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出会いのち逃亡



**********



ちょっと休憩、と廊下の隅に座りこんで数分。


ようやく震えも治まり何の支障もなく立ちあがることができるようにマルグリット―だが、動けないついで、とばかりにこれまでの情報の整理を脳内で行い、悶々と考え込んでしまったのが悪かったのか、縮こまって蹲っていた結果。



「(…よくよく考えてみれば、別に私が外に出て行動しなくてもよかったんじゃないかしら。いいえ、むしろしない方がよかったんだわ。だって外に出ているだけでエイミィとのなりかわりがバレる可能性が増す訳だし、あの変な男性に絡まれることもなかったし。これなら見て見ぬフリをして部屋でお茶の一杯でも飲んでいた方がよかった。ぜったい、よかった。)」


ものの見事に(すさ)んだ。

ずうんと重い空気を纏い、ぶつぶつと時折独り言を漏らす。

普段の彼女には珍しいネガティブ思考だ。余程、先の出来事が堪えたようだった。


「(毒入り紅茶の犯人の件だって、他の誰かが見つけて捕まえるに違いないわ。お城には優秀な騎士たちが揃っているのだもの。そうよ、それにお兄様が危険なことに首を突っ込んでいるっていう確たる証拠もないわ。あれでいてお兄様は頭がよく要領もいいのだから、騙されている…訳もないわよ、きっと。)」


しかし、それでは何故彼はあの侍女と一緒に行動(?)していたのだろうか。

それに先程、どうして知り合いのようであった変態男性(確定)に偽名を名乗っていたのだろうか。


未解決の謎は盛りだくさんだ。

やはり、気になる。すごく気にはなるのだが…


マルグリットはぎゅっと唇を噛んだ。



まだはっきりと思い出せる、あの生々しい手の感触。

背を這いまわったおぞましい感覚。男性の息遣い、いやらしい視線。

家族以外の男性からあんな風に抱きこまれるのはこれで二度目。

だが一度目と違い、マルグリットの体ははっきりとした拒否反応を示していた。

―もうあんな目に遭いたくない、と彼女の本心は告げていた。



やっぱり、部屋に戻ろう。そう決心したのはそのすぐ後だった。

危ないことに首を突っ込むなと周囲の人々に再三言われ、一度は改心したもののまたそれを無視して、変装して王宮に出て――あんな酷い目に遭った。

これは神の啓示だ。

『そろそろ大人しくしときなさい。じゃないともっと酷いことが起きますよ…というか起こしますよ。』という、自分に対するメッセージだ。

もう部屋に戻って着替えて何事もなかったように引き籠っておこう。

ルビアももうすぐ帰ってくるはずだから、気になることは彼女と相談しよう。

マルグリットはそう結論づけた。


「本当に成長しないんだから、私ったら。」


内心でふう、とため息をつくマルグリット。

そして今度こそ来た道を戻ろうと立ち上がり、一歩目を踏み出した。



「―そこの下女。」


と、その時また後ろから声が飛んできてびくりと肩をあげるマルグリット。

…声、かけられ過ぎぃ!なんでこんな時に限って!



「は、はい…?」


よもやまた変な貴族ではあるまいな、とか細い声を上げながら振り返った下女。

―が、相手を見た瞬間、いや、変な貴族の方がまだマシだった、と直感的に思った。


金髪、碧眼。伯爵家の長男にして将来有望な文官。

さらに一時期、騎士団にも所属していたという文武両道、才色兼備な男。彼に嫁ぎたいと騒ぐ令嬢は数多く――っと、こんな情報は今どうでもよかった。

要するに、そこには―国王陛下の側近であるユインことユーディーン・アラン・バートレットが立っていた。



―これは、まずい!


マルグリットは瞬時に視線を逸らし俯いた。

目の前の色男、ユインとはお茶会の時に『エイミィ』として会っている。髪型や髪の色は変えてあるが顔をじっくり見られたらバレる可能性の方が高い。

――『この黒髪の下女』が『エイミィ』であることを。

ぶわっと冷や汗を吹き出させ、がくがくと震えるマルグリットは彼がこのまま何事もなかったかのように通り過ぎてくれることを祈っていたが、祈りも空しくユインはぴたりと彼女の鼻先で止まった。


「…ここらで見ない顔ですね。」


ジロリと頭からつま先まで観察され、またじっとりと手に汗をかく。

マルグリットはいかにも『憧れのユイン様に会って恥じらっている乙女』を演じつつ、できるだけ声を高めにして、側近殿に答えた。


「そ、そうだと思います。私はまだ入ったばかりなので…」

「そうですか。名前は。」

「…いえ、名乗るほどの者でも。」

「名乗りなさい。」


え。

ぴしゃり、とユインの厳しい返しを受け取ったマルグリットは一瞬、頭の中が真っ白になった。


――ちょっと待って、一介の下女に名前とか尋ねる?普通?いつからこの王宮で最下位の召使の素性を聞く習慣ができたの。陛下もこの人も頭が可笑しいんじゃないの。


と、無礼極まりない囁きが自分の中で聞こえたが、今、そんな愚痴をこぼしている暇はない。

な、名前名前!なにか適当でもいいから出てきて名前ぇ!だからさっきから準備不足過ぎなんだってば私!

心の中であわあわと自分のボキャブラリ辞書を引っかきまわすが、こんな時に限って誰の名前も浮かんでこない。

悩みに悩んだ末、やけくそ気味で口から発した台詞は――



「な、何故です?私のような下女の名前など…どどうでもいいではありませんか!」


―って、えぇえ!何言ってんの私!逆切れしてなんか変な台詞出たああ!



しかし、そんな下女の苦し紛れの言い訳にも、国王の優秀な文官は冷静に答えてくれた。



「いいえ、そういう訳にもいきません。ここ最近陛下がとある下女をお探しでしてね。今、王宮中の召使を調べ回っている所なのですよ。」

「!!!」


――陛下が、下女を探している?

そのキーワードを聞いた途端、とてつもなく嫌な予感がするのをマルグリットは感じた。

心臓がどくどくと鳴る。今度は別の冷や汗がたらりと背を伝った。


「そ、そうなのですか…あの、その下女って…」

「エイミィと言う名の赤毛の少女です。そう、背格好はちょうど貴女と同じくらいの…」


そこで、ユインは言葉を切った。

初めて目の前の下女の顔を見据え、記憶の中のある人物に似ている、と感じたのだ。

マルグリットもそんな彼の様子に感づいたのか、びくっと体を震わせた。



「貴女、まさか……」

「し、失礼しまっすうううう!」

「あ、待ちなさい!」


側近の台詞は最後まで聞けなかった。

というか、聞いたら終わる!!とばかりにマルグリットは回れ右をし、一直線に回廊を突っ走った。

奇しくもそれはフロリアンたちが去って行った方向で。こちらからはマルグリットの自室へは戻れない。


――エイミィが『私』でないともうバレた訳!?

陛下がお城をひっくり返して探してるってことは絶対そうよね!?捕まったらやばい!万事休す!!

ああ、もういい、こうなったらお兄様に会うだけ会う!!会って忠告だけしたら即刻おうちに帰るうううう!!



助けてルビア、と走りながら涙を流すマルグリットは、

今ここにいない自分の一番の相談役に助けを求めた。






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