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古代文明機 アーシェス  作者: 海猫銀介
2章 抗う戦士達
10/26

第8話 心を燃やせ ①


   1

ヴィクターが世界の状況を明かした日の夜、丈一は自室に籠って一人悩んでいた。

テレビの前に胡坐をかいて、膝の上に愛用しているアケコンを置いてレバーをガチャガチャと動かす。

テレビには丈一がいつもプレイしている格闘ゲームが映し出されていた。


一見遊んでいるように見えるがそうではない。

こうしてトレーニングモードを起動して体に染みついたコンボをひたすら打ち込み続けるのが、

丈一が何か考え事をする時のクセなのだ。

ただじっと布団で横になっていても落ち着かず、とにかく手を動かしていなければ落ち着かない。


丈一が格闘ゲームにはまった理由は単純だった。

昔、身体が弱かった丈一はゲーム上で自由に戦うキャラクター達に憧れていた。

バトル物の少年漫画にはまっていた事と合わさって、

丈一は身体を満足に動かせない代わりにゲームの中で思う存分に暴れまわろうと意気込んだ。

単なるゲームと言えど、丈一にとって格ゲーに対しての思い入れは強い。

だからこそ、赤い戦士ビルブレイズを操る力とまでなったのだ。


そんな丈一が今何を考えているのかというと、勿論ヴィクターが語った浄化プログラムによる世界の救済だ。

正直、ふざけてるとしか言いようがない。

ヴィクターが託そうとしている浄化プログラムは、ゲームで言うリセットと何ら変わりがない事なのだ。

ゲームは自分の気が済むまで何度も何度もやり直すことは出来る。

いくつもセーブポイントを作って気に入らなかったら、そのポイントまで戻ってやり直す事が簡単にできる世界だ。

そのゲームの特性を知っているからこそ、丈一は尚更納得できなかった。


現実世界はゲームとは違う、浄化プログラムという名のリセットボタンを押すと世界は本当に一度死を迎えるのだ。

命は決して軽い物ではない。 一度消えてしまえば二度と戻らない事ぐらいわかっている。

丈一のボルテージが徐々に上がっていくと、同じ行動を続けていたゲームのキャラクターのコンボがふと途切れてしまった。


「チッ、ミスとは俺らしくねぇや」


考え事を始めてから一度も入力ミスをすることがなかったコンボが途切れ、丈一はアケコンをどかして大の字になって倒れた。

丁度近くに置いてあった飲み掛けの炭酸飲料水を手にして口にすると、深くため息をついた。


「こうしている間にもヴェノムの侵攻が始まっているというのに、世界はまだ呑気なもんだよなぁ。 ま、俺もなのかもしれねぇけど」


ヴィクターの話は現実味がなく、正直ヴェノムに襲われたりしなければ絶対に信じない話だっただろう。

ヴェノムの支配から自力で脱出する事ははっきり言って無理だ。

ヴェノムはある意味では人以上に人を理解できる生物とも言える。

他人の心を読み、人の精神を無力化する術をいくらでも用意する。

そうやって今までも人が持つアルマフォースを吸い上げ続けてきたに違いない。

そんな奴らと対抗するにはやはり、アーシェスを使って戦う以外に方法はないだろうと結論付けた。

その時、半開きになっていた自室の扉を覗く少女の顔が一瞬見えた。 目が合うと、少女は顔を引っ込めて静かに扉を閉じた。


「おい、有香(ゆか)っ!?」


思わず丈一は立ち上がって乱暴に扉を開けて自室を飛び出すと、小学生ぐらいの女の子が自室の前で目を丸くして立ち尽くしていた。丈一の妹、有香だ。


「わ、悪い。 驚かせちまったか」


有香は顔を俯かせると、首をフルフルと横に振った。

半年前のあの時から有香は丈一に対してこんな状態だった。

言葉で伝えず、表情だけで自分の意思表示を示す。 別に喋れないわけではないし昔からこうだったわけでもない。

正直丈一には有香が何を考えているのかわからないのだ。

兄が昔重い病気を抱えていた事にショックを受けたのか或いは隠し続けていた事に怒りを抱いているのか。

