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後悔と決心



**********



「―報告を。」


夜遅く、本日分の雑務を終え私室へと向かう途中のヴィルフリートが、闇に向かって静かに尋ねた。

傍に控えていた侍従―ユインははい、と短く返事をし彼の隣を歩いた。



「申し訳ありません、陛下。あの後すぐに厨房に駆けつけたのですが…取り逃がしてしまったようです。」



曰く、ユイン率いる兵士たちが犯人の跡を追い、厨房に駆けつけた時、

袋に詰められた毒の粉末を発見したが犯人と思しき侍女はすでにいなかった。

また、その他特に手がかりとなるものは見つからなかった。

現在、犯人並びに内部で手引きをした者がいないか調査中ではあるが、あまり進捗は芳しくない、とのことだった。



「つまり、手がかりは全くないというわけか?」

「そうですね…裏で手を引く者と関連付ける証拠は何も。」

「先日の間者との関係は、」

「…申し訳ありません。分からず仕舞いです。」

「紅茶に入っていた毒草…ディーボ草と言ったか。それもありふれた雑草らしいしな。」


敵の跡を追おうにも手がかりはなし、毒草の入手経路も役には立たない…

―これは、手詰まりだろうな。


ぼそりと呟いた王はそこで一旦言葉を切り、場に静寂が生まれる。

暗闇の中、カツカツと両者が靴音を鳴らす音しか聞こえない。


が、一瞬の後、ユインは決心したように顔を上げ、前を向き歩く国王を見据えた。



「陛下……あの下女は、何者なのですか?」



赤毛に明るい緑の瞳をもった平凡な16歳の少女、エイミィ。

王宮内で雇われている下女で、主に掃除・洗濯を担当している。

両親はともに健在で、王都にて商店を経営している……


ざっとあの下女の素性を調べてみたが、書類上特に怪しいところは見受けられなかった。

ごく普通の生まれで、ごく普通に仕事をこなす下女。

―だが、それにしてはどうもおかしい。


ユインは不可解だ、とばかりに眉をゆがめた。


「本人曰く、『ただの下女』…だそうだ。」

「そんなはずはないでしょう?一介の庶民があのようなこと、できるわけがない!」

「ああ、同感だ。」



いつもの冷静さはどこへやら。

柄にもなく興奮している側近を振り返り、ヴィルフリートはふっと笑った。


『私は、ただの下女ですよ。』


エイミィはそう言って不敵に笑った。

だがどう贔屓目に見ても、彼女を『ただの下女』とは思えない。

他国を救った薬花を探し出し、間者の正体を易々と見破り…そして今回の『毒見』。

一度ならず、二度も三度も…ここまで功績を積み上げれば、明らかに偶然ではない。

すべて彼女が意図して起こしたものであろうと予想がつく。

もしやあの下女こそがどこぞの間者か諜報官なのか、とすら考えたこともあった――


―と、私室の前に着いたことに気付き、王は足と思考を止めた。

そして無言でユインの方を仰ぎ見る。



「…あの下女は、」

「ええ。危険人物とみなされ、今後狙われることになるでしょうね。」



ヴィルフリートの発言を続けたユインは、どうします?と彼の王に問いかける。

見事に毒を見抜いた下女のあの一連の出来事は、確実に『敵』に知れ渡っていることだろう。

彼らの目的はまだ断定できないし、裏にどんな組織がついているかも現時点では分からないが、

王の傍に侍る邪魔者『下女のエイミィ』を早々に消そうと考えるに違いない。



「兵士をつけるか、大人しく城から出すか…私個人としては犯人特定のため、しばらく泳がせた方がいいと思いますが…」

「いや、もっといい手がある。」



ユインが具体策を並べたてる前に王はそれを遮った。ニヤリと口角をあげ、顎をなでる。

それを見た側近は一瞬ものすごく嫌そうな顔を作った。



「…また何か企んでいらっしゃるのですか?」

「お前にはどう見える?」

「差し詰め、獲物を甚振(いたぶ)る猛獣…ですかね。…その表情(かお)、国民には見せないでくださいよ。」


――そうだ、この表情を見せた王はいつも厄介事を頼んでくる。

今回もロクでもないことになりそうだ…。


内心で苦々しくぼやくユイン。だが、これも残念ながら王に仕える自身の仕事。

側近は嫌々ながら主の『よくない企み事』を聞くことにした。




**********



茶会のひと騒動から数日後。

マルグリットはいつもより大分早い時間に目を覚ました。

朝日は未だ顔を出しておらず、エイミィと入れ替わり、下女となるにはまだ随分と余裕がある。

マルグリットは数回瞬きを繰り返した後、上体を起こした。


―しばらくして、侍女が朝の支度をするために入室した。

その時、すでに寝台から体を起こしている令嬢を見て侍女は驚いた。

カーテンを引きながら、マルグリットに声をかける。



「どうなさったんですかお嬢様。今日は早いのですね。」

「…ねえ、ルビア。」

「はい、なんですか。」


「『なりかわり』は、もうやめるわ。」



刹那、侍女は一切の動きを止めた。


―今、彼女はなんと言っただろうか。

自分の耳が確かなら、『なりかわりはもうやめる』と聞こえたのだが。気のせいか?

