていた黒神社の社へと辿り着いた。

流石にここで立ち止まり呼吸を整えたが、

今は休んでいる場合じゃないと瑞葉は既にあけられていた隠し階段を一人先に降りて行った。


「やっぱり貴方が先に辿り着いたわね」


「丈一君と凜華ちゃんも後から来るわ。 英二君は無事なのっ!?」


流石に無理をしすぎたのか、カラカラになった喉から無理やり声を絞り出して叫んだ。

するとヴィクターは無言で瑞葉のフライターを指差した。


「はっきり言うわ、状況は最悪よ」


「え……」


いつも以上に冷たく重いヴィクターの一言が瑞葉に圧し掛かる。

一瞬頭の中が真っ白になったが、ハッと我に返り自らの頬を両手でバシッと叩いた。


「ど、どういう意味?」


「とにかく、三人そろうまで待つ事ね。 今、貴方が一人で向かってもどうする事も出来ないわ」


「どうして? ちゃんと説明してよっ!」


冗談じゃない、英二が苦しんでいるかもしれないのにここで指をくわえて待っている事なんてできなかった。


「落ち着いて、部長の貴方が取り乱してはいけないわ。

状況は確かに最悪だけど、彼が死の窮地に立たされることはないわ。 ただ、非常に厄介なことが起きただけなの」


「厄介な事って、何よ? そうやって曖昧な事ばかり言うから……っ!!」


「ゼェ……ゼェ……わ、悪い先輩……遅くなっちまった――」


今にも死にかけそうな顔をしながら、よろよろになって丈一が隠し部屋へと降りてきた。

よくみたら隣で凜華が丈一の事を支えている。

凜華はあまり疲れている様子はないが、恐らく丈一が凜華を載せてきたのだろう。

丈一は体力はないが根性はある、凜華を連れてここまで来るのに相当無茶をしたに違いない。


「ごめん丈一君、状況があまり良くないみたいなの。 すぐに出撃できる?」


「ちょ、ちょっと休ませてくれ……マジ、吐きそう……」


胸を押さえながらぐったりとしている様子を見ると、そのままポックリと倒れてしまうんじゃないかと不安になってしまう。

だが、隣で凜華が小さく指でVサインを作っていた。

何とか行ける、という意味だろうか。


「思ってたより早く揃ったみたいね。 それじゃ、手短に伝えるからよく聞いて」


三人が無事揃ったことを確認すると、ようやくヴィクターは口を開いた。


「今回ヴェノムに捕らわれた者は、実は自力でアルマフォースを解放させてしまった人間なの」


「アルマフォースを解放? どういうこと? だってアカシャの戦士はもう揃ったんじゃないの?」


「何もアカシャの戦士だけがアルマフォースを使えるといったルールはないわ。

それに伝えたはずよ、ヴェノムは人に眠るアルマフォースを摂取するのが目的だって。

だから、一般人が突然アルマフォースを解放させることがあっても別に不思議な事ではない」


「だったら、何が問題なのよ?」


「……問題は、そのアルマフォースが新たなアーシェスを生み出してしまったことよ」


「あ、新たなアーシェスって? え……何を言っているの?」


一周空気が凍りつくかのような沈黙が生まれた。

瑞葉は思わずヴィクターに聞き返してしまった。

彼女が何を言っているのか理解できない。

そもそもアーシェスというのは古代人が残した機械兵であるはずだ。

アーシェスが生み出されたというのは一体どんな意味なのかわからなかった。


「正確に言えば、アーシェスとは別物よ。 だけど、あれは限りなくアーシェスに近い。

しかもそれは……ヴェノムが持つ黒き力の暴走によって組み立てられている」


「黒き、力? それって、アルマフォースの事?」


「そうよ、ヴェノムの根源は黒き力にあるの。

彼らはアルマフォースを摂取する事により黒き力を生み出す事ができる。

ま、とにかく今は危険な力だと思ってくれればいいわ」


黒き力、アルマフォース。

彼女の言葉に瑞葉は少し引っかかっていた。

しかし、今はそれよりも新たなアーシェスが登場したという事実を受け止めるべきだ。

しかし、それは逆に考えれば味方が増えたと捕らえる事はできないだろうかとふと頭を過ぎった。


「ねぇ、だったらそのアーシェスは私達の味方なんでしょ? 一緒に世界を救う為に戦ってくれるんだよね?」


「そうとは限らない、ヴェノムによって生み出されたアーシェスは当然、ヴェノムの意のままに操ることができる。

……しかし、貴方の言う事も一理はある。

何故ならこれは、ヴェノムに捕らわれた彼女のアルマフォースが強すぎたからこそ、起きた事象なのだから」


「ど、どういう意味?」


相変わらず回りくどい言い方をするヴィクターに腹を立てるが、我慢して瑞葉は尋ねた。


「彼女が上手く力をコントロールできれば話は別。

