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思わぬ知らせ




「マルグリット様、おはようございます!!」

「あ、ああエイミィ…おはよう。今日は早いのね。」




―そして、ついにその時は訪れた。


いつも通りの時間に、エイミィはマルグリットの部屋に姿を現した。

赤毛を揺らし、緑の瞳を輝かせながら笑顔を見せる少女。


それを見て、マルグリットはごくりと生唾を飲み込んだ。

今から目の前の赤毛の少女に真実を告げるのだ。

全てを話して、頭を下げて懺悔して…そして、言うのだ。


もう『なりかわり』はやめましょう、と――



令嬢はすっと息を飲み深呼吸をした。

そして真剣な表情でエイミィに向かって話しかけた。



「あ、あの、エイミィ。話があるの。」

「お話…ですか?」



今日はいい天気ですね、などと能天気に呟いていた下女はきょとんと目を丸くする。

いつもは嬉々として下女の制服に着替える侯爵令嬢だが、今日はどこか雰囲気が違う。

エイミィは首を傾げたが、すぐにぱあっと笑顔を見せた。


「ああ、奇遇ですね。私もマルグリット様にお話があるんです!

「え?」


と、今度はマルグリットの方が驚きに言葉を詰まらせた。


――エイミィが私にお話?何かしら。


マルグリットは思い当たることはないかと少し考えてみたが、全く何も思い浮かばなかった。

新しい宝石やドレスが欲しいというお願いなら今までもあったが、最近ではそんな相談もなく勝手に好きなものを購入しているエイミィ。

側室生活は充実しているように見えたし、不満など何一つ漏らしてはいなかったのだが。


困惑する令嬢に構わず、エイミィはやたら機嫌よさげに『私が先に話していいですか!?』と興奮気味に口走った。


自身の『お話』は言いにくいことこの上ないので、できるだけ先延ばしにしたいマルグリットは、ええどうぞ、とエイミィを促した。

すると下女は満面の笑みで、




「もう『なりかわり』はやめましょう!!」

「……は?」




マルグリットの『お話』とまるきり同じことを、提案してきたのだった。



「ど、どういうことなんです?エイミィ。」


エイミィの台詞を聞くや否や衝撃で固まってしまったマルグリットの代わりに、傍に立って話を聞いていたルビアがそう尋ねた。

マルグリットほどではないがルビアもかなり困惑しているようだ。

うろうろと視点を泳がせエイミィの答えを待つ彼女の手には、力を入れ過ぎて皺が寄ってしまっているドレスが握られていた。



「えー?そのままの意味ですけど。下女と側室のなりかわりはもうやめましょうって…」

「だから、何故そんなことを?先日は『ずっと側室のままがいい』などと言っていたじゃないですか。」

「別に、もう入れ替わる必要がなくなったんですよぉ。」

「必要、なくなった?」


―いや、なんのことだか意味が分からない。


え?と頭の上に疑問符を浮かべる令嬢と侍女を見てエイミィはニヤッと笑い、なんでもないことのように言った。




「ああ、まだ聞いてないんですか?

