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明かされる秘密(後)

説明回です。ああ、話が進まない…



**********



「影の使者、ですって…?」


そう呟いたきり、マルグリットは言葉を失った。

フロリアンが何か重大な秘密を隠していると確信してはいたものの、

彼の口から飛び出してきた真実はマルグリットが予想だにしていなかったことだった。


『影の使者』とは。

王国内各領土、並びに領主らを監視し情報を王へと伝える秘密組織のことである。

リートルード王国はここ数十年、他国の侵略や大きな地質変動等の天災もなく情勢が安定している。

とはいえ、国の目を盗み自分たちの領土でこそこそと不正を執り行う悪徳領主がいない訳ではない。

むしろ平和であるからこそ、そういった小さな犯罪が起こりがちである。


そこで、何代か前の王が造り出したのが隠密活動に長けたプロたちが暗躍する『影の使者』と呼ばれる組織であった。

彼らの仕事は正確かつ迅速。これまで何人もの王侯貴族の脱税・不正取引が彼らにより摘発された。

時には残忍な手段を用いることすら辞さない彼らに、高貴な身分の貴族たちすら恐れを抱いているという。

ただ、構成員は一切明らかになっておらず、国王とその側近極数名しか正体を知らない。


マルグリットとてその存在は噂で耳にしただけだったが…その一人がまさかこんな身近にいるとは。

信じられない、と言った面持ちでマルグリットはフロリアンをじっと見つめた。

不肖の兄はいつも通りへらへらと締まりのない笑いを浮かべている。



「…とてもそういう風には見えないのだけれど。」

「はは、そう?まあでも、どこにでも入りこんで溶け込めるようでなければ仕事ができないからね、むしろ『怪しい人には見えない』というのは褒め言葉だよ。」

「むう…」


そういうものなのだろうか。このいかにも優男風の兄が冷酷なスパイ組織『影の使者』の一員?

マルグリットは自身の抱いていた『スパイ』の像が崩れる音を聞いた。



「まあ、それはそうとして…お兄様が影の使者なら、お隣の侍女も…?」

「ああ、そうだよ。」

「はじめまして、マルグリット様。私はティナと申しますわ。お兄様とは同じ部署で働かせてもらっています。」

「は、はあ…」


そう言って、ティナと名乗る『影の使者』の一員はぺこりと綺麗にお辞儀をした。

その流麗な造作は、どこからどう見ても侍女…しかも王宮勤めのプロと呼んで差し支えないほどのものだ。しかもこれが単なる演技だというのだから驚き。

やはり『影の使者』はとんでもない演技派集団…もとい情報収集集団だな、とマルグリットはしみじみ思った。

ふう、と一息ついた後、マルグリットは二人に向けて質問した。



「それで…お兄様たちは先程の男性とはどういう関係なの?公爵様だと聞いたけど…」

「ああ、今回の調査対象だよ。どうも数年前からおかしな動きをしていてね。」

「おかしな動き?」

「国の許可なしに領地に法外な税金をかけ、自らの懐に入れているという報告を受けた。さらに隣の領主との密談の疑い、贈賄、果ては他国と結託して麻薬の密売をしているとの噂だ。」

「大悪党じゃない…」


――あの変態髭ジジィ、口ぶりからしてかなりの悪行を働いていると踏んでいたけど、どこから聞いても立派な犯罪者ね。


ふん、と行儀悪く鼻を鳴らすマルグリットを目で諫めたフロリアンは、しかしひとつ息をつくと弱々しい声色で続きを話した。


「しかし、デュレイ公爵にはやたら高い地位と人脈があってね。周囲の人間はなかなか口を割ろうとしないし…彼自身も狡猾で用心深い人間だ、色々と調査をしていたんだけど、決定的な証拠がつかめなくて。」

「どうにも埒が明かないので、隊長からの命で私とフロリアンは身分を隠して彼の所に潜入することになったのです。」

「そう…だったの…」


マルグリットは感嘆の息を漏らした。

変装してターゲットの家に潜り込んでの諜報活動など、なんとも現実味のない小説のような話である。

ハードボイルドミステリ小説の諜報員のようだ、と少しわくわくしてしまった。


前言撤回、見た目はどうあれ、兄はやはりプロだったのだ!



