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明かされる秘密(前)



――駈け出してどれくらいの時間が経っただろうか。

レンガと大理石で囲まれた回廊をただひたすらに走っていたので、どのくらい経ったのか、またどこに向かっているのかマルグリット本人にもとんと見当がつかなかった。



「はぁっ、はぁ…!」


流石に息が切れてきた。

下女生活でだいぶ体力はついたものの、引退してからは部屋に引きこもってばかりだった令嬢に、耐久持久走時々全力疾走はキツかったのである。

とうとう限界だ、と心臓を押さえたマルグリットは壁にもたれかかった。

ー否、あまりの疲労に体を支えることができず、そのままずるりと座りこんだ。


ひやりとした大理石の感触が火照った肌に気持ちいい。

マルグリットは空を仰ぎ、大きく息を吐いた。



―ああ、そもそも何で私はこんなに走っているんだっけ?


という、原点回帰とも言える疑問を自分自身に課してみる。

するとふと先程垣間見た、冷静な美青年の顔が浮かんできた。


そうだ、陛下の側近様だ。あの人がなんだかとんでもなく不穏なことを言ったから…。

マルグリットはそこでちらりと後ろを覗き、追ってくる者がいないことに安堵した。

額に浮かんだ汗をぬぐう。



―彼は、陛下が『エイミィ』を探している、と言った。

つまり、陛下が何らかの要因によってエイミィが『毒見をした下女』ではないと見破ったということだ。

よって事件を起こしてそのまま逃亡した、いかにも怪しい女は結局行方知らずに。

現在、必死で捜索中…といった所か。


…これは、もし『なりかわり』がバレたら罰されるのは私だけでは済まないかもしれない…


―ああもう、だから私は後宮入りを反対したのに!一発でバレてるじゃないの、エイミィってば!


暗い予感に、マルグリットは頭を抱えたくなった。



ふと上を見上げると空からさんさんと日が照りつける。

その方角と、辺りの部屋の数、建物の特徴からいってここは城の南西方面のようだ、とマルグリットは思った。

確かここら辺には、宝物や陶器などが置かれている倉庫や使われていない客室が数室あるはず。

フロリアンたちの行方も気になるが、今ユインらに見つかるわけにはいかない。

そう考えた彼女は、鍵が開いていた客室の一室に身を滑らせ、そこで待機することにした。



来客用に用意された室内はややほこりっぽく、空気はひやりとしていた。

マルグリットは内鍵をかけると外から見えない死角となる位置―窓枠のすぐ下に座り込んだ。


―それで、本物のエイミィは今どこにいるのだろうか?

まさか偽物だと気付かれて牢屋にでも入れられているのでは…。

いや、あのエイミィが『本物』であることは調べればすぐ分かるはず。

探すべきは『偽物のエイミィ』である(マルグリット)のはずだ。手荒な真似はされていないといいが…


そんなことを悶々と考えていると、突然、ガチャリと鍵が開く音がした。

一瞬びくりと体を強張らせたマルグリットだったが、開かれたのは隣室であったことに気付きほっとする。

隣室もここと同じような造りの客室である。誰かが利用するために部屋を開けたのだろう、とマルグリットは思った。

次いで複数人の足音がしたので、何人かの人が中に入ったようだ。

もう一度ガチャリと鍵を回す音も聞こえた。



「――れで、……なった?」

「……たところ、――して、」


隣から、かすかに聞こえる話声。

生来から出歯亀気質であるマルグリットはその内容が気になったが、下手に動いて外からこちらを覗かれるとまずい、と動き出したいのを我慢し、じっとしていた。

だが、そのうちに。



「…エイリオスよ。」



聞いたことのある声そして名前が聞こえ、マルグリットの心臓は飛び跳ねた。




――あの、変態貴族!それにお兄様だわ!!


