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侍女のつぶやき



**********




後宮の隅、ウェリントン侯爵令嬢の私室内。

主のために、今日も今日とて仕事を全うする真面目な侍女ルビア。

しかし朝の清掃が終わるや否や、ぐったりとソファに腰掛け、深いため息を漏らした。

いつもきちんとしている平生の彼女にはあり得ない行動。

だが、それも仕方がないというもの。


―突然『下女になる』と飛び出した彼女の主、マルグリットのことでずっと頭を悩ませているのだから。



『マルグリット』が『エイミィ』となって働くようになって、もう三日。

マルグリットは今のところ順調に『下女』として働いているようだ。

5つの鐘が鳴った後、言いつけ通りに自室に戻ってくる彼女は、夕食を食べながら嬉しそうに仕事の様子や見つけた新しい発見を話す。


「今日は、城壁付近の清掃をしたわ。そしたら小鳥がたくさん飛んできてね、可愛らしい声で鳴くのよ。今度こっそり餌を持っていこうかしら?」


「休憩時間に庭園を散歩していたら、見たことのない花が咲いていたの!明日あたりに摘み取ってくるから花瓶を用意しておいて頂戴!」


―などなど。話題は尽きることがないようだ。


過酷な労働にすぐに音をあげて戻ってくると思ったが…自他ともに認める努力家で根性のある彼女は、泣きごとなどひとことたりとも漏らさない。

…だが、それ故に心配でもある。

ルビアは今朝も元気よく部屋を出て行ったマルグリットを思い出し、複雑な気分になった。


洗濯などすれば、真っ白な美しい手が荒れてしまうではないか。

そんなに城内を歩きまわっていては、足がパンパンに腫れあがってしまうのでは。

いや、それより勤務中に無粋な輩に目をつけられたら…



「ああもう!お嬢様、早く帰ってきてください……」

「別にいいじゃないですか。本人が好きでやってることですしー。」


うなだれるルビアに話しかけたのは、この部屋の主マルグリット――の変装をした下女のエイミィだ。

中央におかれた椅子に腰かけ、本日のケーキを美味しそうに口に運んでいる。

ルビアはいつ見てもマルグリットにそっくりな元下女をちらりと覗いた。


「それはそうですが…やはり心配で。」

「大丈夫ですよ、マルグリット様は活発だし体力もありそうだし。仕事も楽しんでるようで。」

「…そういえば、エイミィさんは、何故お嬢様に協力を?」

「だって、断る理由がないですもん。」


エイミィは口角を上げ、二コリと笑った。


「綺麗なドレスを着て部屋に居るだけのお仕事なんて、こっちにとっては夢のような話ですよ。美味しいお菓子は食べれるし、普段はゼッタイできないお洒落も楽しめるし。最高ですー。」