その後。

公爵家に潜入した話を詳しく聞かせて!とねだって聞いた話によると、

フロリアンは『エイリオス』と名を変え小姓として、ティナは下働きの者として公爵邸に潜り込んだようだ。数ヶ月後、公爵は新しく入った小姓の有能さに目をつけ、『エイリオス』を傍に置くようになったのだとか。

『エイリオス』は巧みな話術と機知で公爵の懐に潜り込み、最近は不正取引の内容も少し話すようになっていたという。

そして――例の茶会事件が起こった。



「(茶会…事件。)」


『茶会』という言葉に反応したマルグリットは、ぴくんと体を揺らした。

ついに、話が自分の知る物語につながったのだ。

彼らは果たして罪を犯してしまったのか否か――マルグリットはすうと深呼吸をすると思いきってティナに聞いてみることにした。



「…陛下に毒を盛ったのは、ティナさんなの?」

「ええ、そうです。」

「!」


――な、なんでそんなにあっさりと!!


マルグリットは予想に反しすんなり罪を認めた侍女を見、目を見張った。

驚愕に顔を強張らせるマルグリットに対し、さらりと答えたティナは顔色ひとつ変えず涼しい顔をしている。

まるで『国王暗殺未遂』という罪状なんて、なんでもないことのように。

ちらりと隣のフロリアンの顔を見る―が、彼の方にも表情の変化は特に見られない。

おかしい、なんで。



「ど、どうしてそんなことを!」


マルグリットは思わずそう叫んでいた。


普通、間接的にでも国王の暗殺に関与していた者は重く罰せられるのだ。

下手すれば弁解の余地すら与えられず極刑に処される場合もあるというのに――。

何故この人たちがこんな風に平常心でいられるのか、理解できない。


そんな彼女の心情を見抜いたか否か、ティナは静かに口を開き、答えた。



「毒物による陛下暗殺計画…あれはデュレイ公爵からの命令だったのです。私たちも国王陛下を危険にさらしたくはなかったのですが、あそこで公爵の信頼を失う訳にはいかなかったのです。」

「だから…毒物を紅茶に入れたと言うの?」

「はい、その通りです。」

「そんな!未遂とはいえ陛下暗殺に加担するなんて重罪でしょう!」

「そうだね。しかし僕たちは何よりも先に任務を優先しなければならない。…そういう組織なんだ。陛下も、そのことは理解されている。」



今度はフロリアンが口を挟んできた。

それも、小さな子供を宥めるような口調だ。


――私が部外者だからって、また子供扱いして。

マルグリットは苛立ちにぐっと言葉を詰まらせた。



「で、でも…それでもし本当に命を落としてしまったらどうするつもりだったのよ…」

「だから、ディーボ草を選んだんだよ、マリー。」

「ディーボ草…」

「そうさ、そいつの性質は君の方がよく知っているだろう?」



―ディーボ草のエキスは即効性の毒薬。毒性は強く効果が出るのも早いが、人間相手では高熱が出る程度…


そこまで自分の中で知識を反芻させ、マルグリットはハッとした。

何故犯人は即死するような強い毒薬を用いなかったのかと疑問だったが、それは。



「…陛下を、死なせないため?」

「当たり。まあ、任務のためとはいえ、一国の王を死の危険にさらす訳にはいかないからね。公爵は毒薬の種類の指定まではしてこなかった。それが幸いしたかな。」

「……。」

「勿論、ディーボ草の解毒剤も用意していたよ。君が幼い頃毒にやられた時に作ったものが、ね。僕は陛下にそれをすぐに飲んで頂ければ大事には至らないと判断した。だから陛下や他の者には内緒で毒を紅茶に仕込むことにしたんだ。」


―このことは当然『使者』の隊長には報告したし、陛下にももう書類が渡っているはずだよ。

フロリアンはそう言ってふっと笑った。



――なんてこと。


兄の回答にマルグリットは愕然とした―が、妙に納得する部分もある。

ディーボ草の性質を知りそれを使用できたのは、その昔実の妹マルグリットが毒にやられたから。

そして、明らかに致死には至らない毒薬を入れたのは陛下を殺すことなく公爵を欺くため――


ならば、あれは本当にフロリアンが用意した毒だったというのか。

『紅茶の毒』は、他国からの敵や間者ではなく『影の使者』によるものだったなんて…!



