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再会はパニックの連続(前)



**********


日がだいぶ傾いた夕暮れ時。

履き慣れた靴を鳴らし、競歩並みの速度でずんずんと長い回廊を進んで行く少女が一人いた。

下女の制服を着ているので、一見仕事場へと急いでいる使用人のようだが、すれ違った者は残らず彼女を二度見することだろう。

何故なら。

下女の制服を着た少女―マルグリットは足を前に進めながら、はらはら涙を流していたのである。

声もなく号泣しているかと思えば、突然ぶつぶつと独り言を発し自嘲の笑みを浮かべていたりもする。


…完全なる情緒不安定である。

通行人も避けて通るほどの。



「うう、私なんて私なんて私なんて!!」


マルグリットは悲痛な声をあげた。

自分の運でどうにかする、と大見得を切って飛び出してきたはいいものの、彼女に行く宛てなどなかった。

公爵がどこへ向かったかなど見当もつかないし、この辺の地理はあやふやなので自室にすら戻れないかもしれない。

いつもながらのノープランである――運に頼っている時点でプランも何もあったものではないが。


もしかしたら歩いている途中で警備兵に捕まって連れて行かれるかもしれない。

そして『エイミィ』を追うユインたちに正体がバレて刑に処される可能性もあるが、マルグリットの中で、そんなことはすでにどうでもよくなっていた。


ただただ心の中で自分を詰る。詰りながら歩を進める。



――どうせ私は何もできない『箱入り』のお嬢様よ。

毒にも薬にもなりはしない―いや、どっちかというと毒の効能を持つ役立たずだわ!

考えナシに動いて恥かいてばっかりの黒歴史量産型令嬢よ!

ああもう、自分でも何言ってるんだか分かんないけど、とにかく穴があれば入りたい!そして三年くらいは留まっていたい!


と、思いつく限りの悪態を連ね心中で絶叫を繰り返していると。



「……ん?」


目の前をすっと何かの影が横切った。

動物や無機物の類ではない。

明らかにヒトの大きさの―そう、外套が翻ったような影。

マルグリットは何とはなしにその後を追って、角を曲がった。

影の人物は彼女よりも数メートルは先を行っていて、顔は確認することができなかった。しかし、その見覚えのある後ろ姿を視界に捕えた瞬間、マルグリットは叫んでいた。



「ああっ!?」


突然の、背後からの大声にびっくりした人物はバッと下女の方を振り返った。

振り返った人物は紛れもなくつり上がった髭が特徴的な、悪人デュレイ公爵。


悪運キターー!!



「なっ!お前は先程の…!」


公爵は明らかに動揺したそぶりを見せた。

まさか、先程部屋に置いてきたはずの得体のしれない下女が自分の前に姿を現すとは思っていなかったのだ。


――エイリオス…いや、ウェリントン侯爵家の長子の血縁者らしいが、何故ここに。

いや、何故私がここにいると分かった?

まさか本当に私を捕まえる気か?

そんな馬鹿な、罪状すら立てられまい。



「……ちっ」


そこまで考えた所で公爵はくるりと身を翻し、廊下を駆けだした。

自分が捕まるはずがないとは思ったものの、あの娘はなんだか危険な気がする、と判断した末の行動だ。

面倒事は避けるが吉である。



「あ!ま、待ちなさい、この卑怯者!!」

「待てと言われて待つ者がいるか!」

「うるさい!いいから大人しく捕まりなさいよ!」


公爵が自分を撒こうとしているのに気付き、マルグリットもフルスピードで相手の背中を追いかける。


かくして、大の男と少女の追いかけっこが突然に始まった。


――と思いきや、それはまた唐突に終わりを告げた。



「なんだ、なんの騒ぎだ。」


数十メートルほどかけっこをした先に、こちらにゆっくりと近づいてくる影があった。

その人物が誰なのかを認めたところで、公爵はぴたりと足を止めたのだ。


回廊の向こうの端から歩いてきたのは。

両脇に衛兵を携え、長い銀髪を垂らしながら悠然とした態度で現れたのは、この王城で最も気高い存在――ヴィルフリート・マーヴィン・フレアベル国王、その人であった。



――くそ、何故国王がこんな所に…!


