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奇妙な花そして下女



**********




「はあ……」

「…お嬢様?どうなさいました?」



部屋に戻ってきて服装を替えた後。

エイミィを送りだすなりソファにへたりこんでしまったマルグリットに、ルビアは声をかけた。

…どうも『かなり疲れた』顔をしている。

マルグリットの表情には疲労がありありと浮かんでいた。


―何があったのかしら?

いつもはどんな過酷な労働をした後だってにこにこしながら帰ってくるのに、と侍女は眉をひそめる。

マルグリットはしばらくして、口を開いた。


「…あのね、ルビア。ついさっき、陛下に会ったのよ。」

「ええ!?」


驚く侍女にマルグリットは静かに!とひとこと注意し、ことの成り行きを説明した。



「なんと、そんなことが……。世の中、何が起こるか分からないものですね。」



主の話を聞き、ルビアは感心したように漏らす。


マルグリットが側室として部屋に籠っていたときは全く関わりがなかったのに、下女として外に出た途端に王と接触するとは。何とも皮肉めいている。



「ホントよね~。こっちもひやひやしちゃったわよ。顔、覚えられたかしら…?」



―いや、それ以上に問題なのは本人の態度だ。

ソファに沈み込み、面倒くさそうに頭をかいている主を見て、ルビアは頭を抱えたくなる。


仮にも後宮に入った女なのだから、王と会えたことを喜ばしく思うべきなのに。

―何故、『なりかわりがバレる』という危機しか頭にないのだ、この人は。



「…まあでも、よかったじゃないですか。陛下にお会いできて。」

「よくなんかないわよ…エイミィの姿であまり目立っちゃいけないのに。」

「あの子だったら逆に喜ぶ気がしますが。」

「そうだとしても、私は嫌よ。下手したらなりかわりが知られちゃうかもしれないでしょう?」

「…もう一度、会いたいとかは。」

「ないわ。むしろ二度と出くわしたくないわね。」

「はあ……」



――『二度と』、は側室としてはマズイ発言では?


どうやらマルグリットは国王陛下に対し全く興味がないらしい。

『すごい美男子(イケメン)だったわ』とは評したが、それだけだ。

彼女にとって、何より優先すべきは『下女としての生活』であった。


…いや、国王陛下を二の次って。

なんだかもう、空しいやら悲しいやらで、ルビアは何も言えなかった。



「それにしても、普通、国王が一介の下女に声をかけるなんてあり得ないわ。国王様も何を考えているのかしら。」

「それは…お嬢様が余程変な行動をしていたからでは?」

「う。…否定できないわね。」

「しかも結局、その得体のしれない花を置いて行ったんですよね?役に立つ、とか適当なことを仰って。…もし、嘘だと知られたら……」

「あーもう!その話はやめて!あまり考えたくないの!」



痛い所をつかれ、声をあげるマルグリット。

16年の黒歴史にまたもランクイン確実の出来事だ。

過去に戻れるのなら、ついさっきの自分を殴り倒したい。彼女は力なくうなだれ、はあ、と息をついた。



「まあ、いいわ。多分もう一生会うこともないでしょうし。」



―だから、『一生』では困ると言うのに。

ルビアは、いっそまた陛下と偶然に(・・・)遭遇してはくれないか、と人知れず願った。





**********




「…ふう。」


本日の会議を終え、一度自身の政務室に戻ってきた国王は椅子に腰かけた。

資料のまとめをしなければ、と机の上に散らばった紙の束に手をかける。

―その時に、ふと机の隅に置かれた花瓶が目に入った。


そこには一輪の花が生けてあり、風に吹かれて少し花弁を揺らしている。

そう、先日赤毛の下女から半ば押しつけられるようにして貰った花だ。


――いつ見ても、奇妙な花だ、と彼は思う。

海底のような色合いは勿論、その花弁や葉のつきようが普通のものとは違う。

鑑賞用の花にしてはあまりに不格好で、奇怪な見た目だ。


―こいつが、何かの役に立つ、だと?


赤毛の下女の言うことをうのみにするわけではないが、ヴィルフリートはどうにもそのことが気になった。


…いや、実を言うと彼は、花よりももっと変なあの下女のことを考えていた。



―昨日。

政務を終え、珍しく供も付けずに庭園を散歩していたら、件の赤毛の下女が隅でしゃがみこんでいるのを見つけた。

それが何とも真剣に茂みの奥を見つめているものだから、今度は何をしているのだろう、と好奇心から声をかけてしまったのだ。


その時の、ひどく驚いていた彼女のことを思い出し、またニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべる。

自分は笑い上戸だったのか?と紛うほどだ。

何なんだろう、この愉快な気持ちは。


あの後花を置いて大慌てで走り去って行ったが、あいつは結局なにがしたかったのか、とか。

少し前に噴水を覗きこんでいたが、あれは何を見ていたのだろう、とか。

……名前を聞きそびれた、とか。


しばらく花を眺めながら赤毛の女について思考していると、ふいに扉を叩く音が聞こえた。



「失礼します、陛下。」

「――ああ、入れ。」



顔を引き締め、来客を迎え入れる。

一言断ってから部屋に入ってきたのは、会議にも参加した隣国レイノッドの使者だった。

丁寧にお辞儀をした後、国から賜った本題を口にした。


「――ですから、一度、輸出品の検討をお願いします。我が君主も、あの商品はぜひ取引したいと――」

「それはありがたいことだ。だが、通常の航路を使うとなると、時間がかかり過ぎる。需要は十分だが―鮮度が問題になるな。」

「ならば、高速船を用意させるよう掛け合ってみましょう。あとは、ですね…」


淡々とした会話、適切な相槌、羊皮紙にペンを走らせる音。

そうして議論がようやくひと段落したところで、使者はにっこりと笑った。



「では、そのように報告させていただきますね。貴重なお時間をありがとうござ――」



―と、途中で不自然に言葉が途切れる。

王は何事だ、と目を見張り使者の視線の先をたどると、そこには昨日の花があった。


使者は目を見開き、恐る恐るヴィルフリートに尋ねた。



「―――陛下。この花を、どこで?」

「ん?…ああ、それか。珍しいと思って城内で摘み取ったものだが…これが何か?」

「もしや、これは……」



口の中で言葉を動かす使者には驚愕の色が見える。

今まで粛々と業務を行っていたときと、明らかに反応の違う使者に、ヴィルフリートも何なんだ、と怪訝そうに眉をひそめた。



「も、もしよろしければ、頂けませんか?いえ、花弁ひとつでよいです!調べてみたいことがございますのでっ!」

「あ、ああ…構わないが。」

「ありがとうございます!!」



興奮気味にお礼を言った使者はそうっと花弁の一枚をちぎり柔らかい布に包むと、早々に部屋を退室した。

…王に激励を送り、何度も腰を曲げてお辞儀をした後で。


ヴィルフリートは何が何だか分からないまま、呆然とその嵐のような動きを見ているだけだった。

目線を机の隅にやると、花弁が四つになった奇怪な花。

本当に、これに何か意味がある、のか?


―多分、陛下が持っていた方がお役にたちますっ!


ふと、赤毛の下女の声が身の内を反響する。



「……まさか、な。」



ヴィルフリートはとある予感に目を瞑りつつ、少々自嘲気味に笑った。







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