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エピローグ



秋季は恵みの季節である。

春から準備した穀物が黄金の穂を揺らす。

熟した大量の秋野菜や果物の収穫をする。

山に入れば木の実や茸類など自然の恵みにありつける。

そして、多くの行商人が取引のために国のあちこちを渡り歩く。


リートルードの国民の懐も大いに潤い、冬季への貯蓄を促す豊穣の秋。

今年は特に活気に溢れていた。


それは、つい先月、彼のヴィルフリート・マーヴィン・フレアベル王がついに国民みなが待ち望んでいた正妃を迎えたことに依る。

悲願の達成を知った国民は皆、歓喜の悲鳴をあげた。

王の戴冠記念式と同時に行われた華やかな結婚式はこの国の末永い繁栄を約束しているかのようで――宴は三日三晩絶え間なく続いたのだった。


また、隣国レイノッドとの関係も良好で、リートルードとの友好条約を結んだ後、双方の国を行き来する海上貿易に力を入れている。近頃は幅をきかせていた国内の悪徳領主らもほぼ粛清され、民に過度な負担はかからないようになっている。


これも全てヴィルフリート王の善政のおかげだ、と国民はますます王に対する信頼を高め、さらなる発展と安寧、そして世継ぎの誕生を心待ちにしている。




そんな、国民の期待を一心に背負う王妃――私室前。



「……右よし、左よし、人、なし!」


きょろきょろと目を左右に動かし、扉の外の廊下を確認した少女が、意気揚々と一歩を踏み出した。

その時、



「あら、どこに行くの?エイミィ。」

「!!?」


ドッキーン!と効果音が飛び出そうなほど―実際に地面から数センチ飛び上がり―驚きを表した少女。

いつの間にか背後に立っていた人物をまさか、という気持ちで振り向いた。



「え、えええエイミィ…!?」

「ふふ、似てました?モノマネ。」



久々にやってみたけど、まだいけるものですねえ、と大きな洗濯籠を抱えた赤毛の少女はのんびり言った。

そして目の前、自分と全く同じ格好をしたよく似た女性に目を向ける。冷たい眼差しを。



「――で、何をしてらっしゃるんです?王妃様。…(エイミィ)の格好で。」

「い、いや、これには深い理由がっ!」

「変装をするのに?」


彼女の怜悧な追及は止まない。

王妃ことマルグリット・セシーリア・フレアベルはうぐぐ、と言葉に詰まった。



「そういえば、部屋付きのレオナさんとフィリスさんは、どうされたんです?」

「………。」

「…王妃様、また撒いてきたんですか?」

「ぐ。」



――図星、か。


エイミィは叱られた子供のごとくばつの悪そうな顔をしているマルグリットを見、はああ、と大きなため息をついた。



「全く、これで何度目ですか…後で叱られるのはレオナさんとフィリスさんなんですよ?」

「わ、悪いとは思っているわよ、けど…どうしても厩舎に行きたいの!」

「は?厩舎ですか?」

「そう!この間、仔馬が生まれたんだって!これは見に行くしかないでしょう!?」

「しかし、本日の語学と作法の授業がまだお済みではないはずですが…」

「………。」

「そこで黙らないでください。」



お妃修行として様々なことを勉強しているマルグリットに、遊ぶ暇など中々ないのだ。

スケジュール管理をしているこちらの身にもなってほしい。


リートルード国の正妃となったのに相変わらず自由奔放で変な所に興味を持つ人だなあ、とエイミィはしみじみ思った。



「大体、そのようなことは陛下に申し上げればよいではありませんか。外出禁止という訳でもないのですし、陛下の許可があれば…」

「だだってそんなことしたら、陛下が……!」

「私が、どうかしたか?」

「っ!?」


―と、聞き覚えのある声が割り込んできた。マルグリットは目を見開き、エイミィはあら、と声を漏らした。


もちろん、その正体はマルグリットの夫でこの国の主である、



「へへ陛下!?」

「ああ私だ、変わりないか我が妃よ。」


ヴィルフリート・マーヴィン・フレアベル王に決まっていた。

正妃を迎え、ただいま幸せの絶頂にあると噂の王様である。

今日も今日とて、愛する妻に会いに私室まで尋ねてきたのであった。



「変わりも何も、今朝会ったばかりじゃありませんかっ!ちょ、ちょっと離れてくださ…」

「嫌だ。」


言いながらヴィルフリートはぎゅっと新妻を抱き締め、丸い額だのぷっくりとした健康的な頬だのにキスを降らせる。

マルグリットは何度やられても慣れない王の過度なスキンシップに顔を真っ赤にした。



「あーもうっ!離れてくださいってば!」

「今日はまた懐かしい格好をしているな。『なりかわり』の時の、か。」

「無視ですかっ?」

「この赤毛の鬘、まだ持っていたのか。もう処分したとばかり思っていたが。」

「さらに無視ですかっ!?」


成立しているのかどうか微妙な言い争いを繰り広げつつ、

なんとかヴィルフリートの拘束から抜け出そうと奮闘しているマルグリットに、その可愛らしい抵抗を歯牙にもかけず愛でまくるヴィルフリート。


――どこからどう見ても、いちゃついてるだけの馬鹿夫婦です。


はいはい、新婚新婚。と、傍目で見ていて砂糖でもざらざら吐きたくなったエイミィである。


そこはかとなく漂う甘~い空気に舌打ちをしそうになると、ふと傍らに佇むユーディーン・アラン・バートレット卿と目が合った。

王についてきたであろう彼は、やれやれと言った風に肩をすくめてみせる。


―彼もまた、毎日のように繰り返される茶番の被害者なのである。

同士よ、とエイミィは心の中で敬礼をした。



「―陛下、そういえばマルグリット様がなにかお願いがあるようですよ。」

「そうなのか?マルグリット。」

「!い、いえなんでもありませんわホホホ…。さ、エイミィ次はどこに行けばよかったかしら?」

「なんでも、厩舎に行きたいのだとか。仔馬が生まれたのでご覧になりたいそうです。」

「ちょっと、エイミィ!?」



そこは言わない感じの空気だったでしょうが!誤魔化されなさいよっ!


