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古代文明機 アーシェス  作者: 海猫銀介
2章 抗う戦士達
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第8話 心を燃やせ ②

ゲートが開かれた瞬間までの記憶は残っていた。 その後は意識が暗転し激しい轟音が上位地に耳を刺激し続けた。

以前ヴェノムの捕らわれた時のも経験した、頭に響く嫌な音だ。

強風が吹き荒れているのか近くにジェット機か何かが飛んでいるのか、とにかく騒音に近い謎の音だけがはっきりと聞こえ続けていた。


初めはただの雑音にしか聞こえなかったこの音。

今世界で何が起きているのかを知った今、そして二度目の経験から丈一は閃いた。

現実世界と精神世界を繋ぐ、狭間と呼ばれる空間の存在。 丈一は今、ゲートを通じて生身でそこを通過している。

狭間を通る時に聞こえる騒音、何らかの意味があるはずだ。

耳を澄まして聞いてみれば、不思議と丈一はそれが単なる音とは思えなくなっていた。

まるで自分がそうしたように、誰かに助けを求める声に聞こえていた。


その時だった、ふと目の前に黄土色の大地が現れたのは。

丈一が自分が宙に放り出されていた事に気づいた頃は、既に顔面から地面へと大衝突した直後であった。


「いってぇぇっ!? クソッ、なんて荒い歓迎をしやがるんだっ!」


痛みに堪えながらも立ち上がり、改めて周囲を見渡すとそこは間違いなく丈一が二度迷い込んだ精神世界そのものだった。

草木一つなく、妙に薄暗い空に廃墟の数々。 何度見ても薄気味悪い場所だ。

しかし、今回はどうやらヴェノムに取り込まれることなく無事精神世界まで辿り着く事ができた。

いや、恐らくは連れてこられたという表現が正しいだろう。

現に顔を見上げた先には、ヴェノムと思われる巨大生命体が潜んでいた。


以前、丈一が戦った獅子のヴェノムと比べれば一回り小さい小柄な四足歩行のヴェノムだった。

だが、妙だ。 ヴェノムは身体を丸めたまま身動き一つとらない、もしや眠っているとでもいうのか?


「いずれにせよ、俺がやりあう相手はあいつに違いねぇ。 けど、アーシェスもない状態がどうすりゃいいんだ? よ、呼べば来てくれたりすんのか?」


ヴェノムに捕らわれていたときは、瑞葉に助けてもらい気が付けばアーシェスに丈一は乗っていた。

次に凜華や英二を助けに行く時は現実世界からアーシェスのフライターに登場して精神世界へと移動しているのだ。

考えてみれば生身のまま精神世界に立ったのは初めての事だ、丈一はどうしていいのかわからずとにかく一度ヴェノムから離れようと駆け出した。


その時、ヴェノムが三角形の耳をピクッとさせて尻尾をビーンと立てるとのそのそと立ち上がった。

黄金の瞳がぎろりと丈一の姿を捕らえると、思わず足を止めて固まってしまった。


「お、おいおい……やばいぞ?」


ヴェノムは観察するように丈一のことをじっと睨みつけていた。

一歩でも動けば襲い掛かってくる。

直感でそう思った丈一は何故か息を止めた。

お互いじっと睨み合う中、丈一はひたすら動くまいと耐え抜く。

(無理、これ無理っ!!)

しかし、三十秒と持たず丈一はゼーハーゼーハーと息を大きく吸い込んだ。

その瞬間、ヴェノムはギラリと瞳を光らせると、大地を強く蹴って飛び込んできた。

グラリと地面を揺れ、丈一は足を崩して倒れこんだ。


「うおあぁっ!? ヤバイ、マジヤバイっ! 頼む、来てくれビルブレェェイズッ!!」


丈一は無我夢中になって、気が付けば無意識のうちにアーシェスの名を叫んでいた。

すると、胸から赤い光がともったかと思えばカッと強い光を放った。

ヴェノムが目をくらましたのか目を閉じて怯んでいると、淀んだ空の果てから一機の戦闘機が高速で接近してきた。

あれはまさか――


「俺のフライターじゃねぇかっ!?」


どうやら、アーシェス自らがパイロットを出迎えに来てくれたようだ。

無意識に発動したアルマフォースが成した業だと丈一は気づく余地もないが、目の前に着地してきたフライターに丈一は飛び込んだ。必死でフライターにしがみつき、ハッチまで辿り着くと自動でハッチが開き丈一は真っ先に飛び込んだ。

