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強引な逢瀬

9/23 タイトル変更




然して、マルグリットの思惑は早々に外れた。

それを証明する人物が今、自身の目の前にいることを認めマルグリットは眩暈を覚えた。


「あの、陛下…」

「なんだ?」


暇なんですか、と続こうとする言葉をなんとか飲み込み、正面の椅子に座っている男――ヴィルフリートを見る。



時刻は昼前。


休憩時間に王宮内の庭園の一つに向かったマルグリット。

さんさんと日の差し込むベンチに座って昼食を頂いていたところ、いきなり背後から『邪魔するぞ』、と聞き覚えのある声がした。

―と思えば、その人は、机を挟んで向こう側に腰をおろしたのだ。


その時の衝撃といったら。マルグリットはもう少しで叫び声を上げるところだった。


――なんでまた、こんな所に来るのよこの人は!


あまりにも無造作に頬杖をついている王を心の中で恨めしく思う。


しかも、つい先日会った時と同じく、王は一人。

いくら城内とはいえ、一国の王が単独でうろうろしていいものなのか。

大丈夫かしら、ここの警備…と若干心配になる。

マルグリットは気付かれないように小さく息をつき、ヴィルフリートに問うた。



「あの、どういった御用件で…?」


むしろ用がないのなら早くいなくなってほしい。

今は人がいないが、誰に見られているか分からない。

これ以上『下女』が悪目立ちしたくはない――マルグリットは祈るような心持ちで顔を上げた。



「ああ、お前に礼を言いに来たんだ。」

「…お礼、ですか?」



―しかし、あっけらかんと言われた答えに、下女は目を瞬かせる。

ヴィルフリートは視線を正面に戻し、青い瞳に下女を映した。



「そうだ、お前は知っていたんだろう?――あの花のことを。」



…花?

思い当たるのは、あのとても珍しい色合いの奇妙な野花だ。

陛下にわざわざ摘み取ってもらったのにも関わらず、適当な嘘をついて押しつけたイワクつきの花。

…あれがどうかしたのだろうか。


マルグリットが首を傾けると、王は笑みを含ませながら説明した。



なんでもあれはめったに見られない希少種で、難病の薬になるらしい。

気付いたのは隣国から来た使者で、彼が持ち帰った花弁のおかげで長年治療法がなく苦しんでいた幾人もの患者が救われたと言う。

隣国からは早々に感謝状と報奨金が送られてきたらしい。



「………。」

「件の花は培養して薬を実用化させるらしい。隣国との結びつきは強固になり、貿易も盛んになることだろう。…すべてお前のおかげだ。此度のこと感謝する。」

「あ、ありがとうございます?」

「何故、首を傾げる。」



怪訝そうな顔を作る陛下に、マルグリットは乾いた笑いを漏らす。


―いや、だって。

こんなことになるとは思いもよりませんでしたから。


嘘からでた真…っていうのか、この場合は。

確かに珍しい花とは思ったが、そんなにスゴイ薬効があるなんて。

彼女は素直に感嘆の息をもらした。



しかし、本当に役に立てたのなら、それはそれでよかった。

嘘つきと罵られずに済み、こうして王様にもお礼を言ってもらえて――


――って、あれ?


そこで、マルグリットはハッとした。


間接的に隣国の患者を救い、陛下から感謝される下女?

…一連の出来事のおかげで、むしろ『エイミィ』の印象を強くしているのでは?

明らかに普通の下女とは一線を画す存在となっていることは間違いない。しかも、国王陛下にばっちり顔も覚えられている。


――まずい。これは非常にまずいことになってるわ!



