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本物と偽物


**********



それからの王の行動は早かった。

自身が偽物だと見破った『エイミィ』を牢に送り、その日から調査官に言付け、事情聴取―と言う名の尋問―を行った。

ただ、未だ『下女』の正体や動機が不明であったため、表向きには何事もなかったかのように、つまり『エイミィ』はそのまま後宮にいるかのごとく処理された。

牢に入れる際、女は陛下、と泣き叫びながらかなりの抵抗を示したようだが、そのようなことはどうでもいい。

彼は『本物』のエイミィにしか興味がなかった。


―ヴィルフリートは確信を持っていた。

おそらくあの者は本物のエイミィと入れ替わり、後宮にまんまと入りこんだコソ泥の鼠であると。

彼の愛する本物の『エイミィ』を何処かへ隠した悪人であると――。


だが、真実は彼の考えとは全くの逆であった。



「――なんだと?」


ヴィルフリートは思わず声をあげた。

その剣幕に気圧されながらも、側近は淡々と言を繰り返した。



「ですから、ただいま牢にいる『エイミィ』は本物の下女エイミィであるということが判明いたしました。」



がたり、と机が揺れ花瓶の水がこぼれる。王が勢いよく立ち上がり、傍に立つ側近に掴みかかったのだ。

彼が冷静を欠いている様は誰が見てもとれた。



「馬鹿な、そんなはずはない!」

「残念ですが、事実です。先程、城下から彼女の両親を呼び、彼女が本物であることを確認いたしました。また、同時に連れてきた近隣の者も彼女が『春先から城で働く下女、エイミィ』であると証言しています。」


