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好奇心は猫をも殺す





「ふう、こんなものかしら……」



集めた落ち葉を袋にまとめたマルグリットは、ぐいっと額の汗をぬぐった。


―同僚たちの言った通り、中庭の清掃はこれまでの仕事と比べやたらハードだった。

ただでさえ広い掃除面積であるのに、せっかく集めたゴミがたびたび春風に吹かれ舞い飛んでしまう。

また人通りが多い広場は掃除がし辛く、靴跡を消すのが非常に大変だ。

極めつけはこの照りつける太陽。

春季とはいえ本日の気温は高く、肉体労働にはちょっと厳しい暑さだった。


――まあ、でももう少しね。


仕事がひと段落したマルグリットは少し休憩しようと噴水の傍に寄りかかった。



緑豊かな中庭にはきちんと整備された植木が並び、可愛らしい小鳥や蝶もよく訪れる。

目を閉じて自然の音に耳をすませるとなんだかすがすがしい気分で。春風がふわりとくせのある赤毛を揺らした。


―しかし本当に気持ちのいい天気だ。

もう少しで昼休憩となるから今日は昼ごはんをここで食べようか、と楽しげな計画を立てる。

マルグリットはしばらくそのまま柔らかな風を楽しんでいたが、ふと顔を上げた。



「―あ、そうだわ。」


―広場の噴水の上に散らばる花弁の色。

かつて『見たい』と思ったものが、今なら見ることが出来るではないか。そう思いついた彼女は身を起こした。


この噴水は中央と周りの五か所ほどに水の吹きあげる栓があり、真ん中に大きな水瓶が設置してある造りになっている。

マルグリットが見たいのはその水瓶の中に浮かぶ花弁だが、淵からその水瓶まではやや高低差がありぐっと背伸びしなければ見えないようだ。


きょろきょろと赤毛を揺らし、辺りを見回す。

他の者に奇行を見られて後で『何をしてたの?』などと問われては厄介だ。

また、仕事をさぼってるとも思われかねないので、彼女は慎重に周囲の様子をうかがった。

―幸い、中庭の掃除当番の他の下女たちは別の場所を掃除しているらしく姿は見えない。通行人もいないようだ。

マルグリットは今がチャンスだ、とばかりにつま先がギリギリ地面に着くくらいに背伸びをした。



―水瓶の上に広がっている花弁はそれはそれは美しかった。

赤や黄色や白や―今の季節に咲き誇る色とりどりの花のかけらが水瓶の中を水面が見えないほど埋め尽くし、幻想的な風景を作り出している。

さながら一枚の絵画のよう――

マルグリットは覚えずほう、とため息を漏らした。


国王陛下がどれほどお美しいか知らないけど、この彩色には到底かなわないんじゃないかしら――

なんて、陛下にとっては失礼極まりないことを思う。


…だから、罰でも当たったのだろうか。



「あっ――きゃあっ!」



マルグリットは次の瞬間、足首をひねりバランスを崩してしまう。

そして、ばしゃんっと派手な音を立てて噴水に落ちてしまったのだった。

水しぶきが上がり、周囲の小鳥がバタバタと飛び立つ。

頭から思いっきり水面にダイブした彼女は赤毛の頭からつま先までずぶぬれだ。鬘が取れなかったのは幸運だったが。



「うう…サイアクだわ。」


水の中から身を起こし、がっくりと肩をおとすマルグリット。

とりあえず噴水から這い出出て、地面に足を付ける。ポタポタと乾いた大地の上に染みを作った。


「…誰にも見られてないわよね?」


ぎゅっとスカートの裾をしぼりながら呟く。

…もし誰かに見られていたのなら恥ずかしすぎる。

マルグリットは今度は恐る恐る周囲に目を向けたが、人影らしきものはなく一応ほっと息をついた。


―しかし、この濡れてしまった服と身体はどうしようか。

確かに天気はいいが、すぐに乾くはずがない。肌着までびしょびしょな少女を人々は奇異の目で見ることだろう――


そう思ったら憂鬱で仕方がない。

マルグリットとて、あまり『エイミィ』の姿で悪目立ちはしたくないのだ。



「とっとと帰らないと…」


とりあえず早く下女の寄宿寮に戻り着替えをするべきだろうと考えたマルグリット。

みんなの反応は容易に予想できるな、と足取りも重く他の下女たちと合流することにした。





―予想通り下女仲間に勢大に笑われ、散々からかわれた後。


マルグリットは一足先にお昼休憩を頂き、寄宿寮で予備の制服に着替えた。

手早く身体を拭き、濡れた制服と下着は洗濯して部屋の隅にかけておいた。

天気がいいので明日には乾くだろうが……もしかしたら部屋の中ににおいがこもってしまうかもしれない。

ごめんエイミィ、と心の中で謝りつつマルグリットは部屋を後にした。



「はあ……散々ね、今日は。」


再び中庭に戻ってきたマルグリットはため息交じりに腰に手を当てる。

自分のせいとは言え、とんでもない失態を犯してしまったものだ。

これは自身の黒歴史にランクインすることだろう。

…やっぱり、最悪の気分だ。


ともあれ、途中であった仕事を終えてしまおうと、マルグリットはゴミを詰めた袋を抱え――ふと、上を見上げた。


――あ……


瞬間、マルグリットは思わずポカン、と口をあける。


例の執務室からちょうど人が出てくるのが見えたのだ。


バタンとドアを閉め、数人を連れだって廊下へと足を踏み出すその人物は――

白銀の髪をなびかせ、水晶のような薄い青の瞳が印象的な美男子。

すっと通った鼻は高く、顎は少しとがっていて輪郭がはっきりしている。きりっとした切れ長の目もとや薄めの唇も、どこのパーツを見ても素晴らしく整っている。

まさしく――噂通りの国王陛下、その人だった。


――これは、すごい美形もいたものね…

もはや神々しさすら感じられる人物を前に、下女は目を見開いてまじまじと観察した。

だが数秒後、何をしてるの、さっさと仕事をしないと!と我に返ると、マルグリットは慌てて目を伏せ、袋を抱えて歩き出した。



その一瞬……気のせいか――王と目が、あった気がした。







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