「あ、あの。わざわざご報告、ありがとうございました。でも私、もう行かないと――」

「ところでお前、名は何と言うのだ。」

「は、え、ええ?」

「名は。」



早々に話を切り上げようと腰をあげかけるが、王はさっとそれを遮り話しかけてくる。


―頼むから、もう何も言わないでくれませんか。


先日同様、泣きそうな気分で願うマルグリット。


「…下女、で結構ですわ、陛下。私のような者の名など覚えていただかなくても……」

「名は、と聞いている。」


―が、消え入りそうな声で懇願してみても、

強引、かつそれに見合った権力を十分に併せ持つ男の眼差しからは逃れられそうになかった。



「……エイミィ、と申します。」



―ごめん、エイミィ。弱い私を許して。


結局。

心中で手早く十字を切ったマルグリットは、引きつった笑顔で答えた。

ヴィルフリートはふむ、とひとつ頷き、また口を開く。


「エイミィ、か。家名は。」

「ただの平民の娘ですから、ございません。」

「どこの出身だ?」

「生まれはアルト地方ですが、数年前に父が王都で店を開きまして。それ以来ここで暮らしております。」

「ほう、ならば年は。」

「今年で16になります。」


すらすらと聞き及んでいた『エイミィ』の個人情報を並べ立てる。

傍からは至極冷静に対処しているように見える彼女だが、内心では冷や汗まみれだった。


――ああ、いいのかしらこんなこと勝手に話して…後でエイミィに怒られそう。


というか、なんなのよこの面接は。

現場の下女の意識調査?それとも一般的な使用人の知識量調査?

…それにしては、いささか質問が個人的過ぎると思うのだけど。


質問は仕事の様子から趣味、食べ物の嗜好にまで及んでいた。

マルグリットは陛下のどう考えても少しオカシイ態度を疑問に思ったが、聞かれるまま答えて行った。

そして。



「―それで、あの花をどこで知ったか教えてくれないか。」

「……。」



―次の質問が飛んできた時、来た、と下女は思った。

この質問がなされるのは遅すぎるような気もするが、これこそ王が最も聞きたがっていたものなのだろう。

マルグリットを射抜く視線が真剣味を帯びている。


―すなわち、庶民の身でありながらどうやって希少な花を知り得たのか?

また、王宮内に咲いていることを知っていたのか?

草花についての知識量は?


赤毛の女が、ただの下女ではないと踏んでいるヴィルフリートは、彼女の答えをじっと待つ。

下女の顔色がだんだんと悪くなり、ヴィルフリートがさらに言葉を続けようと口を開いた――


―そこで、午後一時を告げる鐘が鳴った。



両者は思わず鐘の納められた時計塔を仰ぐ。


―鐘ひとつ。休憩時間の終了だ。


なんともタイミングよく鳴った鐘にマルグリットは助かった、とばかりに息をもらし、目の前の男を仰ぎ見た。


「あの、陛下…申し訳ないのですが、そろそろ仕事に戻らなくてはなりません。」

「……ふん、まあ私の方もそろそろ人が探しに来るからな。今日はこれくらいにするか。」

「あ、はい……え?」


…今日は?


聞き捨てないひとことを聞き、思わず間の抜けた顔をさらす。

王は喉をくっと鳴らして笑った。



「ああ、最近どうも暇でな。執務以外の時間を持て余しているんだ。」


―でしたら、金にモノを言わせて楽団でも演奏隊でも呼べばいいじゃないですか!

てか、暇でもこんな所来なくていいです!


口を開き、危うくそんなことを口走りそうになったが慌てて飲み込んだ。

そこで、はたと気づく。本日二度目の嫌な予感。


―いや、待って。暇つぶしって…まさか。


最悪な結論に行きあたり、マルグリットは目を見開いた。

王はその様子を満足げに眺め、鮮やかに笑う。



「エイミィ、お前と話していると退屈しなさそうだ。」

「――!」



そう言い残すなり、身を翻したヴィルフリート国王陛下は、さっさと庭園を後にした。

残された下女は、はしたなくも口をあんぐりと開けた格好のままだ。


ピンチを切り抜けた、と思ったら…

…言外に、逢瀬の約束を付けられた。


国王の気まぐれ…にしては度が過ぎてるでしょ!



「……なんなのよ、一体。」



下女に扮した侯爵令嬢は、この日初めて『なりかわり』を後悔したという。







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