プロローグ
巨大なスクリーンに映し出されていたのは、想像を絶する数のヴェノムだった。
黒の力に染められ、暴走したヴェノム達は、ただひたすらに破壊活動を繰り返し続けた。
「まさか、こんな事態になるだなんてよ……だが、まだっ!」
少年は、最後まで諦めるつもりはなかった。
巨大な人型兵器『アーシェス』を操り、ヴェノムと呼ばれる不可思議な生命体を相手に、たった一機で戦い続けていた。
次々と湧き出すヴェノムにライフルの照準を合わせて、力の限り弾を撃ちだし続ける。
カッと白い閃光が次々と発射され、槍のようにヴェノムを串刺しにしていくが……ヴェノムはその数を減らさない。
むしろヴェノムの数は延々と増え続けるばかりだった。
「クソッ、奴ら次から次へとっ! 俺の力じゃ、奴らを完全に断つ事はできないのかっ!?」
自分の無力さを知った少年は、両手を力いっぱい叩きつけると項垂れた。
絶対に、自分の代で奇跡を起こして見せる。 彼女とそう、約束したというのに。
だけど、覚悟していた事だ。 自分がこれまでやって来た事を決して無駄ではない。
少しずつではあるが、確実に……閉ざされた世界の未来は、切り拓かれ始めていた。
「悪い、もう俺達に打つ手は残されていない。 後は、任せたぞ」
『いえ、そんな事ないわ。 まだよ、まだ戦える。 だって貴方は、初めて私に希望を持たせてくれた。 絶望しか残されていない世界の未来に、希望の光を宿してくれた』
通信機から聞こえてくる少女の声を耳にして、少年は黙って首を横に振るった。
「いや、もう終わりだ。 もうじき、俺のアルマフォースが底をつく。 そうなってしまえば世界は、本当に終わっちまう……なら、一思いにやってくれ」
『な、何を言っているの? 約束したじゃない、私に奇跡を見せてくれるってっ!』
「ああ、そうさ。 やれるだけの事はやったさ。 だけど、奇跡なんて起きやしなかった。 いや、俺には奇跡を起こせるだけの力はなかったんだ」
少年は悔しそうにスロットルを握りしめながら告げた。
ヘルメットを外し、少し長めの茶髪を靡かせて、この状況にも関わらず何故か笑って見せた。
「こいつに乗った時から、生命を投げ捨てる覚悟はとうにできている。 別に怖くねぇさ、死ぬわけじゃねぇ。 ただまた、ゼロに戻るだけじゃねぇか」
『まだよ、まだ諦めろ段階じゃっ!』
「やれよ、ここで全てを無駄にする気か? お前だってわかってんだろ、どう足掻いても……今の俺じゃ、世界を救えない事ぐらい」
『―――貴方も、私を裏切るのね。 貴方ならやれると思ったから、この輪廻を断ちきってくれると信じたから、私はっ!』
「だったら、次に繋ぐしかねぇだろっ! いいか、絶対諦めるんじゃねぇ……俺達がやって来た事は決して無駄なんかじぇねぇんだ。 確実に、次の奴らの助けになるはずだ」
気が付けば、少年の目からは涙が流れていた。通信相手にはこの涙は見えていない。
自分があまりにも無力だったことに、悔しくて流した涙の事を、知る由はない。
「急げ、ここで全てを終わらせる気か? あと一回、あと一回だ。 あと一回耐え切れば、お前はきっとこの苦しみから解放される。 そして俺達も報われるんだ。 わかってくれ、その為にお前に、俺の全てを託したんだ」
『……もう』
「弱音を吐くな。 いいか、ここで諦めやがったら絶対にテメェを許さねぇぞ。 俺達の意志を次の奴らに引き継ぐのは、お前の役割だ。 もう時間がない、さっさと……やってくれ」
力なく伝えると、少年は通信を一方的に切った。
その瞬間、激しい衝撃が襲い掛かりコクピットのシートに身体を激しく叩きつけられた。
息も絶え絶えで、もはやスロットルを満足に握る力すら残されていない。
霞んだ視界でモニターを眺めると、ゴゴゴゴゴと地響きが伝い始める。
すると、地上から白い巨大な柱のようなものが姿を現した。
「ヘッ、ようやくお出ましか。 いいぜ、使えよ。 俺の残りッカスの生命をよ」
少年が二度目の笑みを見せると同時に、涙を流した。
刹那、モニターから真っ白な光が射しかかり、少年の身体が包まれていく。
やがて、少年は光の粒子となって消滅していった。
気が付けば、辺り一面に残されていたのは真っ白な砂だけだった。
残されたのは巨大な白い柱のような『機械』と、黒髪の少女ただ一人だけ。
少女は思いつめた表情で、白い柱を見上げていた。
「また、繰り返すのね。 結局何も、変わらなかった。 どうして、どうしてこんな――」
込み上がってくる感情を抑えきれずに、少女はその場で膝をつき泣き崩れた。
何も残されていない世界で、少女は人知れず涙する。
何も変えられない己の無力さと、何度も希望に裏切られた悔しさを胸に、力の限り泣き叫んでいた。