デュレイ公爵は心の中でそう悪態をついた。しかし理由など今はどうでもいい。

とにかく下女に気を取られて、国王の心象を悪くしてはまずい。

あの小娘のことはなんとか誤魔化さねば、と思いつつ愛想の良い顔を作った。


王は公爵の前で足を止め、両者は正面から向き合った。

ヴィルフリートはその水晶のような瞳を細め、相手を観察する。

その見透かされるような視線に焦ったのか、先じて口を開いたのは公爵の方であった。



「…ごほん。こんにちは、陛下。本日もご機嫌麗しく…」

「そなたは…デュレイ公爵か、ここで何をしている?」

「いえね、最近運動不足でして、少し走る練習をしていたのです。申し訳ない、気に障られましたかな。」


そう、すらすらと語る公爵に不自然さは欠片も見えなかった。

ヴィルフリートは『ほう、』と興味なさそうに呟く。



「走る練習か…叫び声も聞こえたが、あれはそなたがあげたものだったのかな?」

「それは…その、練習に熱が入りすぎたようで…」

「女の声だったような気もするが。」

「…聞き違いでは?」


よい調子で相槌を打ってきたが、そろそろ言い訳も苦しくなってくる。

デュレイ公爵は額に汗を浮かべながら早く国王一行が去ってくれるよう祈った。

――と、その時。



「ぜえ、はあ……やっと止まった…!もう逃げられないんだからっ!」



息を切らせ、肩を上下させる下女が姿を現した。そしてずかずかと公爵の方へ歩いてくる。

その血走った眼を見て、公爵はぎょっとして固まった。


――まさかこいつ、陛下の前で私を!?



「っ、では、そろそろお暇させていただく。少し野暮用がございますのでな。」


やはりこの娘は危険だ、王になにか問われる前に退散するとしよう。

そう考え、ヴィルフリートに軽く会釈してこの場を去ろうとする公爵に、マルグリットは目をつり上げた。



「往生際が悪いわよ、そろそろ観念なさい!―陛下!!その人を捕まえてくださいっ!犯罪者なんです!」

「へ、陛下、こ奴の言うことなど……」

「………。」



ヴィルフリートは無言で公爵に歩み寄った。

一歩、二歩。

王が足早にこちらに近付いてくるのを見て、公爵はまさか本当に自分を捕まえるつもりか、と青ざめた。

心臓が壊れそうなくらい高鳴り、脂汗がじわりとにじみ出る。

しかし、



「え?」


ヴィルフリートはデュレイ公爵の傍を通り過ぎただけだった。

横を通る際も彼には一瞥もくれず、ただ前に進む。

見事なスルーに公爵も、マルグリットも唖然とし――



「きゃっ!?」

「捕まえたぞ。………エイミィ。」



――ようやくマルグリットが声を発せたのは、彼に膝裏をすくわれ、抱きあげられた時だった。

今度は本物のようだな、とヴィルフリートが瞳を覗きこむ。

そして手を取って握ったり撫でたり好き放題に下女を触った。



「ち、違っ!陛下、今は私なんかどうでもいいでしょう!あの人を…!」

「あー、衛兵。足止めをしておいてくれ。後で話を聞く。」

「(棒読み!?)」


言いながらもヴィルフリートの視線はしっかりと下女の方を向いたままだ。

一気に頭が冷えたマルグリットは、今更ながら『まずい、この状況絶対まずい』と感じ始めていた。

間抜けにも公爵にばかり集中していたせいで、マルグリットは自分が陛下に探されていることをすっかり忘れていたのだった。


――なんで陛下が見えた時点で回れ右しなかった、自分!!


だらだらと冷や汗を流す下女。

だがたくましい男の腕に抱かれていては逃げ出せる訳もない。


勝ち誇った顔をしたヴィルフリートはにっこりと微笑んで、彼女にさらなる追い打ちをかける。



「さて、エイミィ。随分と手こずらせてくれたな?この借りはどう返そうか…」

「………。」

「こら、何か言わないか。拗ねているのか?」

「……ひっ、人違いです!いいから離してください!」


キラキラ笑顔のヴィルフリートの顔など当然見られるはずがない、と俯いたまま無言を貫いていたマルグリットだったが、あまりのプレッシャーに苦し紛れの言い訳をこぼす。

ヴィルフリートはむ、と眉を寄せた。



「人違いだと?」

「そ、そそそうですっ!私はそんな名前なんかじゃ…!」


――大丈夫、まだワンチャンある!

ここで自分がエイミィでもマルグリットでもない、全く他人のよく似た下女だということにしておけば…!


マルグリットは少ない望みをかけてそう願う。


―が、しかし。

不敵に笑む男から返ってきた答えはさらに衝撃的なものだった。



「ああ、そうか――マルグリット・セシーリア・ウェリントン嬢と言った方がいいか?」

「!!」


――な、なんで……?


まるで正面から殴られたような衝撃に、マルグリットはあんぐりと口を開けた。

その反応を見たヴィルフリートは当たりのようだな、と呟く。



「驚いているのか?何故分かったのか、と。」


問われた言葉に頷き返す気力はすでになかった。

マルグリットは、頭が真っ白になり何も考えられなかった。ただ呆然と間近にある顔を見返すだけであった。


かろうじて聞こえた話によると、

陛下は画家に描かせた側室たちの肖像画を見、エイミィにそっくりな令嬢を一人見つけた。それによって『ウェリントン侯爵令嬢』が『下女』になりすましたという結論に至った。

そして、乗り込んだ自室から消えた彼女を今の今まで探しに出ていた、と。



「くく、灯台もと暗しとはよく言ったものだ。まさか、そなたが私の側室の一人だったとは。」


もっと早く肖像画を確認しておけばよかった、とヴィルフリートは苦笑交じりに一人ごちる。



――つまりは、全てばれてしまったのだ。


マルグリットは魂が、口からフシューと抜けるような心地だった。






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