真っ逆さまになってシートへ辿り着くと急いでパイロットスーツを身にまとい、操縦桿を握って機体の状態をチェックした。


「おっと、忘れてたぜ。 こうしねぇと、俺はアーシェスを操れねぇからな」


丈一が強く念じると、操縦桿は形を変えてあっという間にいつも使い慣れているアケコンへと姿を変えた。

これを握った瞬間、丈一のゲーマー魂に火が付き、アルマフォースが高ぶっていくのを感じた。


「とりあえず、あいつが有香を支配したヴェノムに違いねぇ。 けど、有香はどうなってるんだ? まさか俺の時みてぇに、ヴェノムの支配に苦しんでるんじゃねぇだろうな……」


ようやく戦う準備が整ったところで、丈一は自らの決意に水を差すかのように一つの不安要素が頭を過ぎる。

もしかしたら、あのヴェノムの中に有香が捕らわれているのかもしれないという可能性だ。

一応レーダーを見ても、生体反応はヴェノム以外を示していない。 逆にそれが丈一を不安にさせる要因となっていた。


「有香は、何処に行ったんだ……?」


思えば現実世界にしっかりと有香はいたという事自体がイレギュラーだったのだ。

丈一の時とは明らかに違う、新たなケース。

妹は精神世界のヴェノムに捕らわれていない、がヴェノムの支配は確実に受けている。

でなければ、妹が遊びでもあんなことを口にするはずがない。

しかし、考える暇もなくヴェノムは俊敏な速度で飛びかかってくる。

間一髪で避けると、丈一は懐めがけてストレートを決めようとするが、

ヴェノムは器用にビル部レイズの頭を蹴り飛ばすとビルブレイズはバランスを崩して派手に転んだ。


「ててて……クソッ、とにかくやるしかねぇっ! このままコケにされてたまるかよっ!」


ヴェノムに反撃をもらったのがいい薬になったのか、丈一は一旦全てを忘れて戦闘に専念しようとした。

相手は素早さに特化している分、それほど破壊力は持ちえていない。

あの動きさえ捕らえてしまえば、合体していないビルブレイズでも十分に対応できるはずだ。


「そらっ!」


丈一はパイルバンカーで牽制しようと一発、二発とヴェノムに向けて放つ。

ヴェノムは素早く回避を繰り返し、少しずつ距離が縮まっていく。

幸いあのヴェノムは射撃系の武装は持っていないようだ。

なら、焦らず相手から飛び込んでくるはずだと丈一は攻めのチャンスを待ち続けた。

神経を尖らせながら、微妙な距離感を保つビルブレイズとヴェノム。

格闘ゲームにおける読み合いのように、互いに探りを入れているような感覚。

ゲームでしか味わうことができなかった感覚に丈一は心を躍らせていた。


「ヘヘッ、燃えてきたぜ。 テメェがいつまでも仕掛けてこねぇってんならっ!」


丈一はスロットルを限界まで押し込んだ。

同時に、まるでそれを待っていたかのようにヴェノムは姿勢を低くしてビルブレイズの懐へと飛び込んでいった。


「きたっ!」


それは丈一が願ってもいないチャンスだった。

一見無防備になって突進したビルブレイズではあるが、実はそうではない。

相手が仕掛けてくると確信した上で、拳を空高く振り上げていたのだ。

丁度飛び込んできたヴェノムへ直撃し、ビルブレイズはヴェノムを大空へ運ぶように空高く飛び上がった。


「うおおおおおっ!」


無意識のうちにアルマフォースが高まっていき、ビルブレイズの腕が赤い光に包まれるとヴェノムは上空へと激しく打ち上げられていった。


「よっしゃ、決めたぜっ!」


あの相当重い一撃を受ければ、いくらヴェノムだろうと一溜りもないはずだ。

仲間がいない不安がある戦闘ではあるが、戦いはあっけなく終了した……かと思われた。


「お兄ちゃん、どうして酷いことをするの?」


「なっ……有香っ!?」


コックピットに突如届いた妹の声、無意識のうちにビルブレイズは振り返っていた。

するとそこには、先程のヴェノムと全く同じ姿をした獣型のヴェノムが一匹、赤い瞳をギラつかせて座っていた。


「なっ、さっき殴った奴はなんだっ!?」


焦った丈一は上空に吹き飛ばしたはずのヴェノムの姿を確認しようとしたが、何故かヴェノムは姿をくらましてしまっている。

何故だ、確かに丈一はビルブレイズでヴェノムに致命傷を負わせたはず。

なのに、どうして無傷のヴェノムが地上に?


