表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/38

代理侍女と噂の真偽



すぐに戻る、と言い残したルビアが馬車に乗って彼女の故郷へと旅立った後。

その翌日には後宮付きの侍女が二名、マルグリットの部屋付きとして割り当てられた。

蜂蜜色の長い髪をした方がレオナ、茶髪のやや短めの髪をおさげにしている方がフィリスと言った。

二人は軽く自己紹介をすると、マルグリットに向かい綺麗にお辞儀をする。


「ルビアさんが戻られるまで、精いっぱい務めさせていただきます。」

「何かございましたら遠慮なさらずお申し付けくださいね。」


そう言って小さく笑った侍女たち。両人とも貴族の子女らしく丁寧で淑やかな物腰である。

後宮で鍛えられているのかその動作に全く無駄がなく美しい。


「ええ、こちらこそ、よろしくお願いするわ。」


マルグリットもこの二人ならば上手くやっていけそうだ、とにこやかに笑みを返した。


特に用もなかったので今日はもう下がっていいと指示を出すと、侍女たちは素直に頷き部屋を後にした。



レオナとフィリスが退室したのを確認した後、マルグリットはふっと息をもらす。

そして窓の傍に腰掛けるとぼんやりその向こうを見遣った。



――今頃ルビアは実家についているだろうか。彼女の母の病気が大したことなければよいのだけれど。


そんなことを考えながら、窓枠を人差し指でなぞる。

綺麗に掃除がされていたそこは埃ひとつなかった。



――実を言うと、ルビアがいなくなったことでマルグリットは少しほっとしていた。


ルビアや彼女の母のことが心配だと言ったのは、間違っても嘘ではない。

だが、ここ最近ルビアの物言いたげな視線に気まずい思いをしていたので、それにさらされずに済むのは精神的にとても助かるのだ。


マルグリットは今まで、ルビアに隠しごとなどしたことがなかった。

いつだって素直に彼女に相談し、悩みを打ち明けていた。

…しかし、今回だけは何も聞いてほしくはなかったし、話したくなかった。


勿論、いつか自分の『悩み』をルビアに話さなければならない、と思っている。

そう思ってはいるのだが―今は自分自身感情の整理ができていない状態だ。しばらく距離をおいてそっとしておいてほしい、というのが本音であった。


もうしばらくしたら。

そう、彼女が実家から帰ってきたらきっと打ち明けよう。


マルグリットはそう心の中で誓った。





**********




新たな侍女が付いてから数日が過ぎたが、マルグリットはこれと言って何もない、平穏な日々を過ごしていた。

レオナとフィリスはやはり文句のつけようがないくらい優秀でよく気の付く侍女であり、元々人見知りのしないマルグリットはすぐに彼女たちと打ち解けることができた。


そんな侍女たちとおしゃべりをしながらお菓子を食べたり、一緒に化粧道具を選んだりするのはとても楽しく、どんどん『令嬢』が板についてきていると感じられた。


一時荒ぶっていた内面の方も、ゆるやかに流れていく日々の中でだいぶ落ち着き、今では穏やかなものだ。

もういつルビアが帰ってきても大丈夫ね、とマルグリットは人知れず微笑んだ。




「……あら?」


そんなある日の午後のこと。

マルグリットがふと窓の外を覗いた時、見覚えのある後ろ姿が見えた。

日に反射して艶やかに見える黒髪に、当人が好んでよく着る藍色のジャケット、すらりとした長身。


―確かに兄のフロリアンだ、とマルグリットは思った。


こんな所で何をしているのかしら、と椅子から身を乗り出して外側を観察してみると、兄は中庭の隅で誰かと会話しているようであった。


――以前、王宮に用事があると言っていたけど、その件についてなのかしら。

すると会話の相手は他の貴族か城にお勤めをしている方?

でもなんであんな目立たない所で、それも隠れるように?

ああ、窓越しじゃあ流石に会話までは拾えないわ…



と、窓にへばりつく勢いでフロリアンを眺めるマルグリット。


そこで、彼女はハッとした。


また(・・)およそ『令嬢』とはかけ離れたことを考えてしまっていたのだ。

ああ、やっぱり悪い癖が抜けてない。この好奇心はいかに『令嬢』を装っていようと消せるものではなかったらしい。


これではいけない、覗き見なんて淑女のすべきことではないわ、とマルグリットは顔を元に戻し、椅子に座り直した。


そう、フロリアンとてもう仕事をいくつかこなす一人前の大人だ。

またなにかの用事で王宮に来ていた、そしてそれを偶然自分は見てしまった。ただ、それだけだ。

気になったのなら後日彼自身に聞けばいいこと。自分が口出しするような問題ではない。


そう自己完結させたマルグリットは前を向き、何事もなかったかのように紅茶を飲もうとカップを傾け

――寸前で止まった。




「この紅茶…。」



色、におい、よく見ればカップの形まで。


今では随分と昔のように感じられるが、あの茶会(・・・・)の時の紅茶にそっくりだ、とマルグリットは思った。そして眉をひそめる。

いくら害がなかったからと言って、毒入りの紅茶と同じものを飲む気にはなれない。さらにあの黒歴史とも言える余計な記憶まで呼び起こされて、非常に不愉快だ。


いつもの紅茶と違うが、二人のうちどちらかが茶葉を間違えたのだろうか。まさかわざとこの紅茶を用意したのか、と訝しみ―いやまさか、あんなによく気の付くあの子らに限って、と思い直す。

