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侍女と令嬢の攻防戦

アクセス数とお気に入り登録数の伸びにびっくりです。

ありがとうございます。





「即・刻!『なりかわり』をやめてください!!」



主の話を聞くや否や、侍女のルビアは悲痛な叫び声をあげた。




茶会の騒ぎから一夜明けた朝。

本日は下女エイミィの休日ということで、両者『なりかわり』はしていない。

マルグリットは随分と久しぶりに思えるきちんとしたドレスに身を包み、ルビアに今まで起こったことを話していた。


そして、全て話し終わった後――いの一番に言われたのが冒頭の台詞である。


部屋の外まで響きそうなほど大音量な発声に、マルグリットは慌ててルビアの口を塞いだ。



「ちょ、ちょっとルビア!静かに!」

「んんーっ!………ぷは、何をなさるんですか、お嬢様!」

「お、落ち着きなさいってば。声が響くでしょ声が!」


そうマルグリットからなだめられ、一度は息を整えたルビア。

しかし再度マルグリットと向き合うとまた声を張り上げた。


「これが落ち着いていられますか!お嬢様、ルビアは言いましたよね!危険な目に遭われた時は下女をやめるようにと!!」

「い、言われたけど…」

「間者?毒入り紅茶ですって!?思いっきり危機にさらされているではないですか!一歩間違えたらお嬢様が殺されていたかもしれないんですよ!」

「ご、ごめん…?」

「謝って済む問題ですかっ!!」



侍女は最後の方では涙ぐんでいた。

自分の大切なお嬢様がとっても(・・・・)危ないことに首を突っ込んでいたのだ、当然だろう。


偶然か必然か…昔からどうもトラブルばかりを引き起こしてしまうマルグリット。

しかし今回の事態は間違いなく、彼女が自分で引き起こしたことだ。

しかも国王陛下の御前でそんな危ない真似を!


ああ、こんなことなら最初から『なりかわり』など止めておけばよかったのだ!

と、ルビアは王宮に来た当初の自分を呪った。


顔を様々に変形させる侍女を観て、マルグリットも今回ばかりはやり過ぎた、とばかりに息をついた。



「まあ、確かに酷いことになったわね。…でもねルビア、私もやりたくてやったわけじゃ…」

「何をおっしゃっているのですか!」



――が、言い訳じみた呟きは一も二もなくルビアの鋭い言葉に遮られる。

さらに必殺・氷の眼差しが炸裂し、マルグリットの居心地を悪くさせた。

気のせいか、部屋の中の温度も下がっていくように感じられる。


これは本気で怒っているな、と令嬢は恐る恐る侍女を見上げた。完全に目の据わった侍女と目が合う。



「お嬢様、今度という今度は言わせてもらいますが…いい加減、貴族としての自覚をお持ちください!」

「…うえ、まだそれを言うの?」

「ええ、幼い頃から散々口を酸っぱくして言ってきましたけどね、お嬢様はまったく分かっておりません!いいですか、貴族の令嬢と言うものは…」

「あーもう!そんなの言われなくても分かってるわよ!」


と、今度はマルグリットも苛立ったように声を張り上げた。

自身の向こう見ずな行動を反省してはいたものの、ルビアにこんな所で『お嬢様講座』を始められては敵わない。


しかも今、こんな口喧嘩をしている暇などないのだ。

―考えなければならないことが沢山ある。

マルグリットは目を細めた。



「いーえ、分かっておりません!そもそもお嬢様は…」

「ねえ、ルビアはどう思う?」

「……はい?」



発言を遮られた侍女は、目を瞬かせ主を見やる。

椅子に座り手を組むマルグリットは、その瞳に真剣な色を宿していた。



「何が、でしょうか?」

「決まってるじゃない。毒入り紅茶の一件よ。」

「…そんなことお嬢様には関係ないでしょう。」

「私だって毒を入れられたのよ?無関係ではないわ。」

「それはそうですが…」

「非公式ではあるけれど、陛下の開いた茶会で起こった事件…大胆な犯人よね。」



そうひとりごとのように呟きながら、マルグリットは口元に手をあてた。




―陛下が『エイミィ』のために(何故か)開いた、マルグリットにとっては最悪としか言い様がない茶会。聞けば、それは国王が午前中に急に言い出したことであったらしい。


茶会が行われたのはその後すぐ…つまり、あの茶会を狙ってあらかじめ毒を仕込むことは不可能だった。犯行に計画性はないということだろうか?

