春の手前
3年生の3月。卒業式まであと少しだ。
宮田は既に進路が決まっており、一流大学だった。
僕はと言えば、進路がひとつ決まっていた。英語の先生に勧められた語学につよい私立大学。
英語だけは自信があったから、それでいいと思った。
健吾は地元の大学。
木村は健吾と同じ。
それぞれ違う場所に行く。
それは最初からわかっていたことだったのに、実際に近づいてくると、何か重いものが胸の中に溜まってきた。
卒業式の4日前の夕方、卒業アルバムのサイン交換があった。
宮田が僕のアルバムにサインした。「英語先生頼むぞ笑」と書いた。
僕は颯介のアルバムに「元気でいてね」と書いた。
颯介は「なんか先生みたいだな」と笑った。
本当はもっと何か書きたかった。でも、それしか浮かばなかった。いや、浮かんでいたけど、書けなかった。
その帰り道。
僕は一人で帰っていた。学校のそばの交差点。歩行者信号が青になって、僕は渡り始めた。
後ろで声がした。宮田の声。
「あ、蒼!ちょっと待って」という声。
振り返ったら、颯介が走ってくるのが見えた。
そして、見えた。
宮田は走っていた。左から車が来ていた。
信号は、黄色だった。
考える前に、体が動いていた。
押した。
宮田の体を、横に押し出した。
宮田が「え」と言った。
僕には、それが最後に聞こえた声だった。
体が浮いた気がした。
痛みは、最初だけだった。
その後は、ただ静かだった。
宮田のことを、考えた。
体育館の天井のことを、考えた。
ムギのことを、考えた。
それで、よかった。
それが、できるベストだったから。
春の手前で、世界はいつも少しだけ残酷で、少しだけ温かい。