「愚かな人間よ。 貴様のアーシェスでは我々を打ち破ることはできない」


「何? またヴェノムの奴が喋ってやがる……」


今通信を送ってきているのは目の前のヴェノムなのだろうか。

しかし、人間を見下しているかのようなその態度はどこか気に入らない。

すると背後からゴンッ! と鈍い音が鳴り響き、ビルブレイズは前方へ向かって激しく横転した。


「いってぇっ!? な、なんだ?」


倒れた衝撃で頭をぶつけながらも、丈一はビルブレイズを立ち上げて周囲を警戒する。

すると、信じられないことに姿が瓜二つのヴェノムが二体、ビルブレイズを鋭い目で睨みつけていた。


「貴様は何も理解していないにも関わらず我々と戦おうとしている。

最初にいったはずだ、我々は身体を求めているだけにすぎないと」


「ヘヘッ、そうかよ。 わかったぜ、さてはお前……俺の身体が目的か?」


「半分は正解だが、それが全てではない。 残りは直接、妹自身に尋ねるのだな」


「有香にだって?」


「我々と君の妹、有香は協力関係にある。 私は彼女の望みを叶えるために、君をわざわざこの舞台へと呼び出したまでだ」


「チッ、いちいち回りくどい奴だな。 要は拳で殴り合う、それしかねぇって事じゃねぇのか?」


「君の妹はそれを望んでいない」


始めはヴェノムの罠ではないかと考えた。 しかし、それは違うと否定した。

ヴェノムは丈一の妹である有香を支配しているのだ。

ヴェノムに支配されている以上、有香がヴェノムと協力関係にあるというのもあながち間違いではない。

いずれにせよ、丈一がやるべき事は変わらないはずだ。


「テメェに有香の何がわかるってんだ?」


「私は彼女の心を見た。 少なくともお前より彼女を理解しているつもりだ」


「ああ、そうかよっ!」


痺れを切らした丈一はアケコンを握りしめ不意を衝こうと高速でコンボを入力した。

が、間一髪のところでヴェノムには避けられてしまい、ビルブレイズの奇襲は失敗に終わった。


「いいだろう、そんなに力を試したければ我らに全力をぶつけてみよ人間」


二体のヴェノムがほぼ同時に瞳をギラリと光らせると、カッと身体から赤い光を解き放った。

あの光、丈一の持つアルマフォースと酷似している。

凜華のサイティスのようにアルマフォースの分析ができるわけではないが、直感で丈一は感じていた。


だが、一体相手をした時でもビルブレイズ単機の力で圧倒できていたはずだ。

例えアルマフォースを駆使しようと、アーシェスの力を持たないヴェノムに負けるはずがない。

丈一は強気に攻めていこうとスロットルを握りしめた。 が、途端に妙な悪寒が走る。

今にも全力で駆け出し始めようとしていたビルブレイズを強引に止めて丈一は様子を伺う。

その瞬間、二体のヴェノムがほぼ同時に空高く飛び上がっていった。

速い、明らかに先程よりも確実に機動性があがっている。

アルマフォースを取り込んだことによって、ヴェノムの力が急上昇しているとでもいうのだろうか。

ガァンッ! 気づけば猛スピードで懐に一体のヴェノムが体当たりを仕掛けていた。


「クッ!」


決して倒れまいと丈一は踏み止まった。

激しい戦闘が続き息も上がってきたが、ここで倒れるわけにはいかない。