それとも弱い兄に幻滅して口すら聞きたくないと思っているのか。


だからこそ、ヴェノムの支配を受けた時に妹が兄を罵倒し始めたのだ。

丈一の思い込んでいた事をヴェノムは読み取り、妹を使って丈一の事を追い詰めた。

いつまでも妹と関係をこじらせたままでいるわけには行かない。

長い沈黙が続く中、戸惑っている床を前にして丈一は歯を食いしばる。

迷いに迷ったが、腹を括って丈一は妹に告げた。


「あ、あのさ。 ちょっと俺の部屋来いよ、久々にゲームでもどうだ?」


有香はボーっと丈一と目を合わせていた。

もしかしたら拒絶されるかもしれない、だけど丈一はそこで諦めはしない。

とにかく今は妹とちゃんと話して、伝えなければならない。

自分がどうして虚弱体質であった事を隠していたのか、兄である丈一自身がその口でちゃんと告げなければならないと決意していた。

一瞬だけ静止していた有香だがコクンと強く頷いてくれた。

拒絶はされなかった、だとすれば話を聞いてもらえる余地はある。

少し険しい表情はしたが内心は安堵感に溢れていた。


「じゃあ来いよ」


丈一が自室へ戻ると有香も一緒にとことこと丈一の部屋へと足を運んだ。

丈一があぐらをかくと有香はぎこちなく隣で静かに正座をした。

まるで付き合ったばかりのカップルのようなぎこちなさである。


「お前とこうしてゲームすんのも久々だよな」


有香にそう声をかけると僅かにだが頷いた。

昔はよく妹とゲームをして遊んでいた事はあった。

一緒にアクションゲームを楽しんだり或いは有香が丈一のプレイをじっと見ていたりと。

くだらない丈一の話を聞きながら有香はよく笑ってくれていた。

だけど、今は表情が硬く昔のように笑ってくれない。


「何かやりたいのあるか?」


丈一が声をかけると、有香はゲームソフトを指さした。

それは丈一がいつもプレイしている格闘ゲームだ。


「ん? おいおい、お前じゃこのゲームは無理だっての」


フルフルと有香は首を横に振るう。

どうやらやりたいのではなくやれと言っているようだ。

丁度ゲームは起動してあったし、丈一はアケコンを足の上に乗せた。


「わかった、お兄ちゃんが強いところを見せてやるからな」


最近の格ゲーはネットワーク対戦も完備されており、家に居ながらも見知らぬ誰かと戦う事が出来る仕組みがある。

丈一はとりあえずネットワーク対戦モードを選択した。

妹の前で赤っ恥をかくわけには行かないとプレッシャーはあるが

丈一のレベルならよほど強い相手と当たらない限りは大丈夫だろうと気合を入れて指をボキボキと鳴らした。


1戦目、何も苦戦もなく2ラウンドを先取りしてストレート勝ち。

2戦目、相性が悪い相手ではあったがギリギリ勝利をもぎ取る。

3戦目、終始押され気味だったところから大逆転して劇的な勝利を収める。

妹が見ているせいかいつも以上に気合が入っていた。


「ん、おいどうした?」


有香は画面にくぎ付けかと思いきや、何故か丈一の事をじっと見つめていた。

すると、目線を逸らしながら静かに告げた。


「お兄ちゃん、こんなに強いのに……」


その後、何て続くのかは何となく想像はついた。

だが、有香は最後までは口にしなかった。

正直その一言だけで丈一は動揺して冷や汗を垂らしていた。

だが、ちゃんと向き合うと決めた事だ。

瑞葉とも約束した、ちゃんと妹と向き合うと。

丈一は一旦ネットワークモードを抜けるとアケコンを静かに置いて、妹に身体と目線を向けた。


「なぁ、有香。 その、なんだ。 お前にちゃんと話してぇ事があるんだけどよ」


「やっぱり、本当なの?」


「まぁ、な」


あの時からずっと止まっていた時が動き出すかのように有香は久しぶりにその声を聞かせてくれた。

しかし、有香の表情は険しく、笑っていない。


「だけどな、俺は別に過去病気だったとかそんな事を言い訳にするつもりはねぇさ。

でもよ、ちゃんとその……なるからよ、今までお前に見せていた逞しい兄貴にさ。

