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再会はパニックの連続(後)




「――陛下!これは何の茶番ですかな?」


――と、そこで水を差す輩が一名。

デュレイ公爵が兵に留められながら、顔を赤くして怒鳴り散らしていた。

そちらの事情は存ぜぬが、自分を足止めしたまま勝手に二人の世界を作られてはたまったものではない、と男は喚く。

…『ああ、すまぬ。忘れていた。』とどこ吹く風で答えるヴィルフリートは全く堪えてはいない様であったが。



「いや、探し物がやっと見つかって、つい舞い上がってしまったのだ。」

「ふん、どうやら陛下がお探しだったのはその下女だったようですな。では、関係のない私はもう失礼してもよろしいかな?」


王に抱かれている下女をちらりと見、公爵はそう言って襟を正した。


話によるとどうやら国王はこの下女を探しに来ただけのようだ。

自分はただこの場に偶然居合わせた通行人。ならばさっさと王宮を辞しても問題はあるまい、と当然のように言う。


だが、



「そうはいきませんよ、デュレイ公爵様。」



突然現れた新たな登場人物に、その行動は遮られた。

全員が振り向いたその先に立っていたのは――下女によく似た黒髪を流し、穏やかな茶色の目をもつ青年―フロリアン・ヨーゼフ・ウェリントンであった。


颯爽と姿を現した彼は、綺麗に腰を折りお辞儀をした。



「なっ、お前……何時の間に!?」

「お兄様!?」


驚嘆の声をあげたのは、額に汗をかいたデュレイ公爵と、突如意識が戻ったマルグリットだ。

まさしく影のように音もなく登場したフロリアンに驚きを隠せない。



「―フロリアンか。久方ぶりだな。」

「はい、陛下はお変わりなく。」


一方、王は親しげにフロリアンのファーストネームを呼び労った。

『影の使者』ということで陛下と直接の面識があったということかしら、とマルグリットは両者の顔を交互に見ながら思った。



「…相変わらず胡散臭い顔をしておる。」

「はは、そうですか?陛下は随分とご機嫌のようで。」

「探していた下女をようやく捕まえたのでな。…そなたの親族であったのなら、もう少し早く教えてくれてもよかったのではないか?」

「申し訳ございません、その事実は私もつい先程知ったもので。」

「ほう…流石はそなたの妹、と言ったところか?」

「いいえ、私の監督不行き届きの所為です。」

「(ひー)」


殺伐とした空気の中、穏やかに会話が繰り広げられているのに強烈な違和感を覚え、マルグリットは体を縮こませる。

しかも、話題に上っているのが主に自分についてだ。


いやだ、この空気。一刻も早く自室に戻って寝台の中にもぐりこみたい、と切に願った。



「…おい、いつまで私を無視している!?」



マルグリットが『陛下、いい加減、降ろしてくれないかなあ』と遠い目をしていた頃、しびれを切らした公爵が割って入った。



「ああ、申し訳ありません公爵様。」



―貴方、どうも影が薄くなりがちで。

という言葉が聞こえたような聞こえていないような。

とにかく、ヴィルフリートが『胡散臭い』と評す顔で、フロリアンは公爵に向き直った。



「公爵様。薄々感付いているとは思いますが、私たちは貴方を告発する所存にございます。」

「………突然、何を言うのかと思えば。」



淡々と言葉を紡ぐフロリアンに、公爵は一瞬目を細めたがすぐに普段通りの、不遜な態度に戻った。


―散々こちらを追い回してくれたので、何か決定的な弱みでも握られたものかと思ったが、結局は証拠のないまま裁判でも起こす気らしい。


馬鹿なことを、と公爵は嘲る。

隠ぺいは十分とは言えないが、何処かから情報が漏れても隠し通せるだけの工作は済んでいる。

また、貴族の領地への捜索はその者が『罪を犯した』という確固たる証拠が必要である。相手側にそこまでの用意があるとは思えない。


危うい場面ならいくらでも切り抜けてきたのが、私、デュレイ公爵という男だ。


この私が罪に問われることなど、万に一つもありはしない――



「やれるものなら、やってみるがいい。恥をかくのはそちらだろうが。」

「おや、随分と自信がおありで。」

「身に覚えがないのでな。」

「そうですか…では、」



いたしかたない、とフロリアンは懐からゆっくりとあるものを取り出した。



「これに、見覚えがありますか?」

「ふん、何を出されても私は………なっ!?」


男は下らん、と呟きながら視線を逸らしていたが、取り出されたその小さな鍵をつきつけられ、目の色を変えた。

そして慌てて自分の懐をまさぐる――が、そこに何も掴むことができず、さっと青ざめた。



「き、貴様ッ!それは――!」

「ああ、知っているのですか、この鍵を。先程、廊下で偶然拾ったのですが…どこの鍵だろうと、合う部屋を探して―」