気を引き締めて神経を尖らせていると、即座に二体目のヴェノムがビルブレイズの死角へ回り込んだ。

今度は見切ったと、一発蹴りを決めてやろうと足を振るおうとするが、今度は別の方面から一体目のヴェノムが仕掛ける。

咄嗟に一撃を防ぎ切ったが、その代わりにせっかくの攻撃チャンスを逃してしまった。

すると今度は上空にとどまったヴェノムが目をギラリと光らせた。

何かが来ると身構えようとした瞬間、ビルブレイズの目の前に激しい爆発が引き起こされた。


「な、なんだぁっ!?」


一体自分の身に何が起きたのかわからず混乱した。

ヴェノムは上空に留まっているだけで、もう一体のヴェノムも何かを仕掛けてきたようには見えない。

その間に丈一は二体のヴェノムに挟み撃ちにされてしまった。

今はどちらか片方だけに集中しようとした瞬間、ヴェノムの瞳が光った。

その瞬間、今度は二か所でビルブレイズは爆撃を受けてしまい、空高く吹き飛ばされやがて地上に激しく叩き付けられた。


「グゥゥッ……なんだ、なんだってんだっ!?」


ヴェノムが何かを仕掛けてきているのは間違いない。

しかし、丈一には攻撃が全く見えなかった。

レーダーを凝視しても何も映らなかったし、モニターには僅かなアルマフォースの反応が示されているだけだ。

もう一度立ち上がろうとするが、丈一のアケコンが突如元の操縦桿へと戻ってしまった。

息も上がり、全身が激しく痛みまともにスロットルを握ることすらできない。

機体が限界を迎える前に丈一自身が限界を迎えてしまったようだ。

そんな様子を嘲笑うかのように、二体のヴェノムはのそのそと倒れたままのビルブレイズへと近づいていた。


「どうした、おしまいか人間。 その程度のアルマフォースでは、お前の妹を取り返すことはできない」


「るせぇ、まだ勝負は終わってねぇっ!」


意識が朦朧とする中、丈一は力強くヴェノムに向かって叫んだ。

既にアルマフォースがつきかけているのは何となく察している。

だが、ここで諦める訳にはいかないと丈一は気合だけで立ち上がろうとした。

が、身体は思うように動かず、流石に叫んだ程度では体中の痛みを誤魔化す事ができない。


(お兄ちゃん、もうやめて)


「ゆ、有香?」


どこからともなく、妹の有香の声が聞こえ始めた。


(私なら大丈夫だから。 もうこれ以上、お兄ちゃんに無茶はさせたくないの)


「どこだ、どこにいるんだ有香っ!?」


(お兄ちゃん、ごめんね。 私はお兄ちゃんの事、ずっとずっと好きだよ。 嫌いになんて、一度もなった事ないから)


「おい、何だよ……ごめんねって、何謝ってんだよ?」


(さよなら、お兄ちゃん)


有香の声が段々と遠ざかっていく。 丈一は一体何が起きているのかは理解できなかった。

が、少なくとも丈一に聞こえてきたこの声は、間違いなく有香のものだ。

ヴェノムが生み出した幻なんかじゃない。

それだけははっきりとわかっていた。


「何がさよならだよ。 ちゃんと説明しろ、俺はお前の本心も何も聞いちゃいねぇ。

兄ちゃんに言いたいことがあるなら、ちゃんと面と向かって話せっ!」


丈一は叫んだが、もう有香の声は聞こえてこなかった。

何故、有香はあんなに寂しそうにしていた?

