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アンラッキーガールの発憤



「馬鹿なことをしたものだね。」


マルグリットから話を聞いたフロリアンの第一声はそんなものだった。

隣のティナもうんうんと頷く。



「全く理解できないよ。後宮生活が暇で退屈だったからと言って、何故下女になんかなったりしたんだい?」

「そうですわ、マルグリット様。しかもエイミィ…でしたっけ、関係のない庶民の下女を勝手に巻き込んで『なりかわり』など。」

「確か、一緒にルビアが付いて行ったはずだろう?彼女に止められはしなかったの?」

「…しました。」

「それなのに、強引に押し切ったんだ。さぞ怒られたことだろうね。」

「…すごく怒られました。」



ぼそぼそと呟きながら、マルグリットは俯いた。


―なんなのだこれは。

悪戯小僧の説教タイムか。


マルグリットは心の中でぐぬぬ、と唸った。

確かに『なりかわり』について、全面的に自分が悪かったのは認めよう。

関係のないエイミィをとんだ大事に巻き込んでしまったのも事実。ルビアに怒声を浴びせられもした。

…しかし、こちらにだって言い分はある。

エイミィとの『なりかわり』の間、下女の仕事はしっかりきっちりやっていたし、エイミィだって側室生活を楽しんでいた。入れ替わりは誰にもばれない自信があったし、そもそも誰にも何も迷惑をかける気はなかった。


では、何がいけなかったのか。

果たして全部、私のせいか?

否、それは違う。全ては絶望的ともいえる自分の運の悪さのせいだ。

そんな、自分ではどうすることもできないもの、どうしろというのだ。

こちらは真面目に下女の仕事に取り組んでいただけだ。


薬花を見つけたのだって間者の発見だってお茶会で毒を見抜いたのだって陛下が『エイミィ』を後宮に入れたのだって公爵にぶつかって兄の正体がバレたのだって、

全ては偶然。運命の神サマの悪戯。


ほら、こう考えてみると私だけの責任ではないような気が……


「それは責任転嫁というものだよ、マリー。」

「……。(心を読まれた…)」


ぐうの音も出ないほど叩きのめされたマルグリットはしばらくうなだれていたが、次の瞬間椅子から立ち上がり、『もういいわよ!』と叫んだ。

俗に言う、ヤケクソというものである。



「…そーよ、その通りよ。全部私が悪いのよ!悪い!?」

「ヤケになってはいけないよ。年頃の娘がなんて言い草だい。」

「マルグリット様落ち着いて下さい、声が響きますわ。ほら、お座りになって。」

「~~っ!!」


――もうこいつら嫌だ!