だけど、恐らく膨大すぎる力のコントロールは難しいわ。

はっきりと言って、彼女は貴方達4人よりも遥かに強いアルマフォースの持ち主よ」


「私達より強い? じゃ、じゃあどうしてその人がアカシャの戦士に選ばれなかったの?」


「最初に言ったはずよ、アカシャの戦士は別にアルマフォースの強さで決まっているわけではないと。

でも、今見る限りでは何となく理由が見えるわ」


「その理由は?」


「彼女は、自身の力をコントロールできないわ。

もし、うまく制御できるとすれば……力が暴走してアーシェスを生み出す事態になるはずがない」


「……なら、戦うしかないの?」


ヴィクターは無言で頷いた。

今までヴェノムと平然と戦ってきたが、今回はアカシャの戦士ではない一般人が乗ったアーシェスを戦うという事態に陥ってしまった。

どうにかしてその人を救出できないか必死で考えたが、ヴィクターには聞かずとも答えが何故かわかってしまった。

恐らく彼女は、助ける事が出来ないと答えるだろうと。


「先輩、もう大丈夫だ。 早くあいつを助けてやろうぜ」


「丈一君……で、でも」


瑞葉は何故か足が動かなかった。

今すぐにでも英二を助けたいはずなのに、戦うべき相手はヴェノムだけではなく『人』が乗ったアーシェスである事を知ってしまったから。

ヴェノムは人類の敵、仲間を苦しめる悪い奴だと思っていたから戦えていた。

だが、今回の相手ははっきりと言えば被害者だ。 そう考えると足が竦んでしまったのだ。


「大丈夫、先輩なら助ける事ができるはずだ。 なんたって俺らを助けてくれたヒーローだしな」


「うん、今回も助けてあげればいい」


「凜華ちゃん……」


そうだ、悩んでいて始まらない。

二人の励ましの言葉を聞いて元気づいた瑞葉はよしっと掛け声を出してフライターへと向かっていった。


「ヴィクター、私はあえて貴方に答えは聞かないわ。

だけど、私は絶対にその人を助けてみせる。 その上でアーシェスを破壊すれば、貴方も満足でしょ?」


「……わかっているのなら、これ以上私からいう事はないわ」


彼女は何かを隠している、今の一言で瑞葉は感じ取れた。

だけど、問い詰めてもこたえてくれるはずもない。

ヴィクター、本当に信用していいのかどうか。 瑞葉の中で少しずつ迷いが生じていた。


「……とにかく、英二君をまず助けなきゃっ!」


うだうだと悩むのはやめようと、瑞葉は頭を振るって操縦桿を握りしめた。





突如現れた全身が真っ黒なアーシェス。

あれは間違いなく、香奈が手にしていた本に描かれていたアーシェスと同じ姿をしていた。

何故、今となって全く知らされていないアーシェスが出てくる?

これもまたヴィクターが隠していた事と何か繋がるのだろうか。

自分はまだまだ、何もわかっていない。 何も知らされていない、という事を英二は痛感した。

アーシェスはヴェノム、そしてアルマフォースにはまだまだ自分たちが知らない秘密が多く隠されている。

勿論、そのすべてを知るのはヴィクターだろうが……彼女は必要な情報以外は開示しない、悪く言えば非協力的なのだ。

しかし、今はヴィクターの事を疑っている場合ではない。

問題はあのアーシェスが敵意を見せるかどうか、それに尽きる。 しかし――


「クッ……っ!」


黒きアーシェスに気を取られている隙に、気がつけばヴェノムが迫ってきていた。

ニュルニュルと細長い体で身動きが取れないクァズールの事を囲い始める。

せめて空に逃げられれば……と英二はハッと閃いた。


「そうか、何もアーシェスは常に人型でいる必要はないっ!」


咄嗟の思いつきだったが、英二は合体を解除して機体をフライターの姿へと戻した。

思惑通り、見事フライターは無傷のまま空へと飛び立つ事が出来た。

しかし、このままヴェノムと黒きアーシェスを放っておくわけにはいかない。

フライターのままではろくな武装がない為、これ以上戦いを継続するのは困難ではあった。

すると突如、レーダーに強いアルマフォースの反応が示された。

直後、ヴェノムの口から白き閃光が走ったのが一瞬見えた。


「あくまでも、私を狙うかっ!」


英二はスロットルを限界まで押し込み機体を加速させると、空に激しい爆発が引き起こされた。

あと一瞬でも遅れればあの爆発に飲み込まれていたかと思うと背筋をゾッとさせた。

ヴェノムの標的はどうやら黒いアーシェスではなく、英二のアーシェスのようだ。

となれば、あの黒いアーシェスはヴェノムの一部と考える事もできなくはない。


「左京、君?」


「香奈ちゃん?」


コクピットに突然、香奈の通信が入ってきた。

やはりあのアーシェスに乗っているのは彼女なのだろうか?