今はちょっと情けねぇところも見せちまうかもしれねぇけど、身体は少しずつ――」


「―――そう、じゃない」


「んお?」


有香は小声で呟くと、スッと立ち上がった。 何故か目尻に涙を浮かべながら。


「お兄ちゃんの、バカッ!」


丈一の目の前で有香が力の限り叫ぶとくるりと振り返って有香は部屋を飛び出してしまった。

呆気にとられた丈一は呆然としてしまう。


「なっ、お、おい有香っ!?」


ハッと我を取り戻すと数秒遅れて丈一は有香を追いかけようと自室を飛び出した。

すると有香は自分の部屋へと駆け足へ戻っていき、ガチャリと鍵をかけてしまっていた。

丈一は扉の前まで走り、強くドアを叩こうとしたが思い留まって手を止めた。


「……有香」


ここで感情的になってドアを激しく叩いても返って有香を怖がらせるだけだ。

かといって丈一はかける言葉が見つからなかった。 結局、拒絶されてしまったのか。

一体何故有香が怒っていたのか理解できない。

今まで嘘をついてきたことに対してなのか、それとも先程の言葉に有香を怒らせるような一言が混じっていたのか。

いくら考えても答えが見つからず、丈一は歯を食いしばって拳を握りしめた。


「俺は……有香の事を何もわかっちゃいねぇのか」


あれだけ一緒に過ごしてきたのに、一緒に遊んできたというのに。

丈一は今、妹が何を考えているか理解できずに苦しんだ。

しばらくの間、丈一は扉の前で呆然と立ち尽くしていた。




   2

翌日、放課後を迎えた丈一は真っ先に部室へと向かって駆け出していた。

相変わらず階段を駆け上がるのは辛い、足が痛むし呼吸は乱れる。

全身から汗が吹き出し吐き気に襲われながらも何とか四階まで上りきって少し休憩した。


「クッソ……まだ、こんな程度も満足に登れねぇのか」


普通なら体力がついてきてもおかしくないはずなのにこれもずっと体を動かさなかった代償なのだろうかと愕然とする。

少しだけ休憩すると身体をふらつかせながらも部室へと向かっていき、ようやく辿り着いたところで引き戸を開けると同時にバタンと丈一は倒れた。


「ちょ、ちょっと丈一君っ!?」


「いつもの事だ、気にすることは無い」


心配する瑞葉の声と冷たく言い放つ英二の言葉がほぼ同時に聞こえた。

英二はともかく瑞葉を心配させまいと丈一はいつも通りの造り笑顔をしながら立ち上がった。


「ヘヘッ、また階段を駆け上がって来たぜ。 いやぁ、余裕余裕……」


「アンタ少しは自分の体力考えなさいよ。 ほら、水よ」


丈一が階段を駆け上がってくるのをわかっていたかのように、瑞葉はギンギンに冷えたペットボトルの水を丈一に手渡した。

ありがたく受け取った丈一はキャップの蓋を外してあっという間に500mlの水を飲み干して見せた。


「ぷはぁ~っ! 生き返ったぁっ!」


「はやっ! もう全部飲んじゃったの?」


「当たり前だ、早食いは得意中の得意なんだぜ?」


本当は少し腹がきついが黙っておくことにした。

それよりも丈一は早速古代文献を手に取った。

やはり皆考えている事は同じなのだろう。

古代文献の解読を進めて古代人達が残したヒントを出来る限り集める。

少しでもヴェノム攻略に役立つ情報を集めようと考えているに違いない。


「で、音琴君が言っていた『唄』についての記述だが、気になる事が記されていた。

アーシェス文明では聖歌と呼ばれる曲が作られたようなのだ。

ヴェノムの切り札になったという記述はないにしろ、古代の儀式の際によく使われていたようなのだが」


「唄? なんの事だ?」


英二が突然語りだした事が耳に留まり、丈一は思わず訪ねた。


「うむ、実は夢咲君がヴェノム攻略に対するヒントを得たようでな。

どうも唄の力でヴェノムの力を弱めることが出来ると言った事が書かれているらしいのだが」


「マジかよ、何処にそんな記述があったんだ?」


「ほら、この前言った神社に白い石板があったでしょ?