結局、マルグリットは首を傾げながらもベルを鳴らした。



「お呼びですか、マルグリット様。」


程なくしてノックの音が鳴り、侍女たちの来室を告げる。

入ってくるように伝えると、レオナとフィリスの二人はいつも通り礼儀正しくぺこりとお辞儀をしてから入室した。



「何か御座いましたか?」

「ええ、あの、この紅茶なのだけど…」

「あっ…」



マルグリットが紅茶の入ったカップを指さすと、茶髪の侍女フィリスは小さく声をあげた。

どこかばつの悪そうな表情をする彼女を不審に思い、マルグリットはさらに問いを重ねた。



「―いつもの紅茶とは違うようだけど、どうしたの?」

「ち、違うんです!茶葉を間違えたわけではなくて!…その、」

「じゃあ、どういうこと?」

「ほら、フィリス。ちゃんとお話なさい。」


言い淀むフィリスをなだめるようにレオナが遮る。

フィリスは顔を恐る恐る上げ、潤んだ瞳で探るようにマルグリットを見た。



「う…えっと、すみません、マルグリット様。お気に召しませんでしたか?」

「え?」

「この茶葉は先日頂いたとても珍しいもので―私も飲んだんですけど、とっても深みがあって美味しいんですよ。だからマルグリット様にもぜひ、と思って…」



勝手なことをしてすみません、とうなだれるフィリス。

どうやら侍女は珍しい紅茶を主に飲んでもらおうとの好意から、このお茶を用意したようだ。


成る程、とマルグリットは納得したが、叱られると思っているのかびくびく震えるフィリスを見て、慌てて口を開いた。



「えっと、ごめんなさいね、別に怒っているわけじゃないのよ。ただ、この紅茶、例の茶会事件の物とすごく似ていて…」



そこまで口走って、しまった、とマルグリットは思った。


――茶会事件の紅茶の種類なんて、後宮に閉じこもってるはずの令嬢が知ってるわけないじゃないの!!


あの茶会のことが大きな噂になったからと言って、詳細な情報まで知っていると怪しまれてしまうに違いない。

不幸なことに今ここにいるのは事情を知っているルビアではなく、『侯爵令嬢』につけられた侍女二人。これはマズイことを言ってしまった、とマルグリットは冷や汗をだらだらと流した。

だが、



「茶会事件…?」



返ってきた答えはそんな疑問符であった。

揃って首を傾げた侍女たちに、今度はマルグリットが『え?』と思う。

なんだろう、この反応は。



「え、ええ、そう。先日、陛下が開かれたお茶会で起こった事件のこと。知っているでしょう?」

「ええ!?そんな大切なお茶会で、何か事件が起こったのですか?」

「し、知らないの?」

「そんなお話、今初めて聞きましたが…」


顔を見合わせ、互いに頷くレオナとフィリス。

それを聞いて、マルグリットの心臓がどくりと嫌な音を立てた。



「…ちょっと待って。二人ともここに来る前はどこで仕事をしていたの?」

「え?私ですか?えっと…私は女官長の下について後宮内の空室の掃除が主な仕事でした。あと用事をまかされた時は王宮にも出ていました。…レオナさんは?」

「私は、後宮内にいらっしゃる他の側室様のお傍に。ただ最近暇を出されたので、王宮内の雑用を頼まれていました。」

「そう、二人とも王宮内を出歩いていたのね。じゃあ噂くらい耳に入るでしょう?だったらお茶会のことも…」


そう言ったマルグリットの声はまるで懇願するようだった。

間違いだと言ってくれ、と。

彼女の心臓はドクドクと速いテンポで鼓動を刻んでいた。



「ええ、そうですね。…しかし、そんなお茶会の噂など、どこからも聞いたことがありません。」

「同僚たちも、兵たちも、王宮に通われている貴族の方々も…そんなことは一言も。」



そして期待は裏切られ、『否』と答える侍女たち。嫌な予感が体を走る。


―考えてみれば至極当然の話である。

あの賢い陛下が『国王暗殺未遂事件』など、むざむざと広めるわけがない。

早々に緘口令が敷かれ、目撃者たちには口を閉ざすように言ったのだろう。



――しかし、では何故。


『知ってるも何も、今王宮内は、この噂で持ち切りだよ。』


―王宮に来たばかりだったはずの兄が、茶会のことを知っていたのだろう。




…なにかが、おかしい。自分の中の警笛が鳴りやまない。


マルグリットはバッと見を翻すと、再度窓に張り付き外の景色に視線を向けた。


未だフロリアンは相手と話しこんでいる様子。

それにぐっと目をこらしてみると、傍にいる人物は、二人であることが分かった。

一人はフロリアンと同じくらいの背丈の男性…そして、もう一人は。



「っ!」



瞬間、マルグリットは驚愕に目を見開いた。

フロリアンと話しているもう一人の人物は――確かにあの時、紅茶に毒を入れた侍女であった。






4/6 サブタイトルを若干変更

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