一方的に別れを告げられた丈一は、ただ混乱に陥るだけだった。


「どうやら、完全に私の支配を受け入れたようだ。 もうお前の知る妹は消えた」


「きえ、た?」


ヴェノムの支配の果てにあるもの。

ヴェノムの支配を受け入れること。

それが何を意味するのか、丈一は今ようやく理解した。

それは単純にヴェノムに体を受け渡す、といった話ではない。

自分の存在そのものを、ヴェノムに奪われるという事なのだ。


「残るはお前の身体だ。 アルマフォースを失ったアーシェスではもはや満足に戦えん。 妹と仲良く我の支配を受け入れるがよい」


ヴェノムは一歩一歩確実にビルブレイズとの距離を縮めていく。

丈一は放心状態に陥っていた。

妹が消えた。 その事実を受け入れることができずに。

本当に有香は消えてしまったのか?

何もかも、目の前のヴェノムに奪われてしまったというのか?

信じられなかった、受け入れる事ができるはずがなかった。


「冗談じゃねぇっ!!」


その時、丈一の胸に再び赤い光が灯った。

光は徐々に強まっていき、ビルブレイズは全身真っ赤な光に包まれていく。


「テメェに妹を奪われてたまるかよっ! 有香はいい子だ、俺と違って真面目だし勉強もできるし友達思いだ。

なのに、テメェみたいなわけわからねぇ存在にぃぃっ!」


丈一の怒りに共鳴するように、ビルブレイズは全身の赤い光を炎へと変化させていた。


「無駄な足掻きよ、大人しく我を受け入れれば」


「うおおおおおぉぉぉっ!!」


丈一はただがむしゃらに立ち向かった。

二体のヴェノムは一旦離れようと高く飛び上がろうとした瞬間、ふと一体の動きが鈍った。

丈一はそのチャンスを逃さず、再びアケコンに変化した操縦桿でコンボを高速で入力していく。

高速で連撃を決めていき、強烈な蹴り技でヴェノムを激しく叩き付けると、ヴェノムの全身が赤い炎に包まれていった。

その瞬間、もう一体のヴェノムが瞳をギラリと光らせると、ビルブレイズの左腕が爆発によって吹き飛ばされてしまった。

が、ビルブレイズは怯むことなく前進し続けた。


「テメェだけは、倒すっ!」


「何だ? そのアルマフォースは……人間一人が引き出せる力ではないっ!」


ヴェノムはビルブレイズに怯えるように攻撃を仕掛け続ける。

数回爆発が引き起こされ、周囲の砂煙が舞い上がった。

しかし、ビルブレイズはダメージを受けていない。

アルマフォースが全ての一撃を相殺していたのだ。

もちろん、丈一が意図しているわけではない。

今の一撃がアルマフォースの力による一撃だと知っていたわけでもなく、ただ偶然弾き返していただけだった。


「妹を、返しやがれぇぇぇっ!!」


「クッ、馬鹿なっ!」


ヴェノムは金縛りにあったかのように身動きが取れなかった。

丈一は渾身の一撃でヴェノムを吹き飛ばすと、ヴェノムの全身に炎が纏われ、地上へと激しく叩き付けられた。


「力が、チカラガキエテイク……ダガ、ワレワレハ―――」


ヴェノムが何かを伝えようとした瞬間、炎はさらに火力が増すとヴェノムから黒い霧のようなものがモヤモヤと出続けていた。

黒い霧はやがて拡散していき、消滅すると真っ白になった二体のヴェノムだけがその場に残されていた。


(ありがとう)


(君の妹は、しっかり君の元へ返すよ)


頭の中に、見知らぬ誰かの声が飛び込んできた。

一体何の声だというのか?

