仮面を外す時 ②
1
気がつけばすっかり日が暮れてしまっていた。
あれから彼女とはアーシェス文明について語り合っていた。
勿論、英二がアカシャの戦士だった事や現在世界はヴェノムの脅威に晒されている事は明かしていない。
こんな非常識な事話す気にもなれないし、明かしたとしても信じてもらえるはずはないだろうが。
「今日は楽しかったよ、左京君」
「そうか」
英二は複雑な思いで頷く。
彼女はすっかり昔の事など気にしていないようだが、英二はそういう訳にもいかない。
偶然の再会ではあったものの、今更彼女とどう接していけばいいかなんてわからなかった。
むしろ何故彼女はここまで平然としていられるのか疑問に思うぐらいだ。
「また今度、古代文明の事色々教えてくれる?」
「……」
英二は返事をしなかった、いやできなかった。
まだ自分の中でこれからどうしていけばいいのかはっきりとまとまっていないからだ。
言葉を詰まらせたというよりかは、意図的に言葉を飲み込んだ方が近い。
「携帯、出して」
香奈は寂しそうな顔をしながら、英二に伝えた。
英二はポケットに入れていた携帯を取り出そうとしていたが、ふとそこで手を止める。
ここで携帯を渡したら彼女が何をするかなんてわかりきっている。
言い訳なんていくらでもできるはずだと思ったが、何故か言葉が詰まってしまっていた。
そんな思考を巡らせていると、香奈は素早い動きでパッと英二の携帯を取り上げてキーを打ち込んだ。
「私のアドレス、登録しといたから」
「あ、ご、ごめん」
「い、嫌だった? な、なら……消しちゃってもいいから」
香奈は寂しそうな顔をしながら静かに告げた。
彼女は必死だ、英二との繋がりと立たないように多少強引にでも動いていた。
香奈にとって、英二という存在はなんだったのか。
決して親しい中だった訳ではない、それなのにあんな大きな問題を起こした挙句、英二は彼女を傷つける結果を生んだ。
英二の彼女への思いは、あんな事件があった後でも変わっていない。
それだけ彼女の魅力に惹かれていたし、彼女が自分に興味を持ってくれているとのは正直嬉しいと思いたい。
だからといって、今更……何故、今更なのか。
「……メール、待ってるから」
香奈は一言だけ英二に伝えると、喫茶店を後にして立ち去った。
一人残された英二は、返された携帯を握りしめ呆然と眺めていた。
ふと我に返ると、携帯の画面を確認してアドレス帳を開く。
確かに、そこには香奈の名が載っていた。
メールアドレスと携帯番号、どちらもしっかり記録されている。
勿論これが彼女の物である保証はないが、英二は本物のアドレスだと疑わなかった。
それが単なる願望なのか、それとも彼女がそんな悪いことをしないと美化しているだけなのか。
英二は深くため息をつくと、携帯を大切そうにポケットに戻した。
今日は部員達総出でアーシェスを使ったヴェノム退治の初日だ、時刻を見ると既に20時を過ぎようとしている。
集合時間が近づいている以上、家に戻る時間はない。
少し早いが、そのまま集合場所である黒神社へ向かおうと英二は自転車に跨った。
夜の町中をひたすら漕ぎ進めて、頭に浮かべるのは昔の事と彼女の事だ。
心の中がモヤモヤとする、せっかく再会できたのに嬉しいのか嬉しくないのかわからない。
いっそ拒絶してくれれば諦めがついたのかもしれない。
だけど、そうではなかった。
香奈は英二の事を覚えていてくれたし、嫌っていなかった。
それどころか再会できたことを嬉しく思ってくれていた。
なのに、英二は自分の気持ちがはっきりとせずに困惑するだけだった。
いや、気持ちならはっきりしているのかもしれない。
ただ、自分が過去を引きずって否定しているのだ。
今更彼女を好きになれるはずがない、もう自分は身も心も変わったはずなんだと。
しかし、それで良いはずがない。 英二は自転車を止めて夜空を見上げた。
今、自分はどんな顔をしているのだろうか。
悲しいと思っているのか、それとも初恋相手と再会できた事を素直に喜んでにやけた顔をしているのか。
彼女の目には、英二はどんな風に映ったのだろうか?