それとも、まだ目が覚めて間もない故、彼女が寝ぼけているのだろうか。


ああ、きっとそうに違いない。

昔からお嬢様は、何度も人をぬか喜びさせては反省もせず新たな悪戯を――



「ちょっと、ルビア?聞いてるの?」

「…はっ!すいません、あまりのことに一瞬意識が…。」

「意識?」

「いえ…それより、今言ったことは本当ですか、お嬢様。」


ごほんと咳払いをした後、真剣な顔を作って注意深く尋ねるルビア。


―どうせお嬢様のことだ、『そんなこと言ったかしら』とすぐはぐらかすに決まっている。

だが、言質は取った。

今しがた聞いたことを武器に反論すれば、今度こそお嬢様もこの危険な計画を諦めてくれるのでは…


ルビアはいくつかの言葉を脳内で予行練習(リハーサル)し、令嬢の答えを待った。



「ええ、本当よ。」

「ほらやっぱりそんなことだろうと…って、ええ!?」



だが、予想と正反対の台詞に、ルビアは目をむいた。



「ほ、本当ですか!?本当に『なりかわり』をやめるんですか!?」

「しつこいわね、本当よ。やめるって言ってるじゃない。」

「神に誓って!?」

「はいはい、神様にでも何でも誓うわ。」

「し、しかし何故そんな急に?先日は、『なりかわり』は絶対やめないと仰っていたではないですか!」

「……ちょっとした心境の変化よ。」



言いながら、マルグリットは自身の長い髪をかき上げた。




昨日兄であるフロリアンに会って、いくつかの言葉を交わした時、心の奥を見透かされたような錯覚を覚えた。


そして――釘を、刺された気がしたのだ。


お前は貴族の令嬢だ、それも後宮入りを果たした側室だ。

だから遊ぶのもほどほどにしろ、早く分別のある大人になりなさい。

――『身分をわきまえなさい』。


兄の穏やかな茶色の瞳はそう雄弁に語っていた。



それを聞いてここ数日、マルグリットは随分と時間をかけて考えた。

彼女やエイミィ、そしてルビアに周りの人々…全ての人にとって最善の道は何か。

その結果が『なりかわり生活』の終わりだった。



――当初は、絶対に上手くいくと思っていたのだ。

エイミィは『側室』となって楽しい日々を送っているようだったし、自分も下女となって自分の目的を果たせて満足していた。

しかし、それもつかの間。

自分が『エイミィ』となってから、事ある毎に事件を起こしてばかりで。

下女として有るまじき行為を連発し、陛下にも目をつけられ…


そして、下らない正義感に動かされた結果、『エイミィ』を危機にさらすこととなってしまった。


今現在も、『エイミィ』は狙われているかもしれない。

だが、これ以上『なりかわり』をして厄介事に首を突っ込んで、更なる過ちを犯すわけにはいかない。


それに、今では『なりかわり』が誰かに知られてしまうことの方が、もっと恐ろしく感じられた。

自分だけならいいが協力者であるエイミィやルビアにどんな罰が下されるか、と考えると震えが止まらない。

マルグリットは、兄に見破られそうになって初めてそのことに気付いたのだった。


…こうなることなら令嬢は令嬢として、初めから大人しく後宮で過ごしていればよかった。

浅はかな考えなど抱いたから、こんな事態を招いたのだ。


自分の行いすべてがそう指示しているようで、マルグリットは己の不甲斐なさに俯いた。



「ではお嬢様、エイミィには…」

「――分かっているわ。今日、全て話すから。」



マルグリットがそう言うと、そうですか、とルビアは答えた。


―きっと、彼女には言葉汚く罵られることだろう。

都合のいい時だけ令嬢に戻って、危険なことは全て自分にかぶせて逃げるのか、と。


だがそれも仕方がないだろう。すべては自分が犯した過ち。

過ちは、償わねばなるまい。


――もう自分は『分別のある大人』なのだから。


マルグリットはぐっと自分の手を握りしめた。






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