古代人が残したパソコンみたいな奴、あそこに全部記録されていたみたいなんだけどさ」


瑞葉は凜華のタブレットを借りて丈一へと見せた。

そこには例の白い石板の写真が映し出されている。

確かにあれは最新の機械にしては弦が絡まっていたりしていたし、妙な機械ではあると思っていた。


「へぇー、すげえな。 もしかしたらこれでヴェノムを何とかできるかもしれねぇのか?」


「うん、私も後でちょっとヴィクターに聞いてみるつもり。

ま、彼女どこにいるかわからないんだけどね。 携帯の連絡の仕方もわからなくて困ってたの」


皆それぞれ世界の為に動いていたというのに丈一はただ妹の事で頭を悩めていた。

そう考えると何だか丈一は申し訳なく感じていた。


「どうしたの、丈一君?」


「ん? いや、なんでもねぇよ」


瑞葉はそんな丈一の事を察したのか心配して声をかけてきてくれた。

だが、これから先は先輩の力を借りずに自分で解決すると決めた事だ。

ヴェノムの問題に集中する為にも、今は妹との関係を戻す事を優先にするべきだろうかと悩む。


「あ、そうそう丈一君。 ちょっと英二君には話したんだけどね。

私達これから毎晩、ヴェノムをアーシェスで退治していくのはどうかなって思ったの」


「ヴェノムの退治?」


「うん、最近ニュースでも寝たきりのまま意識が戻らない人が出始めたり、行方を眩ましたって事件が立て続けに起きているの。

それってやっぱりヴェノムが関係しているの思うのよ。

もしかしたら……アーシェスで精神世界に行けば、その人たちを助ける事が出来るかもしれないしさ」


そういえばと丈一は朝何気なく見ていたニュースを思い返した。

確かに奇妙な事件が報道はされていたが、今思い返せば間違いなくヴェノムの仕業に違いないと結論付けることが出来る。

こんな事にも気づけないとは、と丈一は自分が情けなく感じた。


「確かに、地道かもしれねぇけど今の俺達にはこれぐらいしかできねぇからな」


「うむ、夢咲君のサイティスがあればヴェノムのアルマフォースの検知も容易いだろう。

それにアーシェスでの戦い方ももう少し考えなければな。

古代文献にはアルマフォースの使い方についても残されているようだしな」


「今後の戦いに備えて合宿とかやった方がいいかもね」


「ああ、そう……だな」


丈一は少し居心地の悪さを感じた。 自分が妹の事で悩んでる間、他の三人はしっかりと世界を救うために何ができるか。

それなりの答えを持って行動に移しているのだ。

丈一はただ漠然と古代文献の解読を進めるぐらいしか考え付かなかったというのに。

このままではいけない、何かヒントを掴まなければならないと焦りを感じた。


「先輩、ちょっと俺出かけて来るわ」


「へ? 出かけるって?」