私、陛下の取り計らいで今度から後宮に入ることになったんです!!」




――その瞬間。静寂が流れた。

令嬢の部屋の中には、発言をする者も動く者もいない。ただただ沈黙が室内を支配した。

左側の大きな窓からさんさんと日が差し込み、鳥たちが楽しそうにピイピイ鳴いている声が聞こえる。

そして、カーテンを揺らしふわっと気持ちの良い風が室内に入り込んだ時。



「ええええええええ!!?」



やっと、令嬢と侍女はリアクションを取ったのだった。





**********





「…………。」


かちゃ、とカップを置いたマルグリットは、不機嫌そうに眉をしかめた。

部屋の真ん中にあるテーブルに手を置き、頬杖をつく。

しばらくは無言でそのままの体勢でいたのだが、


「ああ、もう!意味が分からないわ!!」



そして、ついに苛立ったようにそう叫び、立ち上がった。




彼女を苛立たせているのは他でもない。

先程下女のエイミィが放った『エイミィ後宮入り宣言』だ。


―エイミィの話によると、

今朝起きてすぐに伝令役が彼女の部屋に来て、王からの勅命を伝えたらしい。

それは『国王陛下がお前を後宮に上げるとのお達しである』という簡潔なもの。

そしてその証拠に、とばかりに内容が記された王印つきの書類をもらったようだ。

実際にマルグリットもその書類を見せてもらったが、確かに紙面にはエイミィの後宮入りを許す旨が載っていた。

最初はそんな馬鹿な、何かの間違いだと一笑したが、リートルード王国の国章と王の直筆サインが入ったそれは偽物とは言い難かった。

その字面といい用紙の質といい、見れば見るほど、ホンモノの伝令書に見える。


―つまり、ヴィルフリート陛下は本当に下女のエイミィに後宮に入るように言った。


その真実にたどり着いた時、マルグリットは絶句した。

そして長く思考した末、冒頭のひとことに戻るわけである。



「まあ、確かに突拍子もないことではありますが…『エイミィ』の後宮入りを決められたのは、何か陛下ご自身のお考えがあってのことだと思いますが。」



ルビアはそうなだめ、マルグリットに再度座るよう、椅子を引いて促した。

―否、鋭い目つきでそれを強いた、の方が正しいか。

この室内にいる時くらいは大人しくしてください、と訴えかけてくる眼差しに、マルグリットはしぶしぶ元の姿勢に戻った。

再び右手で頬杖をつき、侍女を見上げる。


「そりゃ、そうよ。お考えも意図もなしにエイミィを後宮に入れるわけがないじゃない。」

「お嬢様は何故か分かるのですか?」

「決まってるでしょ?『エイミィ』の監視よ。」

「監視、ですか?」



マルグリットはこくりと頷いた。


エイミィの後宮入りが本当のことだとしたら、と考えマルグリットが最初に思いついた理由がそれだった。

先の『茶会事件』で(偶然に)毒を見抜いた下女。

それはよい意味でも悪い意味でも、存分に注目を浴びただろう。

そして何をトチ狂ったか、『ただの下女です』なんて言いながらその場から逃げ出したのだから、まあ怪しさ満点。

むしろ毒を入れた犯人と関係があるのでは、と疑われても仕方がない。

…実際、フロリアンにもそう言われたわけだし。


――ああ、今考えても非常に悔やまれる。

何であんなことをしてしまったのだろう、とマルグリットは過去の自分を絞め殺したい気分になった。


まあとにかくそういう訳で。

下女エイミィをどうにかして確保し、その正体を突き止めたいがため、というのが最も有力で納得のいく理由であった。



「はあ…ならば陛下は、怪しい行動をとった『エイミィ』を見張るために今回のことを。」

「ま、そう考えるのが普通でしょうね。あとは…そうね、安全確保とか。」

「エイミィの命を守るため、ですか?」

「そう。後宮はこのお城で一番安全だわ。自由に出入りできる男性は陛下だけだし、入口には何人もの兵士がいるし、傍には侍女も控えているわけだし。外部からこっそり命を狙うのは相当難しいはず。」

「成る程…」


意を得た、といった風に頷くルビア。

そこまで話して、マルグリットははあ、と息をついた。


まあ、理にはかなっているのだ――ここまでは。



「しかし…駄策にも程があるわ。」

「…お嬢様、陛下の御決定ですよ?そこまで言わなくても。」

「だってエイミィは爵位も後ろ盾もない、一般庶民よ?それを…監視兼保護目的とは言え、いきなり後宮につっこむなんて何考えてるのよ、陛下は。」



…そう、今回のことはどう考えてもメリットよりデメリットの方が大きい。

確かに後宮という檻に入れることで『怪しい下女』の監視ができ、且つ外敵から身の安全が守られる。


だがこうなれば、下女を狙おうとする犯人も中々手出しができない故に、犯人の特定並びに確保は遅れることだろう。


それ以前に――そもそもエイミィに後宮入りを許す方がどうかしている。

エイミィは『下女』だ。

いくら命を狙われる可能性があるとはいえ、貴族とは違い一般庶民出の下女をわざわざ守る必要はない。監視がしたいのなら牢にでも閉じ込めておけばいいはずだ。

むしろ疑いの晴れていない者をわざわざ後宮に入れるなどという危険な真似を何故、する。

もしやエイミィは後宮ではなく、鉄格子つきの部屋に案内されるのではないか、とマルグリットは訝しんだ。


―それに、だ。

仮に本当にエイミィが後宮に入ることになったとして。


現国王陛下は側室を複数人持っているとはいえ、現在、世継ぎなし寵姫なし。

つまり誰でも寵愛を受けるチャンスがあるという状態。

そこに、はじめて陛下が気に入りの下女(事実は違うが傍から見ればそうだろう。まあ、流石に立場は『愛妾』程度であろうが)を後宮に入れたとなれば――

他の側室のお姫様たちに妬まれ、いびられることになるのは目に見えている。

身分差だの教養の差だのを理由に、酷いいじめが起きることだろう……。

今度は『彼女ら』に毒を盛られるのではないか、と冗談になっていない想像をし、マルグリットは身震いした。


せめて正妃を側室から選んだ後とかならよかったのだが…朴念仁陛下はそれもしていない。

後宮を血の海に変えたいのかあの人は、とさえ思った。



「それに…まだ問題はあるわ。『エイミィ自身』のこと。」

「エイミィが…?」

「…陛下が知っているのはエイミィになりすましていた私よ。いくら顔や姿恰好が一緒とはいえ、正体がバレる可能性は極めて高いわ。」

「だーいじょうぶですよ!マルグリット様!!」



―と、憂鬱そうに息を吐くマルグリットとルビアの会話に元気よく割り込んできた者がひとり。

ばたーんとドアを勢いよく開けたのは、噂の的である下女エイミィ、本人だった。






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