「み、見つけた、のか!?」

「……さあ、それは貴方が一番よく御存じなのでは?」

「!!」


フロリアンの一言に、公爵の顔色がいよいよ悪くなってくる。

真っ赤だった色が血の気の引いたような青に変わり、徐々に白くなった。


鍵を握った青年は、完全なる勝利を確信し口角をあげた。



「では、公爵様。こちらに一緒に来てもらえますか?…確認したいことが山ほどございますので。」

「な、なんだと!」

「やましいことが無いのでしたらすぐに終わりますよ。ほら、その兵について行って下さい。」

「っく!!」


まさかありえない、いつ落としたというのだ、この盗人が、私の鍵を――


公爵は、ぎゃあぎゃあと往生際悪く叫んでいたが、ついには兵に両脇を抱えられて何処かに連れて行かれた。



残されたのはウェリントン兄妹とヴィルフリート、それに数人の兵士。

嵐が去った後のごとく、その場には静けさが空気に溶けた。

あっという間の連行にただただ唖然としていたマルグリットは、公爵が完全に視界から消えた後、恐る恐る兄に尋ねた。



「…で、それは一体何なの?お兄様。」

「ああ、デュレイ公爵の私室の鍵だよ。これのおかげで、改ざんされた書類や違法に取引された品がわんさか見つかったんだ。」

「えっ!どこでそんな大事なものを!?」

「ふふ、君のおかげさ、マリー。おそらく君と公爵がぶつかった拍子に彼の懐から落ちたんだろう。君が走って行った後、見つけたよ。」

「えっ!?」


マルグリットは目をむいた。

確かに、今思い出してみれば公爵と正面衝突した際、ちゃりんと金属音が鳴ったような気がしないでもない―が、まさか、そんな奇跡のような偶然が…!


それでこんなどんでん返しな展開になるなんて!



「…本当に、君の運の良さには頭が下がるよ。おかげでデュレイ公爵を堂々と起訴できる。余罪含め罪状はかなり沢山のぼるはずだから、損害賠償請求、領地返還、爵位剥奪までできそうだよ。」

「だ、そうだ。もしかしたら、そなたは奇跡をもたらす幸運の女神かもしれんな。いっそ同じ職場に就職してはどうだ。」

「はは、それはご勘弁を、陛下。」


マリーが入団でもしたら、心臓がいくつあっても足りないよ。

そう言ってフロリアンは笑った。




公爵の尋問その他後始末が色々あるから、と彼が場を辞したのはそのすぐ後だ。


最後に残った王と少女はしばらくの間お互いに無言でいたが、下女の方がぽつりと呟いた。



「これにて一件落着、でいいのかしら…」

「いいんじゃないか?」


答えが返って来たことにハッとし、現在(いま)の状況をようやく思い出したマルグリット。

ものすごく近い距離にヴィルフリートの存在を認識した瞬間、カッと顔を赤くし手足をばたつかせた。



「あ、あああの陛下!重いですからもう降ろしてください!」

「重くない。私はこのままでいたい。」

「降ろして!」

「いやだ。」


頑固か!


強引に下に降りようと試みるも、どこにそんな力があるのかと疑問に思うくらい、がっちりと掴まれているため無理だった。

下女の服を着た少女はがっくりと項垂れた。


ヴィルフリートはと言えば、腕にかかるマルグリットの体重など全く感じていない風ににこにこと楽しげに彼女を眺めている。

お花や蝶々が背景に浮かんでいそうな爽やかスマイルをなるべく直視しないように、と顔を逸らしていると声が上から降って来た。



「なあ、マルグリット。賭けは私の勝ちだな。」

「そ、そんな賭けしましたっけ?」

「今更、約束を反故にするのはナシだ。」

「うう…」


やはり覚えていたか、と渋い顔をするマルグリット。


しかし、一度した約束を破るのは本意でないし流儀に反する。

これだけはっきり求められては誤魔化しようがないし――


何より、捕まってしまったのは紛れもない事実。


マルグリットはぶう、と口を尖らせた。



「分かりました…潔く負けを認めますよ…。」

「ああ。」


言いながら、ヴィルフリートはぎゅっとさらに強くマルグリットを抱きしめた。


その後もやいのやいのと言い合いを続けていた王と少女だったが、

ある時、王がふと何かに気付いたようにああ、と呟き目の前のおさげ髪をほどいた。

そのまま長い黒髪を撫でつけるように頭を撫でる。

それがなんだかむずがゆく思ったマルグリットは、首を振りながら『なんです?』と問うた。



「本当は黒髪だったのだな、と。」

「…似合いませんか?」

「いや、赤毛よりもそちらの方がずっと合っている。」



――それは遠まわしにエイミィに対する悪口じゃないかしら。


そんなことを考えている間に、嬉しそうに微笑む男に唇を塞がれたマルグリットだった。







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