そうでなければ、こうやって通信が入ってこないはずだ。


「何ここ? あれ、私……どうして」


「香奈ちゃん、落ち着いてくれ。 君は今、何処にいる?」


「わからない。 でも、、これってもしかして――」


少なくとも、以前英二がヴェノムに捕らわれていた時とは状況が違う。

ならば彼女はやはり、あのアーシェスの中にいるのだろうと確信した。


「英二君っ!」


すると、別の通信を受信した英二はレーダーを確認した。

フライターが三機、こちらに向かって来ている。

どうやら瑞葉達が助けに来てくれたようだ。


「私は無事だ、それよりもあの黒きアーシェスに……香奈ちゃんがっ!」


「香奈ちゃん? え、どういうこと? それって、貴方の――」


瑞葉は途中まで口にしたが、それ以上は言わなかった。

瑞葉は英二の過去を知っている彼女の名を知っていても不思議ではない。


「とにかく、その人助けたいんでしょ? だったら、合体するわよっ!」


「……そうだな」


今は悩んでいても仕方ない、そう思って英二は瑞葉達と合流してアーシェスを合体させた。

アルヴァイサーへと姿を変えたフライターは、フォトンライフルを構えて、黒きアーシェスへと向けた。


「待て、音琴君っ! 奴は無害だ、それよりも先にヴェノムを片づけたほうがいいっ!」


「で、でもヴェノムなんてどこにいるのよ?」


「奴は地面に潜ることができる、それに頭が二つあるから気をつけろ。

夢咲君、君の力でヴェノムの位置を特定できないか?」


「大丈夫、今やってる」


凜華は高速でキーを打ち込みながら答えた。

凜華は頭の回転が速い、こちらの位置を指示する前に読み取ってくれるのが非常に助かる。


「それよりもどうなってんだ? あのアーシェス全く動かねぇじゃねぇか……本当に俺達の敵なのか?」


「敵? 敵なものかっ! 彼女は何もわからずにアレに乗っているんだぞっ!?」


英二は声を荒げて丈一に向かって怒鳴った。


「わ、悪い……そ、そういうつもりで言ったんじゃねぇんだ」


「とにかく、今はヴェノムを先にどうにかするべきでしょ?