両親はともかく、ただの一般市民に彼女をかばう理由はありません。


ユインは冷静な声でそう目の前の主に告げた。

その手の調書をひったくるように奪い、目を通すヴィルフリート。

そして書かれていた内容―目の当たりにした真実に愕然とした。



「では、あの者は本物の『エイミィ』と言う名の下女で、私の命で後宮に入ったということか…?」

「はい。本人もそう申しております。…ですが」

「…なんだ。」

「陛下、本当に彼女は貴方の知る『エイミィ』ではないのですか?」

「……。」



黙りこむ王に、ユインは疑惑の目を向けた。


何回目かの『エイミィ』の尋問には、ユインも同席した。

その際、彼女の喚き散らす声を聞き、その姿を目にしたが―彼にはどう見てもあの茶会で毒見をした下女にしか見えなかった。


『信じてください!!私が本物のエイミィなんですっ!』


尋問の度、彼女は何度もそう叫んだ。その通りだと、彼は思う。

実際に彼女の両親に確認したところ本物だと判明したわけであるし。

今のところ、あの『エイミィ』を『エイミィ』ではないと主張しているのはヴィルフリートただ一人だけ。

ひょっとすると王の勘違いということはないか、と訝しんだ。



「私には茶会に参加した下女と全くの同一人物に見えます。声や姿容貌もまるで同じにしか――

「違う。」


―が、返ってきたのは、即答であった。

言い終える前に発言を否定されたユインは、目を丸くする。



「あれは、私の求めるエイミィではない。それだけは確かだ。」

「…何故、そうお思いに?」


そう答えを求めた側近に対し、再び椅子に腰を下ろしたヴィルフリートは、不意に自身の掌を裏返し眺め始めた。

やや陰りのある笑みを浮かべぼそりと呟く。



「…手が、な。」

「……は?手、ですか?」



何の事だか分からない、と首をひねるユイン。

だが、王も彼の訝しげな視線に気付いたのか『いや、なんでもない』とすぐに視線を戻した。


―が、ヴィルフリートの、何やら含みがありそうな発言を見逃すユインではない。

瞳をきらめかせ、さらに質問を重ねた。



「手がどうしたのですか?」

「なんでもないと言っているだろう。ただの言葉の文だ。」

「なんでもないわけはないでしょう。教えてくださいよ。何か、あったのでしょう?」



持ち前の鋭い勘も活かしぐいぐいと聞いてくる側近に、ヴィルフリートははあ、と息をついた。

―優秀な部下だが、必要以上に詮索したがるのはこいつの難点だな、と心の中で呟く。


もっとも、彼とて一昨日起こった出来事を詳細に語る気はない。

そう、それよりも――


「…ユイン。『エイミィ』は後宮入りの前夜、どこにいたと言っていた?」

「え?…ああ、星蘭祭の日ですか?」


――確認したいことがある。


ヴィルフリートは蒼い瞳を細め、真剣な表情で側近を仰ぎ見た。

ユインもそんな彼の様子に気付いたのかそれきり口を閉ざし、調書から彼の待つ情報を拾いだした。



「後宮入りの報告ついでに、両親に会いに城下に降りていた、という話です。裏も取れています。」

「…ならばやはり、その者はあの下女ではない。」

「な…」

「あの祭りの夜―『エイミィ』は王宮で私と会っていたのだ。…偶然に、出くわしてな。」



途端に、ユインは王が何を言わんとしているのか気付いた。

―同時刻に、二つの違う場所に『エイミィ』がいた。

それが指す事実はただ一つ。


「なんと、では…」

「ああ、そうとしか考えられん。」


突然変わった態度、傲慢な話し方、そして何より『彼女でない』と自分のうちに燻るどうしようもない違和感。

さらに物的証拠、目撃証言も相重なり――疑いは確信に変わった。



「――『エイミィ』は二人いる。」



ヴィルフリートは静かにそう言った。





「………。」


やたら時間の長く感じた午後を過ごし、

自室に入ったヴィルフリートは無言で脱いだ外套を寝台に叩きつける。

減らない仕事、頭の固い大臣どもの機嫌伺い、さらに、他ならぬ本日判明した事実が彼を悩ませる。

何もかもを無茶苦茶にしてやりたい、という凶暴な感情が心の中で渦を巻き、押さえきれない――


――全く、この糞が。


心の中で王らしからぬ悪態をつき、苛立つ気分のまま寝台に腰かけた。



「偽物…か。」



そして、そうぽつりと呟いた王はうつろな目で虚空を眺めた。

つい先程ユインと交わした会話を思い出す。



『――つまり、陛下が見たのは下女のエイミィになりすました偽物、ということになりますね。』

『………。』

『おかしいと思いましたよ。あの者は、ただの下女にしてはあまりに非凡でしたから。正体は、おそらく王宮に潜入し何らかの情報を手に入れるように雇われた諜報員、と言ったところでしょうか。

ただ、花の件にしろ、茶会の件にしろ…何故私たちを助けるような真似をしたかは未だ分かりませんが…』

『…本物のエイミィと偽物が共謀している可能性は。』

『今のところ、何も…。自分が本物のエイミィだ、と言い張るばかりで。』

『両者が無関係かどうかはまだ分からない。尋問を続けろ。』

『御意に。』

『それと、王宮内にいる使用人をすべて調べろ。似た容姿の者はすべて私の元へ連れてこい。』

『―この王宮内に、まだいるのでしょうか。すでに姿をくらましているのでは…』

『可能性はすべて潰すべきだ。…とにかく、頼んだぞ。』

『…分かりました。あと、これは例の件の書類です。目を通しておいて下さい。』

『ああ。』



それを最後にユインは執務室を後にし、ヴィルフリートも仕事に戻ったのだった。


回想を止め、カーテンから覗く漆黒の闇に目を向けながらヴィルフリートは難しそうな表情を作った。



――すでに姿をくらました


彼とて、その可能性を考えなかったわけではない。

偽物のエイミィが本当に他国かある種の機関に所属する間者であるならば、とっくに王宮を抜けだし情報を持ち帰っているだろう。


だが、相手はエイミィに『なりすます』ことが出来たのだから今度は別の姿で王宮内に留まっているかもしれない。

また、本物と断定したエイミィ本人が偽物と共謀していた可能性もあり得るし、さらに偽物の『エイミィ』は普段下女として仕事をこなしているようであったから、仕事仲間に聞けば目撃証言は得られよう。


とにかく、彼女を結ぶ糸はまだ途切れてはいないはず。

今はそう願うばかりであった。



『では、陛下。貴方が私を捕まえられたら、貴方のものになりましょう。』



――あれはこういう意味だったのか、偽物め。

捕まえられるはずがないと、私を嘲笑っていたのか。


ヴィルフリートはぎり、と唇をかみしめた。

今思えば、まるで別れの挨拶のようであったあの台詞。それが今も頭を反響し、離れない。

同時に、月を背に綺麗に微笑んだ『エイミィ』の顔が浮かび、どうしようもなく胸が締め付けられた。


このような甘くも苦しい痛みを彼は知らなかった。思わずぎゅっと胸元を押さえる。



―が、それも一瞬のことだった。

すぐにその手を離し、顔を上げた彼はふっと口角をつりあげて笑った。


狩りの前の、獰猛な獣のような笑み。

ユインがいつも『ろくでもないことを考えている顔』と評している表情。



「…よかろう。ならば捕まえてみせようではないか。」



――覚悟しろ、『エイミィ』め。


ヴィルフリートはその瞳に壮絶な色を浮かべて、そう言った。






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