「ああ、ちょっと気になる事があってな」


「気になる事って……ちょっと、丈一君っ!?」


丈一は一言だけ伝えると駆け足で部室を飛び出した。

階段を駆け抜け昇降口を飛び出しあっという間に駐輪場へと辿り着いた。

ゼーハーゼーハーと深呼吸を繰り返すが、こんなところでバテている場合ではないと自身に喝を入れた。


「ヘヘッ、理想の兄になってやるって言っただろ。 常に限界を超え続けないと、他の奴らとの差はいつまでも縮まらねぇっ!」


有香が真実を知った時、どんな風に思ったのだろうか。

傷ついたのかもしれない、理想とは違った兄に失望したのかもしれない。

もし、そうだとするのならば丈一にできる罪滅ぼしは一つ。

理想の兄貴に、一日でも早くなる事だった。

そうでもしなければ、ヴェノムの問題に集中する事なんてできない。

いつまでも足を引っ張り続ける事になってしまう事を丈一は恐れた。

まだ呼吸が整っていない丈一は自転車に跨り、深呼吸を2,3回繰り返すと自転車を漕ぎ進めた。

向かう先は、例の黒き石板の眠る黒神社だった。




   3

途中で身体を休めながらも、丈一は何とか目的地へと辿り着くことが出来た。

ここへ訪れるのも3回目だ。 最初は古代兵器を採掘しようとした時、次に訪れたのは英二や凜華を助けに行く時。

古代文献は正しかった、この地には確かに古代兵器が眠っていたのだから。

ヴィクターの語る事も真実なのだろう。

浄化プログラム以外でヴェノムに対抗する術は残されていない。

もし、あるとするならばとっくの昔に古代人がヴェノムを打ち破っていたはずなのだから。


「ああ、わかってる。 俺だって諦めるつもりはねぇさ」


必ず手がかりを持ち帰る。 アーシェスが眠っていたこの地であれば、絶対に何かが見つかるはずだと丈一は考えた。

妹の事で頭を悩ませていた分、ここで何かを見つけなければ皆に合わせる顔がない。

一応、入念に周囲を警戒すると丈一はバリケードの抜け穴をこっそりを抜けて黒神社内へと侵入した。


「ん?」


不意にガサッと草が動く音に驚き振り返ったが、恐らく猫か犬だろうとそこまで気を留めなかった。

まず向かった先は、英二が見つけた白き石板だ。

いや、正確には石板というより古代におけるコンピュータだという事が判明されたが。


「あったあった、これか」


この前見た、全体に蔦が絡まった白き石板に丈一はソッと触れた。

しかし、反応がない。

この前は確かに文字が出力されたりしたのだが……何処かに電源が隠されているのだろうか。

しかし、うんともすんとも言わない。

凜華が適当に触って操作していた事だけは覚えているのだが、まさかあの短期間で凜華が機械の操作方法を理解したのだろうか。

それとも単純に壊れてしまった?


