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決死の外出

短めですがキリがいいのでここできります



――間違いない、今、兄と共にいるのはあのときの侍女だ。


マルグリットはそう確信した。



国王陛下とお茶を交わしていた際、傍に控え俯きがちに立っていた女。

自分の記憶が正しければ彼女こそが陛下と自分のカップに紅茶を注いだ犯人だ。

それが、何故今フロリアンと一緒に――



「あっ!!」


―と、突然マルグリットは声を上げた。

窓の向こうのフロリアン、犯人と思われる侍女、そしてもう一人の男性が動き出したのだ。

場所を変えるのか、このまま解散してしまうのかは分からないが、このままでは彼らの姿を見失ってしまう!!



「…あの、マルグリット様?いかがされました?」

「窓の外に何があるのですか?」


はっとマルグリットは後ろを振り返った。

突然奇声をあげ窓にへばりついた令嬢を、流石に不審に思ったのか、侍女たちが怪訝そうな顔でマルグリットを見つめる。

そして彼女と同じように窓の外に目を向けようと――


「あ!い、いえ、なんでもないわ!…その、小鳥が木立から飛び立ったのが気になっただけなの!」


――したところを、マルグリットは慌てて遮り、適当な言い訳をつけた。

誤魔化しにしてはかなり下手、かつ不自然な言動。

だが侍女たちは主のあまりの勢いに気圧され、『そ、そうですか…』と引きつった顔で呟いた。


ゼェハァと息を切らすマルグリットだったが、

ふとふう、と息を吐くと、背筋をのばし何事もなかったかのように微笑んでみせた。



「ごめんなさいね、騒いだりして。」

「いえ、それはいいのですが…」

「―で、話は変わるけど、私急に体調が悪くなったの。」

「え?」

「だから、今日はもうこのまま休むわ。ありがとう二人とも、下がってちょうだい。」

「ええ!?」



声を揃えて叫び困惑するレオナとフィリスに構わず、言いながらぐいぐいと二人の背を押すマルグリット。



「用があったら呼ぶわ。それまで自室で待機していて!」

「え、あ、ちょっと、マルグリット様!?」


そしてそう捨て台詞を告げると、侍女たちを部屋の外へ追い出してしまった。

ばたん、と扉を閉めたマルグリットはまた窓に向かって突進し、額をガラスに擦りつけて中庭を覗いた。

だが、すでにそこに人影はなくただ草花が揺らめくのみであった。



――追いかけないと。


一番に頭に浮かんだのはそんな考えだった。

フロリアンが何故あの侍女とともにいるのか、どうして『茶会事件』の詳細を知っていたのか―疑問は尽きなかったが、このまま彼らを見逃してしまってはいけない、とマルグリットは本能的に感じた。


もしかしたらフロリアンは何かの事件に巻き込まれているかもしれない。

あの侍女が毒を入れた犯人だと知らずに、騙されているかもしれない―そのような可能性だってあるのだ。


――どうにかしてお兄様に追いつき、問い詰めないと。


そう心の中で決めたマルグリットは勢いよく立ち上がり、衣裳室の扉を開けて中にもぐりこんだ。


衣裳箱の中を漁って取り出したのは紺色を基調とした長いスカートにブラウス、お仕着せのエプロン。

『エイミィ』時代に着ていた下女の制服だ。

以前噴水に落ちてしまった時、制服に中々匂いが取れなかったので新しいものをもらった。

そして古い方はマルグリットの部屋で保管していたのだった。


マルグリットは手早くドレスを脱ぎ、それを身に着けた。

随分久々に着こんだ下女の制服だったが、しつらえたように彼女の体型にぴったりで、ひどく懐かしく感じた。

さて、これであとは鬘をつけるだけ――

と赤毛の鬘を箱から取り出したところで、マルグリットははたと気付いた。


エイミィは、現在後宮の一室にいる。

もう後宮入りをしたのだから、こんな下女の制服は着ていないはずだ。

にも関わらず、『エイミィ』が下女の姿で外に出ているのを誰かに見られたら、まずいのでは。



いや、それ以前に。


――本当に、『自分』が外に出ていいのか。



そう自問した時、どくん、とマルグリットの心臓が高鳴った。


外に出たらまた何か厄介事を引き起こしてしまうのでは。

またエイミィや他の誰かに迷惑をかけてしまうのでは。


トラブルメーカーの自分が外に出てはならない、とずっと自制していたはずだ。

それを破ってしまっていいのか。


月夜の晩に誓った、『大人の貴族の女性になる』という誓いも、ルビアとの約束も―

全てをなかったことにしていいんだろうか?


ぐるぐる思考の渦に入りこんだマルグリットは、それまで忙しく動かしていた手足をぴたりと止めてしまった。



好奇心だけで突っ走っていたあの頃の自分とは違う。

子供だったマルグリットとはすでにお別れしたはずだ。

その証拠に、『なりかわり』を止めた後はテーブルマナーから休日の過ごし方、趣味嗜好まですべて令嬢らしいものに変えた。

己の考え方までは中々変えることはできないが、態度や言葉使い等は侍女たちも特に不審がることのない、『普通の令嬢』のそれであった。


この今の状況でも『普通の令嬢』ならば、他人にまかせ自身は部屋で大人しく待つ。

それが正解なのだろう。


でも――



「…今は、緊急時よ。」


兄が危ない橋を渡っているのを、妹として見過ごしてはいられない。

茶会事件の犯人を捕まえる絶好のチャンスをみすみす逃してもいられない。


やるには、今しかない。やれるのは、自分しかいない!


マルグリットは今だけは『侯爵令嬢』の看板をひっくり返し、休業することに決めた。

そして新たに掲げた看板は『下女』。



「また制服借りるわよ、エイミィ…!」



そう呟いたマルグリットは意を決して扉から外に出た。






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