その疑問を抱く前に、丈一は疲れがドッと圧し掛かったのかバタンとその場で倒れこんで意識を失ってしまった。





目を覚ますと、辺りはすっかり暗闇に満ちていた。

意識がはっきりとしない中、ぼやける視界で周囲を呆然と見渡すと……目の前には意識を失ったまま倒れた有香の姿があった。


「お、おいっ! 有香っ!?」


ようやく意識が覚醒した丈一は、慌てて飛び起きて有香の元へと駆け出した。

有香を抱きかかえて顔をペチペチと叩くと、有香はうっすらと目を開けた。


「う……ん、お兄ちゃん……?」


「有香、無事なのかっ!?」


「あ、あれ……なんで私、外に―――」


 妹は消えてなんていなかった。 その事実がわかっただけで丈一は嬉しさのあまりにギュッと有香を強く抱きしめていた。


「ちょ、ちょっとお兄ちゃん……痛いっ!」


「あ、悪い悪い。 いやぁ、お前が無事でよかったよ」


妹の無事が確認できればいい、と丈一は有香から離れようとすると、有香はギュッと丈一の腕を引っ張った。


「待って、もう少し……あのままがいい。 なんかすごく、怖い夢を見ちゃったから」


「怖い夢?」


「うん。 ……ある日、お兄ちゃんが私の元から突然消えちゃう夢」


「俺が消える夢だぁ?」


その夢とは恐らく、ヴェノムに見せられたトラウマの事なのだろう。

有香にとっての最大のトラウマというのは、丈一が消えてしまうことにあったのだろうか。


「変だよね、お兄ちゃんが消えちゃうはずないのに。

……なんだか最近、お兄ちゃんとの距離がどんどん離れて行っていた気がしていて。 だからこんな夢を見ちゃったのかな」


「……有香」


丈一はここでようやく、自分が馬鹿だったと気づかされた。

離れていったのは有香ではない、丈一自身だったのだ。

丈一が今まで妹に隠してきたことがバレた事を引け目に感じて、徐々にマイナスイメージを強くして妹から離れて行ってしまっただけだったのだ。

「ねぇ、お兄ちゃん。 私、お兄ちゃんが私の為に無茶してた事は知ってたの。

身体が弱いのに陰でずっと努力してきた事も。 私、そんなこと別に望んでない。

だってお兄ちゃんは十分に強いでしょ?」


「……強い? どういうことだ?」


「だって、いつも元気いっぱいだし気持ちだって誰にも負けてない。

それに、ゲームは上手いしいつもやってる、格闘ゲームでも、ほとんど負けたところみたことないもん。

だからお兄ちゃんは今のままでも、十分なんだよ。 だから、私のためと思ってもう無茶はしなくて――

って、私、何を言っているんだろう……」


有香は今まで隠し続けてきた本音を、今ここで丈一に打ち明かしてくれた。

理想の兄貴にはならなくていい、今のままでも十分に丈一は兄貴としての役割を果たしている。

うまく言葉はまとまっていないかもしれないが、有香はそう言いたいのだろう。


「お前の気持ち、よくわかったよ。

だけどよ、なんつーかやっぱりよ……男してのプライドってもんもあるんだよ。

だからそのよ、ちょっとぐらい無茶しても大目に見てくれよな」


「……もう、お兄ちゃんってば」


久しぶりに有香が笑っている姿を見た。 そうだ、全ては自分の思い込みだった。

丈一は妹に嫌われてなんかいなかった、その事実がわかっただけでも満足だ。

これでようやく、ヴェノムの問題に集中できるはずだと胸を撫で下ろした。

すると、何故か有香は突然涙を流し始めた。


「あ、あれ?」


「おい、どうした?」


「わかんない……安心したから、かな。 本当に怖い夢だったの。

最終的には、私まで消えかけてて……もう見えなくなったお兄ちゃんにお別れの挨拶をしたら

お兄ちゃんの声が聞こえてきて、必死で私の事引き留めててくれて」


「有香……大丈夫だ、お兄ちゃんはここにいるぞ。

怖い夢なんて俺がぶっとばしてやるからな。

だから、安心しろ。 もう離れる事なんてねぇさ」


「うん、わかってる……悲しくなんて、ないんだから」


有香は涙を流しながらも、笑っていた。

今だけはヴェノムの事を忘れよう。

丈一は妹の事を慰めようと静かに抱きかかえてあげた。

妹が安心するまで、しばらくは二人はそのままだった。


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