こちらがいくら取り乱しても顔色ひとつ変えず冷静に対処する二人に、マルグリットは髪の毛を掻きむしりたくなった。

そしてまた喚き散らそうと息を吸いこんだら、思いっきりむせてゴホゴホと咳をした。

客室の中はひどく埃っぽい。

そんな中大声で撒き散らしたりしたものだから、空気中のゴミやなんかを吸い込んだらしい。

『ほら、落ち着いて』と、フロリアンに優しく背中を撫でられた。

…なんだかひどく悲しくなった。



「…しかし、本当にすごい『運』ですわね。感心しますわ。」


マルグリットの咳が止まり水などを飲んで幾分か落ち着いた所で、侍女に扮した女性がぽつりと呟いた。


「本当にねえ。意図せずに陛下に近付くなんて、我が妹ながら天晴れだ。君以外にはできない芸当だと思うよ。」

「一介の下女としても側室様としても…どちらにしろ逸脱していますわね。」

「褒めているのかけなしているのか、どっちなの…」

「勿論、両方だよ。」


ああ、そうですか。

お兄様って、こんな嫌味な人だったかしら、とマルグリットは遠い目をした。



「まあ、マリーの事情は分かったよ。

…でも、このままでも居られないんじゃないかな。侍女たちもそろそろマリーがいないのに気付くだろうし、自分の部屋に戻らないと。」

「マルグリット様、後宮までの道順はお分かりですか?」

「少し、自信ないかも…」

「なら、僕が送ろうか。兄の僕が妹の傍に付いていても不思議ではないだろう?」


言いながらフロリアンも立ちあがり、マルグリットを部屋の外へと促す。

マルグリットもそのまま部屋を出ようとしたが、はたと気付きフロリアンの方に振り返る。



「待って、まだ聞いてないことがあるわ。―お兄様はこれからどうなるの?」


そう問うと、フロリアンは一瞬表情を変えた。

しかしすぐににこりと微笑んで肩をすくめてみせる。


「さあ、どうなるんだろうね。誰かさんのおかげで、デュレイ公爵に正体が知られてしまったからね。」

「……ごめんなさい。」

「はは、冗談だよ。別に気にしなくていいさ、元々はこっちのミスだったからね。…君の暴走を予想できなかった訳でもないのに。」

「………。」

「まあ計画の失敗なんて珍しいことじゃない。またすぐに別の作戦を考えるんじゃないかな。とりあえずはこれまで掴んだ証拠を隊長に報告して――」


暗い顔のマルグリットを元気づけようとフロリアンはさらに話を続けたが、もうその言葉は彼女の耳には入らなかった。

ショックにマルグリットは顔を伏せる。


気にしなくてもいい、というフロリアンの言葉はむしろ逆効果であった。

マルグリットは責任を感じた。


下らない正義感に動かされ、兄を探しに来たのはやはり間違いだった。

実際、フロリアンは自身の仕事をしていただけ(仕事内容は驚くべきものだったが)で犯罪の片棒を担いでいた訳ではなかったし、自分が飛び出してきたせいで犯罪者を逃がしてしまったのだ。


助けるどころか、むしろ邪魔をしてしまった。

あそこで部屋を出るべきではなかったと、マルグリットは王宮に上がってから何度目かも分からない後悔をした。



――しかし、

そこで立ち止まらないのがマルグリットである。

直後、天啓のごとく脳裏にある考えが閃いた。

それは。



「…マリー、聞いているの?本当に気にしないでいいからね。」

「………。」

「マリー?どうしたの?」

「…たしが、……」

「え?」


無言を貫くマルグリットを心配し、フロリアンはしきりに話しかける。

―と、数秒後に返ってきた呟きに何やらとてつもなく嫌な予感がした。

根拠はない。だが何とも言い難い悪寒。



「―私が、なんとかするわ。」



――ああ、やっぱり!!

フロリアンは自分の勘の良さをこの時ばかりは呪いたくなった。



「ちょ、ちょっと待ってマリー。何を…」

「ええ、ええ。言いたいことなら分かりますわお兄様。そう、私の悪運を使ってデュレイ公爵を捕まえたらいいのよ!今の最悪な運勢の私なら、なんでもできる気がするわ!!」

「ま、マリー!?」


今度は何を言いだすのだこの妹は、とばかりにマルグリットを覗きこむフロリアン。

見ると彼女の瞳はらんらんと暗い色に輝いていて、不気味な感じだ。

唇も歪に曲がっているし、誰がどう見ても普通の様子ではない。

―まずい、これは本当にどこかおかしくなっている!?



「と言うわけで、行ってくるわ!大丈夫、無事に済んだらちゃんと自分の部屋に戻るし、お兄様にも迷惑かけないから!」

「ちょ、待て!迷惑とかそういう問題じゃ…マリー!!」


行くが早い。

フロリアンがそう叫ぶよりも先に、マルグリットはドアを豪快にぶち開け、高笑いをしながら走りだしていた。

その様子を呆然と見ていたフロリアンだったが、すぐに我に返ると憎々しげに舌打ちをした。


―ああ、本当に厄介な妹を持ったものだ!

父がこのことを知ったら卒倒するだろう。


大体、公爵を捕まえたところでどうするのだ。

不正の事実は間違いないだろうが、こちらには十分な証拠がなく、内部に通じる協力者もいない。

裁判にかけても八割がた逃げ切られるだろうし、むしろ『影の使者』の正体がばれる恐れもある。


…その辺、全く考えナシな所も昔のままである。少しは成長してくれ、頼むから!



「っくそ、我が妹ながら本当に行動に予測がつかないな!ルビアはよくやってるよ!」



上着を引っ掴み、フロリアンもマルグリットの後に続いてドアを出ようとした。

だが、



「―!待って下さい、フロリアン様!」


それを仕事仲間であるティナが止めた。

声に反応し、立ち止まったフロリアンが振り返る。



「なんだ、ティナ。」

「マルグリット様が何か、落とされましたわ。」

「え?」


そう言って、ティナは床からきらりと光る小さな金属の塊を拾い上げた。

マルグリットが颯爽と扉から出ていった際、チャリンと何か軽い金属音がしたのをティナは聞き逃さなかったのだ。

フロリアンも一緒にその物体を覗きこみ――両者は同時に目を見開いた。



「もしかして、これは…」




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