壁の向こう側の部屋を見上げ、マルグリットは床を這いつくばりながら、どこか聞き耳を立てられそうな場所がないか探す。

幸いにもここの客室は、来週改装工事がなされる予定である古い造りのものであった。

運よく壁に開いた小さな穴を見つけ、そこに耳を押しあてた。



「それで、今度はどうするつもりだ。」

「どう…とは?」

「とぼけるな、決まっておろう。」


今度ははっきりと話声が聞こえる。

先程セクハラをかましてきた貴族の声、次いで兄フロリアンの声。

時折女が相槌を打っている声も聞こえることから、例の侍女も隣の客室に居ることが分かった。



――ま、またすごい所に出くわしたものね…。

と、内心呆れるやら感心するやら。

この広い王宮で目的の人物たちと二度も出遭う確率は何%だろう、とぼんやり思う。

運がいいどころの話じゃない、何かに導かれているとしか思えない。

マルグリットは今度自分の運について腕ききの占い師に占ってもらおうと本気で考えた。


まあしかし、こんな絶好のチャンスを逃す手はない。

さて、彼らは一体どんな話をするのだろう、とマルグリットはドキドキ高鳴る胸を押さえた。



「…申し訳ありません。例のものは希少で数も制限されている輸入品でして…用意できませんでした。」

「ならば、早く別の手を打たんか!もたもたしていると領地に監査の手が入る。我らにもう時間は残されてないのだぞ!」

「分かっております、ですが…」


苛立っているような貴族男性の声。

それに対し冷静かつ丁寧に対応するエイリオス…改めフロリアン。

ほぼ言い争いをしているに近い、お世辞にも穏やかとは言い難い雰囲気だ。


例のもの、別の手、監査…。

何やら怪しい単語ばかりだが―どういうことだろうか。

会話をよく聞こうと、さらにマルグリットは身を乗り出し―



「ええい、言い訳は聞きとうない、早急に新たな国王暗殺策を打ち出すのだ!」

「!!」



―男性の吐いたその台詞を聞いた瞬間、息を飲んだ。



国王、暗殺ですって!?

あまりにも現実味のない言葉に、マルグリットは聞き違いではないかと疑った。

しかし、次いで『毒の紅茶』や『失敗』について話しているのを聞き、確信した。

――この三人があの茶会の際、陛下の紅茶に毒を仕掛けた犯人であると。



マルグリットが衝撃の事実を知り、ショックを受けている間も会話は続く。

内容は、国王暗殺計画についてだ。


どうやら貴族男性―デュレイ公爵とやらは現国王陛下ではなく元国王の弟、王弟殿下を支持する一派に属していており、ヴィルフリートを殺して代わりに彼を王として擁立しようと目論んでいるようだ。

確かに代替わりした当時は反対派も多く存在した。しかし、ヴィルフリートがその治世の実力を示した今、彼の統治に文句を言うものはいないと思っていたのだが―まだ反対勢力が残っていたとは。



「王は、護衛は必要最低限しか傍に置かないらしい。近付けるチャンスはあるだろう。」

「しかし公爵様。近頃、他国の間者が城内に潜んでいるかもしれないと、下働きの者に対する監視の目が厳しくなっておりますよ。」

「ふん、それは表向きの理由だ。聞いた所によると国王は行方をくらました下女を探しているのだと。」

「おや、その下女は後宮入りしたのではなかったのですか?異例の事態だと結構な騒ぎになっていましたけど。」

「いいや、そいつは偽物だったらしい。私の秘書から聞いた確かな情報だ。」

「そうですか…」



――ば、ばれてるっ!!

話がこちらのよく知るところの『秘密』にまで飛び火してきて、マルグリットは冷や汗をダラダラかいた。

思った通り、この公爵様は裏で様々なつなが

りを持つかなりの大物のようだ。

情報網がすごい。



「結局、あの下女は何者だったのでしょう?」

「わからん。国王の手をもってしてもまだ捕まっておらぬようだしな。だがあの女さえいなければ計画は成功していたものを。忌々しい…」

「まあいいではないですか、そのようなことは。その下女ももう余所に逃げていると思いますし…」


そこで会話は一旦途切れた。

しばらくの間の後、最初に口を開いたのはフロリアンだった。



「しかし暗殺と言っても、同じ手は通じないでしょう。次は、王に何らかの罪をかぶせてみてはどうでしょう。」

「冤罪、だと?」

「ええ。『王の汚職』という事件を起こし、民を失望させればよいのです。反対派一派の発言力も強くなるでしょう。」

「ふっ、それはいい。どれ、国庫の金でも抜いてみようか。」

「…そんなことが可能なのですか?」

「ああ、その辺の書類を管理しておるのは私だ。財務から回ってくる書類の何枚かに改ざんを加え、あとは協力者を数人用意すれば…」

「成る程…」

「くく…あの澄ました顔をした若造め。今に、目に物を見せてくれよう。」



そう言って老年の男性は愉快そうに笑った。

それを聞きながら、マルグリットは恐怖に体が震えるのを感じた。


国庫のお金を無断で使いこみ、その罪を国王にかぶせるなんて!

よくもそんな恐ろしいことを、と思う。

だが言い方からして、彼はこれが初犯ではなさそうだ。

きっと貴族という身分や地位、人脈を利用して今まで好き放題してきたのだろう。


卑怯者め、とマルグリットは唇を強く噛む。

恐怖の後に沸き起こったのは、静かな怒りだった。

デュレイ公爵はいつも汚れ仕事を部下の人に任せ、高みの見物を決め込んでいたのだろう。そして、兄のフロリアンは公爵に唆されて今回の『仕事』を手伝わされているのだ、そうに違いない。

そう考えると居ても立ってもいられなくなった。


堂々と行われようとしている悪行も、兄が道を踏み外しかけていることも見逃してはおけない。

ここはどうにかしなければ、とマルグリットのちっぽけな正義感に火が付いた。



だが、どうすればいいのだろう?