少なくともヴェノムに誰も捕らわれていない状態であるのは確認できてるんだからっ!」


瑞葉の言う通りだろうと英二は機体の制御に集中した。

凜華が割り出したヴェノムの反応を元にレーダーで動向を伺うと、一瞬だけアルマフォースの反応が高まったのを確認した。

伝えるまでもなくそれに気づいた瑞葉は、アルヴァイサーで駆け出してできるだけ遠くへと避難した。

すると、地面から上空へ向けて一本の光の柱が伸びていく。 と、同時に大爆発が引き起こされた。


「な、何よあれっ!? 地中からあんなことができるの?」


「音琴君、後ろだっ!」


恐らくもう一撃来ると先読みした英二が叫ぶと、アルヴァイサーは背後へと振り返ってフォースライフルを構えた。

すると、地中から大蛇の姿をしたヴェノムが姿を現した。

一瞬瑞葉は怯んだが、その後すぐにトリガーを引くと、轟音と共に一直線に白いせん光が走る。

見事、白い光はヴェノムの口を貫くと小爆発を引き起こすと同時にヴェノムの奇声があげられた。


「あ、危なかった……英二君が言わなかったら気づかなかったわ」


「似たような手口を使われたのでな、それに奴は頭が二つあると言った」


「でもまだ、奴の反応は消えてねぇな。 頭吹き飛ばしたってのにまだ生きてんのかよ?」


確かに丈一の言う通り、ヴェノムの反応はまだ残っている。

地中からの攻撃を警戒しつつ、瑞葉は全神経を尖らせていた。

それよりも英二は黒いアーシェスの動きが気になって仕方なかった。

彼女は今一体どうしている、あの中でずっと怯えているのか? ……助けを求めているのか。


「左京君、何処にいるの? ねぇ、左京君っ!」


 再び、香奈から通信が入った。 すると、今まで身動き一つとらなかった黒いアーシェスが、上半身だけ僅かに動き始めていた。


「おい、あのアーシェスが動き始めたぞっ!?」


「え?」


 瑞葉がアーシェスに気を取られた隙に、背後から土を突き破りヴェノムが再び姿を現した。


「先輩、俺に変われっ!」


「わ、わかったっ!」


丈一は何かを思いついたのか咄嗟に瑞葉に向かって叫んだ。

すると一旦アルヴァイサーの合体が解除され、ビルブレイズへと姿を変えた。

ビルブレイズはそのまま、全速力でヴェノムへと向かっていった。


「ちょっと、どうするつもりなのっ!?」


「決まってんだろ、あいつが逃げる前にここでケリをつけるっ!」


「な、ななな何言ってんのよっ! あいつをよく見てっ!」


地中から姿を現したヴェノムは既に口を大きく開き、白いビームを放とうとしている瞬間だった。

あのスピードと凄まじい爆発を前に、このまま立ち向かう勇気は少なくとも瑞葉にはない。

だが、英二も同じ考えではあった。

あのまま地中に逃げられ続けるぐらいなら、火力に特化したビルブレイズで短期決着をつけるのが一番早いだろうと。

しかし、このままではリスクが高すぎる。


「丈一の言う通りだ。 躱してからではすぐに地中に逃げられるだろう」


「うー、やっぱり行くしかないのね……」


「白のアルマフォースで少しは誤魔化せるかも」


凜華はキーを高速で叩きながら呟いた。

恐らくアルマフォースの制御を行っているのだろう、ビルブレイズの全身にはうっすらと白い光が膜のように纏われていた。

過信はできないが、これである程度敵の一撃を誤魔化す事はできる。

勿論、丈一も直撃を受けるつもりはない。

相手の動きに合わせて間合いを詰めていく。

ヴェノムの口からビームが発射される瞬間を狙い、ビルブレイズは高く飛び上がった。


「うおらぁぁぁっ!!」


視界が真っ白な光に包まれると、機体がグラッと大きく揺れた。

気が付くとビルブレイズは、ヴェノムの頭上を大きく飛び越えていた。

凜華が張ったバリアがダメージを最小限に抑えてくれたのだ。

ビルブレイズは飛び越えると同時に数発鉄槌を打ち込んだ。

更に追撃でバーニアを噴かせると、得意のラッシュで容赦なくヴェノムを殴り続けた。

するとヴェノムは奇声を上げると身体を大きく揺らしてビルブレイズを振り払った。


「うおぉっとっ!?」


何とかうまく着地し、バランスを整えている間にヴェノムは地中へ逃げようと再び頭を地中へ沈めようとしていた。

更に追撃しようとビルブレイズが踏み込んだ瞬間……突如、黒き光がビルブレイズの前を横切った。


「な、なんだ――」


ズガァァァンッ! 不意に起きた爆発に対応できず、ビルブレイズは吹き飛ばされた。

今の黒い光はヴェノムではない。 ならば、答えは一つだ。


「い、今の何っ!?」


「わかんねぇ、でも今の黒い光といい……」


「あのアーシェス、動き出した」


先に口にしたのは凜華だった。

レーダーが示すヴェノム以外の反応、それは先程まで身動き一つとらなかった例の黒いアーシェスだ。

何故このタイミングで動き出したのかわからない。

だが、少なくとも今の一撃は……こちらに向けられていないと思えた。

砂煙が舞っている中、少しずつ霧が晴れていくと……気がつけばそこにヴェノムの姿はなかった。


「あ、あれ? ヴェノムは?」


「反応はロストしてる。 少なくとも近くにはもういないみたい」


凜華は冷静に分析するが、今はヴェノムよりも黒いアーシェスの動きが気になる。

英二は香奈が乗っているアーシェスの事を睨むようにジッと見つめた。


「何? 今の……左京君、私怖いよ……っ!」


再びアーシェスに通信が入った。 彼女が助けを求めている、だが英二はどうすればいいかわからず戸惑うだけだった。


「英二の知り合いか? でも、なんかちょっと様子が変だぞ?」


「……来る」


凜華は小さな声で呟くと、黒いアーシェスがアルマフォースを構えて発砲してきた。

丈一は咄嗟にバックステップをして直撃を免れた。 が、何故いきなり攻撃を?