「……。陛下のカップだけでなく私の方にも毒は入っていたようだけど…」

「毒はティーカップやティーポットではなくお茶自体に入れたんだ。ディーボ草は抽出し粉末化しても水に溶けにくい。ティーポットの中に入れて固体を溶かす必要があってね。…それで十分だと思ったんだよ、本来なら。」

「まさか、陛下が『下女の分も茶を注げ』とおっしゃるなど、思いもしませんでしたもので…。」

「(まあ、確かにそうよね…)」


最早、うんうんと納得するしかない説得力の強さだ。

マルグリットは明らかになっていく真実に戸惑いながらも、その信憑性は十分に認めていた。



「それで陛下が毒に倒れたと見せかけた後、公爵がどうするのか動向を探るつもりだったんだ。」

「発言力を得た公爵が調子に乗って尻尾を出す、同時に反対派の残党狩りができるかもしれない、と。」

「な、成る程…」

「まあ、マルグリット様のおかげでその計画もナシになりましたけれど。」

「……。」


ちら、と二人の視線がこちらに向いて、途端に居心地が悪くなったマルグリット。

よく見れば両人ともいやーな笑顔を浮かべている。



「まさか下女に変装して、後宮の部屋を飛び出すとはね。」

「予想外ですわ。」

「公爵にタックルをした時なんか、心臓が止まるかと思ったよ。」

「そもそもどうやってこの場所を発見したのです?周囲には十分気を配っていたつもりですが…」

「ああ、ティナ。それは持ち前の悪運の良さだよ。『事件に巻き込まれ体質』って言うのかな?どうもマリーはそういった類の人種でね。」

「あらまあ、そうでしたか。」


うう、痛い痛い。

フロリアンとティナから、ちくちくと刺すような視線を感じる。

うふふあははと朗らかに笑っているにも関わらずその目は全く笑っていない…。

嫌味たらしい台詞が積み重なっていくのに耐えかね、とうとうマルグリットは『だって!』と反論する。



「も、元はと言えば、お兄様が変なことを言うからじゃない!王宮の誰もが知らなかった茶会事件の話をしたりして!怪しすぎるわよっ!」

「本当に失言だったなあ、あれは。まさかマリーが外に…茶会に出ているなんて思いもしなかったんだよ。」

「いや、だからって!」

「元気のない妹のために茶飲み話として話題を提供したつもりが、こんなことになるなんて。

…はあ、僕も疲れていたのかな。」

「最近、不眠不休で働いていますものね。」

「ホントだよ。この件が終わったら有給を取ってバカンスにでも出かけようかな…」

「あら、それはいいですわ。」


優雅に会話する二人に完全にはぐらかされる形となったマルグリットは、ぐぬぬと歯ぎしりをする。

暗に…というか結構ストレートに自分を責めているのが言葉の端々から感じられて、気分が悪い。

まるで、悪戯が見つかって叱られている子供の気分だ。


――何よ、全部私が悪いって訳!?私だってお兄様が心配だったのに…!



「さて、君の方の謎は全て解けたかな。探偵きどりのお嬢さん?」

「へ?」



―と、

マルグリットが不貞腐れていると、フロリアンは唐突に話を切ってそう問いかけてきた。



「さ、今度は君の番だよ、マリー。あの茶会の時、何故下女として参加していたんだい?ティナによれば赤毛の鬘をかぶっていたそうじゃないか。」

「う。」

「そういえば、あの狸親父が最近陛下は十代の赤毛に緑眼の下女を探していると言っていたけど…もしかして何か関係があるの?」

「うう…。」


笑顔で追いつめてくるフロリアンに、たらりと冷や汗が一筋、頬を流れる。

逃げ場はない。言い逃れできそうな雰囲気でもない。

…というか、すでに八割方バレているに違いないっ!!


――お兄様の秘密も教えてもらったし、ここで隠しとおすことはできないわね…。


マルグリットは観念したように長いため息をついた後、手短に後宮に入ってからの『なりかわり生活』について説明したのだった。





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