「……偽りの仮面、か」
自らかぶった偽りの自分、今ではそんな自分ですら認めてくれる人物がいる。
それは過去の事件を機に、英二が出した生き方の答えであった。
自分の正義に酔いすぎないよう、思い上がらないよう。
愚かな自分を制御する為の仮面だった。
気がついたら、無意識のうちに携帯を取り出していた。
ついさっき別れたばかりなのに、無性に彼女の声を聴きたくなっていたのだ。
こんな状態でこれからの戦いに集中できるはずがない。
英二は自分の気持ちをはっきりとさせたかった。
腹を括った英二は、メガネをはずして深呼吸をすると彼女の連絡先に電話を掛けた。
コールが1回、2回と鳴り3回目……彼女はそこで着信した。
「もしもし?」
「香奈ちゃん?」
何故か声が震えていた、よほど緊張しているのか。
喉がカラカラで少しかすれてしまっているのがなんだか恥ずかしく感じた。
「左京君? ……嬉しい、早速電話してくれたんだ?」
「香奈ちゃん……その、さっきはごめん。 また一緒に――」
「え――何? キャッ!?」
「香奈ちゃんっ!?」
突如、香奈は悲鳴を上げた。
何事かと思い周囲を警戒するが、香奈がどこにいるかはわからない。
だが、まだ近くにいるはずだと英二は電話を握ったまま、真っ先に自転車をこぎだした。
「香奈ちゃん、どうしたんだっ!?」
「な、何か黒いのが……さ、左京君……たすけ――」
プツン……とこで電話は途切れてしまった。
英二は自転車を止めてその場で立ち尽くすが、頭を振るって冷静に分析した。
まさかとは思った、しかし否定はできない。
もし、彼女の身に黒い何かが襲い掛かったとするのならば、答えは一つしか考えられなかった。
「香奈ちゃんが……ヴェノムに? クソッ!」
急いで香奈ちゃんを助けなくては。
英二は自転車を押し出しながら駆け出しペダルを漕いだ。
すると、ペダルを踏み違えたのか視界が暗転し、自転車はガシャンッ! と爽快に転倒してしまった。
自分らしくない、どんな時でも冷静でいられると思っていたのに、驚くほど動揺している自身に英二は驚いていた。
やはり、どんな過去を抱えていようと英二にとって香奈は特別な人だった。
英二は自転車を起こして呼吸を整えると、そのまま漕ぎ進めていった。
2
アーシェスが眠る黒神社へと英二は一人で辿り着いた。
当然ながら他のメンバーは到達していない。
本来なら4人が揃うまで待つべきなのだろうが、今の英二は香奈を助けたい気持ちで頭がいっぱいだった。
今でならわかる。 丈一が妹を思って、たった一人でヴェノムに立ち向かっていったことが。
例え本来の力を発揮していない状態でも、自分がアカシャの戦士としてアーシェスで戦う力を持っている。
その力を信じて、大切な人を救いたいと思う気持ち。
人間として実に当たり前の行為だ。
英二は例の黒き石板に隠されている通路から地下室へと向かった。
そこには瑞葉が話した通り、アーシェスのフライターが四機分保管されていた。
英二のフライターはすぐに見つかった。
アルマフォースを示す青色一色のフライター、英二は迷わずそこへ向かっていく。
「あら、貴方一人で何処へ行くつもり?」
フライターの影から、聞き覚えのある女性の声が耳に届いた。
確認するまでもなく、ヴィクターだろう。
彼女がここにいても何ら不思議ではない。
「香奈ちゃんがヴェノムに襲われた、恐らく精神世界に連れていかれたはずだ」
「一人で行くつもり? そんな事、私が許さないわよ」
「貴様に従う義務もあるまい、私は私のやり方でやらせてもらう」
「はぁ、どうして今回のアカシャの戦士は身勝手な人ばかりなのかしら。
歴代アカシャの戦士の中でも、貴方達ほどの問題児は初めてよ」
「所詮、作り物の貴様に人間を理解できるはずがあるまい。 失礼させて頂く」
英二はヴィクターの忠告を無視し、フライターへと駆け足で向かっていった。
ヴィクターは鋭く英二を睨みつけるが、それ以上何も言わなかった。
見逃してくれたのだろうか、ヴィクターの意図はともかくとして英二はコクピットへと乗り込むと、フライターが勝手に稼働し始めた。
「ヴェノムの反応があったポイントを貴方のフライター送っておいたわ、全部で三か所。
そのうちの一つが貴方にとっての当たりね。いい? 貴方は4人の中でも比較的に操縦センスもいいし、アルマフォースも極端に高い上に安定しているの。