「チッ、次だ次っ!」


時間の無駄と判断した丈一は長い階段を上り続け、今度は社へと向かった。

社の中に眠る黒き石板は以前と変わらない状態でいた。

書かれている文字にも変化がなく、地下室への階段も閉ざされたまま。

丈一は入念に周辺を調べ続けるが、結局何も手がかりは見つからなかった。


「……ま、そう簡単に出て来るわけねぇよな」


丈一は深くため息をつくと、芝生の上で大の字になって倒れた。

そろそろ日も暮れる、一旦部室へと戻るべきかと考えたが途中で抜けといて手ぶらで帰るわけにもいかない。

もう少し何かを探すかと丈一が立ち上がると。


「お兄ちゃん」


と、不意に有香の声が背後から耳に飛び込んだ。


「ゆ、有香っ!?」


慌てて振り返ると確かにそこには有香がいた。

下校中だったのか、真っ赤なランドセルを背負ったままジッと丈一の事を見つめている。

というより、何故ここに有香がいるのだろうかと丈一は戸惑った。


「探し物?」


「あ、ああ。 まぁな……ってお前、ここ立ち入り禁止だぞ。 何で来てんだよ?」


「だって、お兄ちゃんが侵入していくの見て気になったから」


流石好奇心旺盛な丈一の血を引く妹。

しかし、それでも有香らしかぬ行動だなと疑問を抱くが。

そういえばこの辺りは有香が通う小学校の下校ルートになっていた事を今更のように思い出した。

兄の姿を見れば気にもなるだろうと無理やり結論付けだ。


「そ、そうか」


何処かぎこちなく丈一が呟くと長い沈黙が続いた。

昨日、有香は何に対して怒ったのだろうか。

妙に思える事はある、ここ最近有香から声をかけられる事なんてなかった。

なのに有香は自分から丈一に声をかけてきたのだ。

少しだが、妹の心境に変化が現れたのも事実なのだ。

ここは素直に喜ぶべきだと丈一は笑った。


「もう日が暮れそうだしな、たまには一緒に帰るか?」


有香は少し戸惑っていたが僅かに頷いてくれた。

拒絶されたらどうしようかと内心不安だったが、どうやらその心配はなさそうだ。


「ちょっと待ってくれ、今先輩に連絡するからよ」


「先輩?」


「実はちょっと部活抜けてここに来ててさ。

あ、お前ここがどういうところだか知ってるか?

ここって実はよ、古代人が残したスーパーロボットが眠ってるんだぜ?」


「ロボット?」


「ああ。 そうだ、有香に話してやるよ。 俺今部活で考古学勉強しててよ、アーシェス文明って奴をさ。

よかったら色々教えてやるぜ、まだわかんねーことはいっぱいだけどなっ!」


丈一が熱く語っている反面、有香は何を言っているのかわからずに首を傾げていた。

だが、とにかく妹と話すきっかけを掴めた。

ここでもう一度やり直し、元に戻すんだと丈一は決意した。

しかし、その決意はすぐに砕かれる事となる。


「バッカみたい」


有香は冷たい目で丈一に向かって呟いた。


「な……おい、有香?」


「お兄ちゃんはもう高校生でしょ? そんな年にもなって恥ずかしいと思わないの?