と、叫ぶマルグリットに対し、ヴィルフリートは『ほう、そうか』と頷いた。



「そなたは本当に変わっておるな。厩舎になど…どうして興味を持つのだか。」

「いや、だからそれは…」

「まあ、そうは言っても愛する妻の頼みだ。聞いてやらないこともないが…」

「け、けけ結構です!」

「ん?遠慮はいらないぞ?」

「いやだって!陛下はすぐ、変な交換条件つけるから!」

「変、とはどういう意味だ?」



さらりと銀髪をなびかせ、実に爽やかな笑顔を作るヴィルフリート。


神もかくや、と言われる程の美男子がこれほど近くで微笑んでいる。

世の女性が見れば失神ものであるが、彼の全く爽やかでない本性をすでに知っているマルグリットにとっては、恐怖の対象に他ならない。

王妃はひい、と声にならない声を漏らした。



「―という訳だ、ユイン。午後の会議だが、私は少し遅れると伝えてくれ。マルグリットの方の予定も調節を頼む。」

「承りました。」

「分かりました。では仕事が残っておりますので、失礼しますね。」


と、王が命令を下すや否や、くるりと踵を返す二人。

ヴィルフリートとともに残されたマルグリットは、嫌な予感をひしひしと感じさあっと青ざめる。



「え!?ちょ、『という訳』ってどういう訳…ひゃあ!?」

「さて、私たちは少し話合うとするか。」

「は、話すことなんてありませ……って、どこ触ってるんですか!?」

「ほら、部屋に入ろう。ここは寒いだろう?」


や、もうこれいつもの展開だよ!?話とか口実でしかないですよね陛下!


という叫び声を無視し、ヴィルフリートは妻を抱いてさっさと部屋のドアを開けてしまう。

これはまずい!とじたばたと抵抗しながら、マルグリットは去りゆくエイミィに手を伸ばす。



「うわああん!助けてエイミィ!ちょっとでいいから『なりかわり』して!」

「あ、すいません無理です。」

「即答とか酷い!」

「王妃様付きの侍女であると同時に陛下の狗でもあるので。」

「えええ!?」


エイミィー!と叫ぶ声は無視し、エイミィはその場を後にした。

洗濯籠を抱え直し、せいぜいこってりと濃厚な時間をお過ごしください、と舌を出す。


――いい加減、諦めたらいいのに。

マルグリット様が陛下に勝てる訳がないじゃないですか。


とは、思ってはいるが口にしないのである。






秋晴れの本日。

日の当たる回廊を通って目的地へと歩いている途中、前から茶色の髪を几帳面に結った女性が歩いてくるのを見、エイミィは足を止めた。

向こうもこちらに気付いたようだ。

女性は正面まで来て立ち止まった。



「ルビアさん。」

「エイミィ、仕事の方はいかがですか?」

「はい、これを洗濯場まで持っていけばひと段落です。」

「そうですか。」



そう言って少し黙った侍女ルビアは、ふうと物憂げに息をもらした後、また口を開いた。



「王妃様…マルグリット様はどうされていましたか?」

「相変わらずです。陛下とベタベタのらぶらぶです。」

「…他には」

「また脱走しようとしていました。『私』の格好で。」

「まだ持ってましたか…。」


どこで調達してくるんでしょうか、制服なんて。


そう言いながら頭が痛い、と言った風に額を押さえるルビア。

マルグリットはいつもどこからともなく制服だのロープだのを調達してきて、脱走を試みるのである。


王妃ともあろう令嬢がそんなことでいいのか、と思うが危ない行動は全て陛下やユインが潰しているので心配はない。

むしろ好き勝手に泳がせ、最後に嬉々として捕まえる陛下コワイ、とエイミィは思う。



「まあ、クビになった私を拾って下さって専属の侍女にまでしてくれたマルグリット様には感謝してますけど…ホントにあの人、王妃になっても滅茶苦茶なままですよね。」

「そういう方なのです。…昔から。」


あれでいてマルグリットは、王妃教育は真面目に受けているし頭の回転も悪くないのである。

あとはあの異常な行動力をどうにかしてくれれば…とはルビアがいつも語る愚痴である。エイミィもその辺は全面的に同意する。



破天荒で枠にはまらない、妙に庶民派な変わりものの侯爵令嬢、改め王妃マルグリット。


強引な振る舞いに振りまわされ、『なりかわり』というバカげた計画に協力させられたのは記憶に新しい。

あれはあれで腹立たしかったが、でも。



「まあ、こちらは退屈しませんけどね。」



―他人事として見ればなかなかに面白い。


そう言ってエイミィは悪戯っ子のように笑った。ルビアもまた、そんなエイミィの様子にほっとしたように苦笑する。



「―エイミィも大分マルグリット様のお世話に慣れてきましたね。」

「まあ、それなりに。」



穏やかな会話をしながら侍女たちは、やや冷気を含んだ秋の空を見上げた。




ともあれ。


近頃はよく笑うようになったと噂の王と、その妃―下女の格好がなんとも似合う風変わりな令嬢―を頂点に、今日もリートルード王国は平和であった。





END





これにて、『なりかわり王宮生活』完結です。この後、番外編をちょこちょこ書くかもしれませんが、一応完結表示をつけさせてもらいます。

応援どうもありがとうございました!!

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