いや情報を漏らした何者かがいれば外部犯にも犯行は可能である。

それに毒を入れたとされる侍女が単独犯とは考えにくい…。

先日クライス国が放った間者と何か関係があるのでは?


また、陛下ではなくマルグリットのカップにも毒は入っていたことから、王だけを狙ったわけではないのだろうか?無差別殺人を企んで?

だが、ディーボ草に人を殺す程の毒性はない。

暗殺には向かないはず…




マルグリットは名探偵になった気分で、うんうんと唸りながら思考する。


またこの人は、とルビアは口を開きかけたが、

こうなってしまったマルグリットは何を言っても聞かない、ということを彼女はすでに嫌というほど知っていた。言葉の代わりにはあ、と息を吐いた。

そして少し考え、別の言葉を口から出す。



「…あの、お嬢様は何故紅茶に入っていた毒にお気付きに?」

「ああ、だって一度それを飲んだことがあるもの。」

「は…?」



マルグリットの言葉の意味を図りかね眉をひそめたルビアだったが、一瞬の後、さっと顔色を変えた。

そして思い出していた。


―マルグリットが幼少であった頃の、あの嫌な記憶を。



「ま、まさかその毒とは…」

「あ、ルビアも覚えてた?ほら、私が十歳の時食べた草の…」

「ああ!言わなくてもいいです!また悪夢が…っ」


ルビアはマルグリットから顔を逸らし、耳を塞いだ。


しかし――ああ、昨日のことのように思い出せる。

毒を飲んで倒れた直後から高熱が幾日も続き、医者からも死を予感させるような言葉をかけられたマルグリット。

苦しみに喘ぐ愛娘にウェリントン侯爵は倒れ、夫人は嘆き悲しみ、長男は解毒剤を探す、と街に飛び出し…。


彼女が目を覚ますまでの数日間、屋敷はお祭り騒ぎだった。

…もちろん、悪い意味で。



「あの紅茶、私が飲んだものと同じようなにおいがしたわ。だから分かったのよ、あれがディーボ草だって。まあ、実際は少し飲んでしまったけどね。」

「…よく、ご無事で。」

「一回思いっきりその毒性にやられたから免疫ついたのよね、きっと。」



あっけらかんと答える主に、侍女はいっそ卒倒したくなった。

もうこの人に仕えるには命がいくつあっても足りないのではないか、との予感もする。


侍女は再度深くため息をついた。

そして切実な思いを込め、静かに主に向かって言った。



「…お嬢様、これに懲りたらもう部屋で大人しくしておきましょう。ここは人の立ち入りが制限されていて安全ですから…」

「…反省は、しているわ。でもルビア、私が『なりかわり』を辞めたら…本物のエイミィはどうなるの?」

「あの子ですか?夢から覚めて、元の下女に戻るだけでしょう?」



すると死んだ魚のような目をしていた侍女は、打って変わってつんとすました顔を見せた。

それがどこか冷たい雰囲気をまとっているのは気のせいではないだろう。

どうやら『マルグリット』だった時のエイミィの所業は、余程ルビアの癇に障っていたらしい。



「いや、そうじゃなくて。…これから命を狙われるかもしれないのよ。」

「まあ、そうかもしれませんね。あれだけの事態を引き起こしていれば。」


あくまでも冷たく、他人事のように言うルビア。

マルグリットはその態度にむっとし、『そんな言い方をしなくても』と口をとがらせる。



「彼女は私に協力してくれただけよ、私のせいで危険な目に遭わせるわけにはいかないわ。だから。」

「…だから、何なんです?」

「えっと、もうちょっと『なりかわり』を続け…」

「却下です。」



マルグリットの言葉を予測していたのか、最後まで聞かずルビアはすぱっと切り捨てた。