クラスメイトの男子と何ら変わりがない発想よ、そんなの」


「い、いやでもよ。 信じられねぇかもしれないけど、あるんだぜ? 古代人が作ったロボットがよっ!」


「そうやってまた、私に嘘をつく。 お兄ちゃんはいつもそうだった、私の前では見栄を張り続けてたし。

私、全部知ってるんだから。 お兄ちゃんの身体が弱かった事だって、それを隠してた事ぐらい」


まるで丈一を見下すような目で有香は冷たくそう言った。

一瞬頭の中が真っ白になった丈一は、どうすればいいのかわからずに言葉を失った。

が、このままではいけないと首を振るって、恐る恐る伝えた。


「……有香、怒ってるのか?」


「別に、知ってたもん。 お兄ちゃんの事なんて全部」


「な、ならよ」


「いい、もう黙って。 今更お兄ちゃんが何をしようが事実が変わるわけでもないし。 それよりも、いい加減現実を見たら?」


「げ、現実?」


今まで黙っていた鬱憤を晴らすように、普段おとなしい有香からは想像できない勢いで喋りつづけた。

そんな有香を見て丈一はたじたじとなってしまった。

有香はただ深くため息をつくだけだった。


「わかってるでしょ、自分が役立たずな事ぐらい」


「なっ――」


役立たず。 妹から告げられたたった一言が、胸に深く突き刺さった。

それは現状、最も気にしている深い一言だ。

皆が世界を救うためにあれこれ考えている中、妹の事ばかりで頭を悩めた挙句……ここまでやってきてヒントも何も得られず

ただ無駄な時間だけを過ごした自分に対して、深く突き刺さったのだ。


「運動音痴だし体力もない、かと言って知恵があるわけでもない。

ちょっとゲームが出来るけど、突飛している訳でもない。

絵のセンスもなければ歌も下手くそ、性格も空回りで空気だって読めない。

これが、私の知っているお兄ちゃんの全貌だよ」


「っ!」


丈一は何か言い返そうと口を大きく開くが、上手く言葉が浮かばずにそのまま歯を食いしばった。

有香に言われた事は全て的中している。

今まで妹に隠し続けていた事実、全て筒抜けだったというのか。

だから昨日、丈一は拒絶されたのだ。

どう見ても理想の兄貴とは程遠い。

そんなのは有香も理解していたというのに、丈一は嘘を貫き通し続けてきたのかと思うとあまりにも滑稽すぎて乾いた笑いをした。


「お兄ちゃんがやって来た事はただ一つ、見栄を張り続けただけ。

私の為に理想の兄貴でいようと思ったけど、そんなの違う。 本当はただ、自分がそうありたいと望んだだけ」


「待ってくれ有香、それは――」


「違うの? もし違うのなら、ちゃんと否定して」


そうじゃない。 そうじゃないんだ。

その、たった一言を告げるだけでいい。

だが、丈一は出来なかった。 妹に突きつけられた現実は、全て真実だった。

妹の為に理想の兄貴で居続けようと決めたのは事実だ。

しかし、本当は自分がそうありたいから続けたいだけだった。

自分には何の取り柄もない、少しゲームが出来るぐらいだがそんなの自慢にはならないとはわかっている。


「ほら、何も言い返せない。 小学生相手にここまで言われて何も言い返すことが出来ないの? 情けないバカなお兄ちゃん」


丈一は悔しさのあまりに拳を強く握りしめた。

今の自分は、妹にボロクソ言われる程落ちぶれているという事実。

否定はできない、認めなければならない。

しかし、認めたからと言って……全てを放棄するつもりはない。

心は折れ掛けながらも丈一を支える魔法の言葉が、たった一つだけ残されていた。


「有香、聞け。 俺は今から、生まれ変わる」


「……?」


有香は丈一の一言を聞いて首を傾げた。 だが、丈一の目を炎が燃えたぎるように決意に満ちた輝きを発していた。

丈一の持つ赤の力に火を灯した先輩の言葉、それはアルマフォースを開花させるきっかけともなった。

瑞葉は言ってくれた。 丈一はちゃんと自分自身と戦えていると。

弱音を吐かずに必死で現状を変えようと足掻いている姿を認めてくれた。

そして丈一には誰よりも熱い情熱、何処までも打たれ強い強靭な精神力、根性を持ち合わせていると。


『アンタの情熱と根性、私に見せなさいよっ!』


頭の中で再生される瑞葉の声。

それが、丈一のアルマフォースを解放させた。

『情熱』、『根性』。

丈一を変えた魔法の言葉は、たったその二つの単語だった。


「わかってるさ、俺は今情けない兄貴だ。 俺はお前に本当の姿を隠し続けて、誤魔化し続けた最低の兄貴さ。

だけどよ、それはもうおしまいだ。 俺には情熱と根性がある、この二つがありゃ不可能なんてねぇさ」


