エイミィの本音
「…いいですか?いきますよ。」
赤毛の少女がそう言うと、その目の前に立つ侍女はごくり、と唾を飲み込んだ。
少女は隣に立つ自分そっくりな令嬢を一瞬見た後、すうっと息を吸い込む。そして、
「私はウェリントン侯爵が末娘、マルグリット・セシーリア・ウェリントンです。」
「『私はウェリントン侯爵が末娘、マルグリット・セシーリア・ウェリントンです。』」
声質も高さも、言い方の特徴も。
エイミィはマルグリットの後に続いて、全く同じように復唱してみせた。
「す、すごい…!本当にそっくり!」
その光景を目の当たりにしたルビアは、途端に驚きの表情を作った。
下女はニヤリと口の端を上げ、得意満面になる。
「ふふ、でしょう?私、昔孤児院で人形劇をやってたんです。それで役の声真似をやっているうちに、他の人の声を真似るのが上手くなって。」
「貴女にそんな特技があったとは…」
「こんなことになるのなら、最初からやっておけばよかったんですけどね。ま、とりあえずこれで声は問題ないかと。」
エイミィはどうでしょう、とばかりに両手をひろげてみせた。
―扉を開けて入って来たエイミィは、入室するなり『得意技を披露します』と言ってマルグリットの隣に並んだ。
そして、変声機もびっくりなマルグリットの声真似を披露したのだ。
――確かに、これなら『エイミィ』が『私』だったと分からないわね。
マルグリットは素直に感心した。
「さて。容姿、格好、声ときたらあとは――」
ふむ、と人差し指を口元に立て、可愛らしく首を傾げるエイミィ。
そして、思い出したかのようにマルグリットの方を振り向いた。
「あ、そうそう。マルグリット様。陛下とどこで出会ったとか、今までの私の行動を全部話してくださいね!矛盾が起きたらまずいですから。私もお話します!」
「え、ええ。分かったわ…」
目を輝かせて迫るエイミィに、マルグリットは若干引き気味に答えた。
積極的に『後宮生活』について語る下女に、まるでお互いの性格が逆になったよう、と侯爵令嬢は嘆息する。
外見もそっくりなのでなおさらそのように見えた。
「ありがとうございます!でも、知りませんでしたよ、『私』の姿で陛下と知り合っていたなんて!後宮入りできたのも、『私』が陛下に気に入られたからですよね!」
「…ま、まあそれは違うと…
「ホンットーに、マルグリット様には感謝感激ですー!本当に後宮入りできちゃうなんて、夢のようです…もしかして、私のために陛下への好感度、上げたんですか?」
「いえ、だから好感度とかは関係な
「あー!今から待ち遠しいなあ。あんな美しい人のお目にかかれるなんて!」
口元を引きつらせながらエイミィの話に相槌をうつものの、本人は全く聞いていないらしい。
頬に手を当てながら、ひたすら陛下に早く会いたい、と繰り返す。
だが、幸せの絶頂、といった具合に浮かれるエイミィとは裏腹に、マルグリットは複雑な心持ちだった。
―『なりかわり』はマルグリットの思い通り、終焉を迎えることとなった。
エイミィもそれを了承し、「令嬢と下女がなりかわった」という秘密は誰にも知られないまま、守られそうである。
それだけであれば非常に喜ばしい事態なのだがーそれと同じくして、今度は『エイミィの後宮入り』という問題が持ち上がり、マルグリットを悩ませる。
自慢ではないが、国王陛下とは少々―いや、かなり親密に接してきたマルグリット。
昼食時にひょっこり現れたり、下女の仕事中に出くわしたりと、ありえないほどの遭遇率で陛下と会い、会話をしたり散歩をしたり。
むしろ後宮にいる側室たちよりも陛下と会っているのではないか、とマルグリットは思う。
よって、いかに声や姿かたちが似通っていてもエイミィが彼の知る『エイミィ』ではないと気付かれてしまうのではないか、とひやひやしているのだ。
―あの王様、勘は悪くなさそうだし。
「――ねえ、本当にいいの?エイミィ。」