だからこそ単独行動を許す……けど、他の3人が揃うまでくれぐれも無茶な真似はしないで」
「……承知した」
英二はヴィクターが協力してくれた事に少し驚いたが、かといって完全に彼女を信用するつもりはなかった。
それよりもヴィクターが口にした言葉は気になる、アルマフォースが極端に高い上に安定していると。
他の三人はそうではない、というのか? わざわざその事を教えることに何らかの意味があると疑ってしまうが、今は気にしない事にした。
英二はパイロットスーツへ着替えると、操縦桿を握りしめて精神世界へと出発した。
3
精神世界へ辿り着くと、英二はまずヴィクターが示した位置情報をレーダーへ反映させた。
僅かにだがアルマフォースを感じるが、英二が搭乗するクァズールには凜華のサイティス程の解析能力はない。
感知したポイントを順番に回っていくしかないのかと考えたその時、不思議と右手が白い光に包まれている事に気が付いた。
これは、間違いなく彼女のアルマフォースだ。 不思議と手に残った温もりが、彼女がどこに捕らわれているかを示している気がしていた。
「彼女も我々と同じ、アカシャの戦士だというのか?」
だが、ヴィクターは他にアカシャの戦士が存在する事を教えてくれなかった。
しかし、ヴィクターがその事実を伏せている可能性も考えられる。
ヴィクターがどこまで事実を隠しているかわからないが、どうせ聞いてもこたえてくれないだろう。
「いや、今は助ける事だけを考えるんだ。 ……アイツも、自らの手で妹を助け出したはずだ。 私にできないはずがない」
詳細は聞かされていないが、丈一はヴェノムに支配された妹を救ったはずだ。
同じように自分も香奈を助け出そうと手に残った光……恐らく、残った香奈のアルマフォースを頼りに道を辿った。
ヴィクターから渡された位置情報と合致している、ならば迷うまいと英二はフルスロットルでフライターを前進させた。
「ここだっ!」
何かを感じ取った英二は、そこでフライターを『クァズール』へと変形させ、地上へと着陸した。
が、周囲は妙な静けさに支配されている。
レーダーにヴェノムの反応は確かにあるが、肉眼で見る限りそこには廃墟が広がるだけだ。
だが、ヴェノムは確実に近づいてきていた。
「なるほど、そこか」
何故ヴェノムの姿が見えないのか。
考えるまでもない、とクァズールは二丁銃を構えると……僅かにだがコクピットに振動が伝う。
瞬時にクァズールは後ろに向かって飛ぶと、目の前からドゴォンッ!と地表が砕き何かが姿を現した。
ヴェノムだ、真っ黒な大蛇のような姿をした。
クァズールは二丁銃を交互に何十発と打ち込んだが、ヴェノムは奇声をあげるもののそこまでのダメージは負っていない。
ならばと、至近距離でフォースライフルを構えるとトリガーを引く。
青き閃光が走り、時間差で大爆発が引き起こされるとヴェノムは怯んで再度奇声を上げた。
「香奈ちゃんを解放しろ、さもなくば……撃つっ!」
ヴェノムに言葉が通じるかはわからない。
だが、英二はヴェノムに向かって叫んでいた。
彼女の気配は僅かにだが感じている。
だが、瑞葉のように声が聞こえる訳ではない。
本当に香奈が目の前のヴェノムに捕らわれているかどうかがわからず、不安ではあった。
当然ながらヴェノムは何も答えることなく、地中へと潜り込んでしまった。
レーダーの動きに注意しながら周りを警戒するが、地中でのヴェノムの動きは想像以上に速い。
地表を破りヴェノムが本体を見せた瞬間……英二は瞬時に射撃を打ち込もうとするが、
僅かにタイミングがずれてしまい再び地中へと逃げ込まれてしまう。
ここで焦ってはいけないと、英二はレーダーに集中してひたすら本体が姿を現すのを待った。
丁度クァズールの背後をヴェノムが通り過ぎようとしたのをレーダーで捕らえた。
その瞬間、僅かに動きが止まったのを英二は見逃さなかった。
ここで姿を現すはずだと振り返り、フォースライフルを構えた瞬間――ヴェノムが地面を砕きその姿を見せた。
瞬時に英二はトリガーを引こうとしたが、ヴェノムは大きく口を開くと、そこから莫大なアルマフォースが観測された。
しかし、クァズールのフォースライフルの方が弾速・破壊力共に上回っているはずだと確信し、英二は迷わずトリガーを引いた。
その瞬間、背筋に妙な寒気が走る。
レーダー上に感知された二か所の熱源反応。
丁度、クァズールを挟むように記されていた。