「な、何を言っているの? バッカじゃないの、もう……私に二度と話しかけないでっ!」


「無理だな、俺とお前は兄妹だ。 同じ家で暮らす家族だ。 何で家族が口を聞いちゃいけねぇんだ?」


「嫌よ、なら私が出ていくっ! お兄ちゃんの顔なんて、二度と見たくないっ!」


「なら、俺が地獄の果てまでお前を追いかけ続けてやる。

そして絶対に、お前が望む理想の兄貴になってやるからよ。 だからそれまで、待ってろよっ!」


丈一は笑いながら伝えた。 ここで折れてしまったら、またヴェノムに付け入られる事になる。

せっかく瑞葉に命懸けで助けてもらったのに、また捕まってしまうなんてことはあってはならない。

今度は、男として瑞葉を支えられるぐらいに強くならなければいけないのだと誓っていた。


「……バカじゃないの? 死ね、死ね死ね死ねっ! クソ兄貴っ! お前なんていらないっ! 今すぐ消えろ、死んでしまえっ!」


すると、突然有香は苦しそうに頭を抱えながら叫んだ。

冷静になって考えてみれば何かがおかしい。

思えば有香は寄り道何て一度もしたことないし、小学校の下校時間はとうに過ぎているはずだ。

それに真面目な有香は立ち入り禁止区域に足を踏み入れるような真似なんてしない。

何よりも、今まで有香から言われてきた事実は全て……自分の中で抱いていた劣等感そのものだった。


「そういう事か……テメェ、ヴェノムだな?」


「ク、クククッ! 流石に一度罠にはまれば二度も通じぬか。

人間は愚か者ばかりだと思っていたが、流石にアカシャの戦士として選ばれただけはある。

いや、これも白き力の補助があってこそ……と言うべきか」


有香はニヤリを怪しい笑みを浮かべると、瞳を赤く光らせた。

やはり、有香ではなかった……だとすればこれは、丈一が生み出した幻?

それにしては妙だ、何故現実世界にこうして姿を現すのか?

本来ならヴェノムは精神世界に人を引きずり込むはずだというのに。


「テメェらは何者なんだ? 何のために俺達を支配しようとする?」


「我々は身体を求めているだけに過ぎない。 器のない我々はこちらの世界で形を保つには限度がある。

故にお前達のアルマフォースを奪って、我々は器を手に入れなければならない。

そうしなければ、我々は死を迎えるのだから」


「だったら、テメェらの世界に引っこんでればいいだけだろうがっ!」


「そうは出来ぬ。 貴様ら人間のせいで我々は体に蝕む黒き力を浄化せねばならなくなったのだ。

貴様らが我々を汚染し続ける限りな」


「汚染し続ける限り? どういうことだそりゃ」


ヴェノムはわけのわからなぬ事を呟き続けていた。

器を手に入れなければならないというのはヴィクターも確かに言っていた。

ヴェノムは人を支配する事によって身体を手にすると。

だが、ヴィクターが告げていない事実がまだ隠されていると悟った。


身体を手にしなければ『死』、ヴェノムが告げた『汚染』。

一体それが何を指すのかはわからないが、これは――ヴェノムと戦う為の切り札となり得るかもしれない。


「人間よ、我々を受け入れよ。 悪いようにはせん、我々を受け入れれば無意味な争いを繰り返す必要はなくなる」


「よく言うぜ、人の弱みに付け込む最低野郎がよっ!」


「ならば、実力行使に移る」


「いいぜ、かかって来いよ。 テメェなんてぶちのめしてやるぜっ!」


丈一はヴェノムに立ち向かおうとファイティングポーズをとって挑発した。

しかし、実際殴り合いの経験は皆無に近い。

内心ビクビクしていたが、それでも丈一は立ち向かおうと歯を食いしばり続けていた。


『お兄――ちゃん――』


「……っ!?」


突如、何処からともなく兄を呼ぶ妹の声が聞こえ始めた。

ヴェノムではない、辺りを見渡すが有香らしき影は見当たらない。

この声は一体何処から――と、丈一は背筋に寒気を感じた。


「まさか、テメェッ!」


「察したか、人間」


間違いない、このヴェノムは……妹を、有香を支配している。

思えば妙だった、精神世界でもないのに妹そっくりの姿が現実世界に生み出されている事が。

この姿は丈一が生み出した幻想なんかではない。 ヴェノムに支配された、『有香自身』なのだ。


「有香を、返しやがれぇぇぇっ!!」


丈一は感情を抑えきれずに、怒り場を白髪させた。

全速力で駆け出し、ヴェノムを殴り飛ばそうとしたその瞬間――目の前に精神世界へのゲートが開かれ、丈一は成す術もなく吸い込まれてしまった。


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