「何が、ですか?」
マルグリットが恐る恐るエイミィに聞くと、エイミィはきょとんとした顔を作った。
現在、部屋の中にいるのはそっくりな外見の二人のみ。
ルビアは使用した茶器を片付けに行っていた。
「だから…後宮入りのことよ、勿論。いくら演技が上手くても、ふとしたことでばれてしまう可能性もあるわ。今からでも遅くない、辞退すれば…」
言い淀みながらも、正体のばれる危険性について説こうとするマルグリット。
しかし、それは
「うらやましいんですか?」
「え?」
下女の、思いもよらないひとことで止められた。
驚いたマルグリットがぱっと顔を上げると、エイミィが口を三日月の形に歪めていた。
「もしかして、本当はこんなはずじゃなかった、とか思っているんですか?」
「…なにが?」
「白々しいですね。惚けても無駄ですよ?」
吐き捨てるような、冷たい声が部屋に響く。
先程浮かれていたのが嘘だったかのように、蔑むような視線を向けてくる。
そうだ、エイミィはこういう二面性がある子だった、とマルグリットは今更ながら思い出した。
「本当は陛下の目に留まるために下女になって、出会う回数を増やして、最後は寵愛を受けて…で、実は側室の一人だったんです、ってバラす予定だったとか。それで正妃になるつもりだったのでは?」
「………!」
「ふふ、中々いい作戦でしたね。…でも、残念。陛下は『マルグリット様』じゃなく、『エイミィ』を御所望なんです。この、私を!」
また、彼女の口がぐにゃりと歪む。
右腕を胸にあて、自信満々にそう言い切ったエイミィを前に、マルグリットは何も言えなかった。
ただ、あまりにもショックで。
喉がからからに乾いてしまったように、張り付いて声を発することが出来ない。
―何を言っているの、と憤ることも。
―違う、そんなこと考えてもいなかった、と否定することすら。
マルグリットはできなかった。
「それに外見も声も全く一緒なら、貴女よりもずっと可愛くなる努力をしてきて、貴女よりも貴族らしい私の方が選ばれますよー、きっと。そうして陛下のご寵愛を受けて…はは、マルグリット様よりも位が高くなっちゃうかもしれませんね。」
そう言ってからからと笑うと、エイミィは『私、予定通り後宮に入りますから。』と宣言をした。
それに対し、待って、とかろうじて反応を返したマルグリットだったが、
「私は、わざわざ貴族のお嬢様の気まぐれに付き合ってあげたんですよ?これくらいのご褒美があってもいいじゃありませんか。」
下女の刺すような台詞に完全に動きが止まる。
それを見て、下女は殊更愉快そうに笑った。
―休憩時間が終わるので、ひとまずここで失礼しますね。また夜に来ますから。
下女は最後にそう言って、侯爵令嬢の部屋を後にした。
バタン、と扉が閉まり、少女はいなくなった。
途端、マルグリットは力なくその場にへたり込んだ。
ふかふかの絨毯の上とはいえ、椅子でも寝台でもない地べたに座るなど、『令嬢』にあるまじき行為だ。
茶器を片付けてきたルビアがそれを見つけた時、すぐに目くじらを立てた。
「ちょっと、お嬢様!何をしてらっしゃるんですか!?ほら、立って下さい!」
「………。」
そう怒鳴られ、マルグリットは侍女に手を引かれながら立つ。
しかし、彼女の顔に生気がない。目はうつろだし、心なしか青ざめて見える。
ルビアはマルグリットの様子がおかしいことに気付き、どうしたのですか、と問いながら顔を覗きこんだ。
マルグリットはその緑の瞳に侍女を映し、ぽつりと呟いた。
「…貴族のお嬢様の、気まぐれだって。」
「え?」
「『なりかわり』のこと、そう言われたの。…ルビアもそう思う?」
「え、ええ。…まあ。」
それがどうしたのですか、とルビアは不思議そうに答える。
マルグリットはそれを聞いて、ふっと笑った。
「………そうよね。」
そう言ったきり口を閉ざしたマルグリットは、そのまま歩いて寝室へと消えた。