「来ないで……私はただ、左京君に捨てられたくないだけなのっ!」


「す、捨てる? 一体どういうことなの、英二君っ!?」


私に言われても困る、と口にしたかったが……下手に香奈を刺激しないほうがいいと何も言わなかった。

彼女は突然、敵意を見せ始めた。 理由はわからない、少なくとも先程までは状況が分からずただ混乱していただけなのだろう。


「そう、貴方が奪ったのね……左京君をっ!」


黒いアーシェスがサーベルを向けると、猛スピードで接近を仕掛けてきた。


「ま、待ってっ! 貴方、何を言っているのっ!?」


「私の事も左京君の事も、何も知らないくせにっ!!」


黒いアーシェスの周りに黒い靄のようなものが徐々に噴出され始めていた。

あれが、ヴィクターの言っていた黒き力だというのか? だとすれば、彼女はまだ……ヴェノムの支配から逃れ切れていない。


「わかったかしら、彼女はヴェノムの支配を受け入れたのよ」


ヴィクターからの通信が届いた。 相変わらず淡々とした物言いだ、英二にとっては府会にすら感じてくる。


「ど、どうすれば彼女を助け出せるの?」


「あら、貴方は言ったわよね。 自分の力で何とかするって」


「そ、そうだけど……でも、少しぐらい協力してくれてもっ!」


「私から言えるのはただ一つ、あのアーシェスを一刻も早く破壊しないと取り返しにつかないことになる。

あのパイロットは貴方達よりも遥かに優れたアルマフォースを持っている、その力が解放されてしまえば……

アカシャの戦士と言えど、タダじゃ済まないわ」


「は、破壊しろっつってもよ……な、何とか助けてやれねぇのかよ!?」


「……お願い、私の言う通りにして。 納得いかないかもしれないけど、今の貴方達には彼女を助けるのは無理よ」


何処か切実そうにヴィクターは訴えていた。 何故簡単に彼女を斬り捨てろと言える。

所詮ヴィクターは世界を優先とする為に作られたプログラム体。

人間的な感情は全て斬り捨てているし、人間の気持ちなど知ろうともしないだろう。

こんな機械の指示に、従う意味が……どこにある?


「――ヴィクター、もういい。 たくさんだ」


英二は疲れ切った表情で囁いた。


「英二、くん?」


瑞葉は英二の様子がおかしいことに真っ先に気づいた。

流石メンバーの事をよく見ている我らが誇る部長。

少し惜しいと思ったが、既に英二の中で答えは出ていた。

突如、アーシェスの合体が強制的に解除された。 英二のフライターは一人、空高く飛び上がっていた。


「英二君? 何をしているのっ!?」


「……音琴君。 いえ、音琴先輩。 僕は今までずっと、大きな勘違いをしていたことに気づかされたんです」


「大きな勘違い? それって、彼女が関係しているの?」


「結局僕は、ずっと彼女を傷つけっぱなしだった。 そんな僕がこれ以上、彼女を傷つける真似なんてできない」


「どういうこと? だって、貴方は――」


「もう仮面の意味はなくなったんだ。 だから僕は、貴方が認めてくれた偽りの仮面を……今この場で捨てるっ!」


英二は瑞葉に伝えると、一方的に通信を切った。

今の香奈には英二という支えが必要だ、それにこれ以上ヴィクターの指示に従うつもりもない。

彼女の乗るアーシェスだって、立派なアーシェスのはずだ。

だから英二は決めた、彼女と共に……ヴィクターとは違う形で、世界を救う手段を探すと。


「香奈ちゃん……ごめん。 今、君を助けるっ!」


無我夢中になって英二は、フライターで黒いアーシェスの元へと向かった。

迷いはない、ただ一直線に黒いアーシェスへ向かっていた。

スロットルを限界まで押し込み、フライターは既に最高速度に達している。

スピードを落とすことなく、英二は黒いアーシェスの腹部へ突撃すると、そのまま腹部を貫いて空高く飛び上がった。

すると、周囲にバラバラになった黒いアーシェスのパーツが集まり始める。

更に、もう一機のフライターが英二のフライターと共に飛び上がっていた。


「やっと、私の事をちゃんと見てくれたね」


「……これからは、ずっと一緒だ」


香奈の声を聴いただけで、彼女が微笑んでいるのが伝わった。

気がつけば二人は同じコクピットにいた。

……どうやら、英二のアーシェスと彼女のアーシェスが合体を果たしたようだ。

理由はわからないが、起きてしまった以上……何らかの力が働いたと思うしかないだろう。

これもヴィクターが予想していた事かどうかはわからないが。


「ブラックアズール、クァズールの新たな姿……」


この力が世界を……いや、彼女を救う力になるはずだ。

長年英二をしばりつけていた何かから、ようやく英二は解放されたと安堵した。


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