「ヴェノムが二体……いや、違う」
レーダー上は確かにヴェノムの反応は一体のはずだ。
何が起きている? その疑問は、次の一撃で解消されることとなった。
背後から放たれた、全く同じ白い光。
香奈のアルマフォースが利用されていたのは瞬時に理解できた。
目の前のヴェノムはフォースライフルの一撃で吹き飛ばす事ができた。
ここまでは英二の計算通りの結果だった。
しかし、背後からの予測できなかった一撃は交わし切るができず、クァズールは前方に向かって吹き飛ばされた。
幸い直前に気づいたおかげで直撃は免れたが、それでもクァズールは大ダメージを負ってしまい、足が満足に動かせない状態へと陥っていた。
目の前には、先程フォースライフルで撃ち落としたヴェノム。
そして、もう一体同じ姿をしたヴェノムが地中から姿を現していた。
「なるほど……そういう事か」
ヴェノムがニュルニュルと地中から長い胴体を外に出すと、倒れていたヴェノムが何かに引っ張られるように地中へと潜り込んでいった。
思った通りだ、あのヴェノムは『頭』が二つある。
だから先程、二体に挟まれたかのように錯覚したのだ。
だが、からくりが解けたところでどうしようもない。
今はただこの状況を打破する為に、英二は思考をフル回転させるのであった。
「いや、足がやられただけだ。 まだ撃つ事はできるはずだ」
元々クァズールは射撃に特化したタイプだ、豊富な射撃武装を駆使すればうまくカバーする事ができるかもしれない。
無論、無茶なのは承知だが他に手がない以上、この状態のまま戦う以外に選択肢はなかった。
また再度地中へ逃げられる前に、と英二はフォースライフルの照準を定めた。
「――左京君?」
「香奈ちゃんっ!?」
突如、コクピットの中から香奈の声が聞こえ始めた。
何処だ、一体どこから声が?
いや、通信ではない。
何かを通じて頭の中に言葉が直接伝わっているようだ。
「ここは何処なの? 真っ暗で……何も見えない」
「香奈ちゃん、落ち着いて。 僕が今、君を助けるからっ!」
「……嫌、見捨てないで。 私を見捨てないでよっ!」
「見捨てないで? な、何を――」
まさか、ヴェノムにトラウマを見せられているのだろうか?
だが、英二では香奈を救い出す術がない。
彼女は一体……何を見せられている?
「どうして、どうしてなの左京君……私は、貴方の気持ちが嬉しかったのに。
私はどうして……皆もうどうしてっ! どうして、私はっ!」
香奈は苦しんでいる。
まさか、英二と同じ過去に苦しめられているというのか?
彼女は言っていた、英二の言葉は本当は嬉しかったと。
だが、結果的に英二はいじめの標的にされ、はっきり言えば見捨てられたのは彼女ではなく……英二の方だ。
なのに、香奈は繰り返し叫んでいた。 私を見捨てないでと。
「左京君……左京君っ!」
彼女は英二を呼び続けていた。
しかし、英二はただ呆然とすることしかできなかった。
気が付くとヴェノムは動きを止めて、妙な変化が見え始めていた。
ヴェノムから黒い靄のようなものが次々と排出され、徐々に全身の色を白色へと変化させている。
これは、以前にも見た覚えがある。
「一体、何が起きているんだ?」
わからない、英二はただ状況に混乱するだけだった。
少なくとも、香奈が持つアルマフォースの力が何かを起こしているのは事実だ。
その瞬間、ヴェノムが大口開けると中から真っ白なフライターが飛び出された。
「フライターだってっ!?」
やはり、香奈もアカシャの戦士という推測は間違っていなかったのか?
だが、何故彼女がアーシェスを?
すると、ヴェノムから抜け続けていた黒い靄は、フライターの登場を待っていたかのようにフライターを包み込んでいく。
合体の為に集められたアーシェスのパーツが次々と周囲に集い、フライターは徐々に人型へと姿を変えていくと……真っ黒なアーシェスがそこに生まれていた。
アルヴァイサーと少し姿は似ているが、あの姿……どこかで見た覚えがあると、英二は記憶を掘り返した。
「……あれは、あの本に描かれていたアーシェスっ!?」
それは今日本屋でたまたま見かけたアーシェス文明の本に記されていた機体と同じ姿であった。
間違いない、色が変色していること以外は資料で見た姿をほとんど同じだ。
自分たち以外のアカシャの戦士が何故存在する?
英二は突如現れた真っ黒なアーシェスを前にして、ただ呆然と立ち尽くす事しかできなかった。