その清々しいほどの即否定に、マルグリットは面食らう。



「え、ちょっと、何で駄目なの!」

「駄目に決まっているでしょう。むしろ何故そんな意外そうな顔をしているんですか?」

「だって、私の話を聞いていたでしょう?私はエイミィに責任をとらないといけないのよ!」

「お嬢様こそ、ルビアの話を聞いていましたか!?これ以上お嬢様を危険な目に遭わせるわけにいきません!」

「それじゃエイミィが…」

「私が最優先するのはお嬢様です!エイミィではありません!」

「何よ、ルビアの分からず屋!」



段々と熱くなっていく口論。

やがて両者は椅子から立ち上がり、大声で言い合うようになった。

その光景は『令嬢』とも『淑女』とも言い難く――いや、はっきり言って醜かった。


だが、両人とも一歩も譲らす、互いの主張を曲げようとしない。

とにかく相手を納得させようと、語彙を変え表現を変え、文句を積み重ねていく。


そうしてしばらく続いた言葉の応酬の後、侍女は息を弾ませながら令嬢に言った。



「ええ、分かりました。そこまで聞く耳を持たないようなら…私にも考えがあります。」

「か、考え…?」



同様にだいぶ疲れた様子のマルグリットは何か嫌な予感を感じた。

考え…最終手段……って、まさか。



「ウェリントン家に手紙を書きます。特に旦那様に宛てて。」

「!!」



途端にマルグリットは青ざめた。


――もし、王宮で下女に扮し好き勝手して挙句毒まで飲んだことがお父様にばれたら…自宅に連れ戻され、冗談抜きで監禁される!!


頭に過った最悪な想像。

令嬢は慌てて退出しようとする侍女にしがみついた。



「ちょ、ちょっとルビア!それはずるいわ!」

「離してください、私は便箋と封筒を取って参りますので!」

「だから待ってちょうだいってば!それだけは…!」


侍女のスカートを引っ張り引き止めようとする令嬢に、振り切って扉から出ようとする侍女。

二人とも互いのことに必死で――それ故に扉をノックする第三者に気付かなかった。



「あの…」

「ああもう、離してください!私の言うことが聞けないのなら、旦那様にご相談するしかないじゃありませんか!」

「嫌よ!それだけは絶対に駄目なんだから!」

「…えっと、すみません。」

「本当にお願いだから、ルビア!手紙だけは!」

「じゃあ、やめてくださいますよね?」

「う、それは…っ」

「あの~……」



コンコン、と側室の私室の前でノックを続ける第三者。

部屋の中から人の言い争う声が聞こえている故、目的の人物は在室だろうが…扉が開く様子はない。

困り果てたその人物は断りを入れてからゆっくりと扉を開けた。



「何!?」

「ひっ!」


―と、すぐに飛んできた大声にびくりと体を震わせる。

中にいた二人――侍女と令嬢が一斉にこちらを睨みつけてきたのだ。

それがあまりにも恐ろしく感じられ、その人は『お邪魔してすみません!』と謝った。


その様子を見て、マルグリットもルビアもはっと我に返った。

扉を叩いていた人物は伝令役の少女であった。



「ああ、ごめんなさいね。つい大声を出してしまって…。」

「い、いえ。平気です…。」

「それで、何の御用?」



先程のことは聞かなかったことにしてくれとばかりに、マルグリットが取り繕ったように聞くと、



「あの、マルグリット・ウェリントン様…御来客です。」



伝令役は小さくそう答えた。






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