マルグリットは暗がりの中、蹲って考えた。

後から誰か偉いヒトに今のことを告げ口した所で、下女の自分の言うことなど聞いてくれないだろう。

変装をといて侯爵令嬢として出ていくのは論外だ。王宮に出ていた理由をでっちあげるのは苦しい。

ああ、どうしようどうしよう。



「――では、話もまとまったことだ。そろそろ行くとするか。」

「(え!な、何ですって!)」



―と、そうやって悩んでいる間に、隣の犯人たちは早々に部屋を出ることにしたようだ。ごそごそと外套を羽織る音や椅子を戻す音などが聞こえ、マルグリットは焦った。


ええい、こうなったら。


マルグリットは膝を立てて立ち上がり、そろりと出口のドアの方に向かった。


―現行犯で捕まえるのだ、それしかない。

この辺りは人気がないとは言え、思い切り叫べば衛兵の一人や二人は飛んでくるはずだ。

公爵の方は何を言っても白を切りそうだが、兄を説得すれば言質は取れる!


きいっと古いドアの開く音がした。

高そうな革靴の足音と、ひそめた声。


今だ!!とマルグリットも部屋のドアをばんっと開き、数メートル先の隣の部屋に飛び込んだ。



「ま、待ちなさ……あいたっ!?」

「なっ!?ぐほっ!!」



扉が開いた瞬間に体を躍らせて入室したマルグリット…だが、タイミングと勢いが悪かったらしく、ドアノブを握ったままの男に思いっきりタックルをかましてしまった。

男は腹を強く打ち、マルグリットは頭部および顔面を打ちつけた。

両者とも激しい痛みに声にならない声をもらしながら床に転がり、悶絶する。

そして残されたフロリアンと侍女はというと…とんでもなくシュールな絵に脳の処理が追い付かず、唖然とするばかりだった。



「…ぐは、な、何者だ!?」

「うう、頭痛い…じゃなくて!さ、さっきの話は聞かせてもらったわよ!公爵!!」

「な…!?」


しばらくしてようやく回復したマルグリットは、頭を押さえながらびしっと人指し指をつきつけた。

同じように腹を押さえる公爵は唸りながらも驚愕の表情を浮かべる。



「今の話を、聞いていただと?」

「ええ!貴方の悪事もおしまいよ!今、大声を出してやるんだから!すぅ~」

「こ、こら!何をするつもりだ!止めなさい!」


仁王立ちのまま深呼吸を始める下女らしき者に、慌てて口を塞ぐフロリアン。

マルグリットは『ぶふっ』と乙女らしからぬ奇声を上げ、じたばたもがいた。



「っ何するの!離してお兄様!」



そう下女が叫ぶのを聞き、フロリアンはハッとした。

地味な下女の制服を着てはいるが、黒髪に緑の瞳、よく知っている少し高めの声。この女は――



「お前…マルグリット、か!?」

「そうよ、お兄様!貴方が犯罪の片棒を担ぐなんてね…ウェリントン家の名を汚す真似だけは許さないわよ!!」


あらんかぎりの声で喚く下女。

その正体を知ったフロリアンは絶句する。

そして暴れん坊の妹に声をかけようと口を開いたが、それよりも先に公爵が言葉を発した。



「何、ウェリントン家だと…!?それにお前は先程の下女!…エイリオス貴様、私を(たばか)ったか!!」

「―!ち、違います公爵様!」

「うるさい!覚えておけよ、この私を騙したツケは後で必ず返してもらうからな!」

「あ、こら!待ちなさい!!卑怯者―!」

「マルグリット!」


部屋を出て逃げたデュレイ公爵を追おうと、マルグリットは駈け出そうとしたがフロリアンに手を掴まれ、さらに侍女に行く手を阻まれた。


「ちょっとお兄様、何やってるのよ!早く追いかけないと…っ!」

「今追いかけた所で何もできないよ。ほら、落ち着いて。」


どうどう、と暴れ馬を宥めるようにフロリアンに頭を撫でられ、マルグリットはぶすくれながらも抵抗するのを止めた。


マルグリットが黙り、しん、と静寂が部屋を満たす。

しばしの無言の空間を破ったのは、フロリアンと侍女がついた大きなため息だった。



「あーあ、せっかくここまで来たのになあ…。」

「台無しですわね。」

「え?」



先程の冷静な口調は何処へやら。

フロリアンは次の瞬間にはすっかりいつもの調子に戻り、うんと伸びをしていた。



「計画は練り直しかな。」

「まあでも、今回掴んだ証拠だけでも裁判には持ち込めそうですが。」

「駄目駄目。どうせ逃げられるに決まってるさ、法曹関係にも知り合いがいるんだよ、あのジジィ。」

「え?え?何の話?」

「はいはい、もういいから座って、マリー。」


というか、何その格好。下女の制服なんてどこから仕入れてきたの。


そうぶつぶつ呟きながら、フロリアンはマルグリットの手を引き備え付けの椅子に座らせる。



「ちゃんと説明するからさ。」



『?』を頭に浮かべる妹を見下し、フロリアンはやれやれ、と肩をすくめた。





そういえばこのお話はコメディーでしたね

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