「………。」

「むしろマルグリット様にはずっと下女でいてもらいたい…」

「…少し、口が過ぎるのでは?」

「あ、すいません。」


冷たい眼差しを向けられ言い過ぎた、とばかりにペロリと舌を出して笑う令嬢。

その仕草もまたマルグリットそっくりである。…憎らしいくらいに。



この数日、使用人が数人この部屋に足を運んだが、やはり入れ替わりを指摘したものはいなかった。

マルグリットの方もまた同じだと言う。

つまり。

現時点で『下女』と『侯爵令嬢』のなりかわりはマルグリットの思惑通り、うまくいっていると言えるのだ。

すぐにどこかボロが出て計画は潰れるだろうと踏んでいたルビアにとっては、非常に面白くない結果なのだが。


「でもホントに変わったご令嬢ですね。」

「それは、同意しますが…」


―今日はどんな『探険』をしているのだろうか。危険なことに首を突っ込んでいなければいいが……

嬉々として報告をしてくるマルグリットを思い描きながら、ルビアも仕事に戻るため重い腰を上げた。






侍女の心中を知ってか知らずか、マルグリットは今日も精を出して仕事にいそしんでいた。

本日言い渡されたのは、中庭の広場の清掃だ。

日課である洗濯を終えた後、彼女は下女仲間数人とともに長い回廊を歩いていた。


「まったく、嫌になるわよねぇ。中庭の清掃にこれだけの人数しか割り当てられないなんて。あそこがどれだけ広いと思ってるのよ?」

「ホントね。しかも今の季節、掃除してもすぐに花弁が落ちてくるじゃない。不毛な話よね。」


道中、同僚たちはぶつぶつと仕事の不満をこぼした。

いつもすました顔で仕事を行う彼女らの舞台裏をこっそり覗いている気分だ。

一生懸命働く陰ではこのようなことを言っていたのか、とマルグリットは苦笑した。


「そうね。でもお仕事ですもの、頑張らないと!」

「はあ、エイミィは仕事熱心よね…私は目の保養でもしてないとやってられないわ。」

「目の保養?」

「あら、知らないの?」


金髪のおさげをたらしている下女が首を傾げる『エイミィ』を覗きこむ。

そうは言われても、何の事だかさっぱりわからない。

マルグリットが素直に知らない、と答えると、



「陛下よ。ここから国王陛下が見られるの。」



同僚の下女はどこか夢見心地で教えてくれた。

――陛下ですって?

その言葉に、どきりと心臓が鳴る。

だが金髪の下女はマルグリットのそれに気付いた様子はなく、奥の方を指さした。


「この中庭から見える――ああ、あそこ。あの二階にある部屋が陛下の執務室でね。よく出入りするお姿を拝見できるのよ。」

「へえ…」


視線をやると、背の高い白い柵の向こう側にがっしりとした大きな扉が見える。

あれが国王陛下の仕事場、執務室だという。成る程、通りで扉の前に屈強な兵士が立っているわけだ。

マルグリットは頷いた。


「私もこの間ちらっと見たんだけど、とんでもなく美しいお方よ。後宮のお姫様たちが夢中になるのも分かるわねー。」

「そうそう!あの綺麗な白銀の御髪、遠目から見てもついため息がもれちゃうわ。」

「はあ…一度でいいからあの澄んだ蒼い瞳に見つめられたいなあ…。今日は見られるかしら?ねえ?」


そして次々に便乗し、陛下の素晴らしさを語る下女たち。

皆一度は国王陛下の姿を見たことがあるようだが、賞讃の言葉だらけだ。


――美しい、ね……


マルグリットは胡散臭そうに執務室を見やった。




第27代リートルード現国王、ヴィルフリート・マーヴィン・フレアベル。


若干23歳であるにもかかわらず父王から王位を譲り渡され、先日即位された若き王様だ。

王となるにはまだ早すぎるのではないか、と周囲の者は不安を口にしたが、彼は王族直系の長男であったし正妃である母は由緒ある公爵家の娘で、家柄は申し分ない。

さらに文武両道―特に外部の取引に優れた、非常に有能な青年であった。

古参の家臣たちも、彼の王たる風格と並々ならぬ才覚を目の当たりにし、今では国王に全幅の信頼を傾けているという。


そして――どうやら国王陛下は噂通り、かなりの美形であるらしい。


頬を赤らめる乙女たちの話を聞き、マルグリットはそう確信した。

そのような、誰の目から見ても素晴らしく優秀な王の正妃を狙う女性は多いだろう。

後宮に女が絶えないのはそのせいだ。

そういえばマルグリットの後にもさらに何人か後宮に人が入ったと聞いた。

そして後宮の上層部では(マルグリットは最初から参加していないが)お嬢様方のドロドロした戦いが日々繰り広げられているという……



「…早いとこ、正妃を迎えればいいのに。」


これ以上無駄な犠牲者を増やす前に(ひいては自分のためにも)、正式な妃を娶ってもらいたいものだ。

自身も妃の一人であることは棚に上げ、マルグリットは切実な思いでまだ見ぬ陛下に向かって呟いた。






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