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「いえ、楽器はぜんぜんなんです」
「へー。そうゆーファンもいるんだ」
「母がたぶんファンだから」
?
「『たぶん』?」
「こっそり聴いてるんです」
「ふーん」
「母が運転するとき、車の中でかけるんです。USBに落としたのなんですけど。英才教育って感じですか?」
「どっちかってゆーと、"すりこみ"だよな。ははは」
まさか。
いや、あいつが嫁に行ったのは、神奈川4区。
だいたい、オレを否定したあいつが、オレの音楽を聴くわけがない。
「日焼けすげーけど、体育会系?」
「はい。ヨット部なんです」
「ああ。あったあった。ヨット部かー」
私立の付属高校ならではの部。
母校には由緒正しきヨット部がある。
ボンボンの集まりの軟弱集団かと思いきや、なかなかの体育会系で強豪校だったのを覚えている。
学生時代のオレとは対極の存在だな。
オレは、バンドと繁華街と夜遊び。ヨット部は、平日陸トレ、休日は早朝から海。
はてさて。健全な高校生が喜びそうなところってどこだ?
防音部屋を出て、涼介にブドウと麦茶を勧める。
「どこか行きたいとこあるか?」
「普段、どんな生活なのかなって興味はあります」
ふーむ。
「普段? 普通の人と一緒だよ。ツアー中は違うけど。基本、夜は寝て、朝から活動。曲作ったり、打ち合わせしたり。打ち合わせは普通の会社員とするから、昼間にどっかの事務所へ行って、会議室で。だからさ、職種は変わってるけど、サラリーマンと一緒だなーって思うけど。涼介君のオヤジさんと一緒だよ」
「僕、父は小さい頃に他界したんで」
「悪い。無神経だった」
「いえ。もう2歳の頃なんで。何も思いません。ご飯とか掃除はどうしてるんですか? 彼女とか......あっ、すみません」
「はは。いーって。メシは殆ど外食。掃除洗濯は自分。たま~に掃除は業者に頼むかな。ミュージシャンって、どんな生活してるイメージ?」
「昼くらいまで寝て、夜仕事して、スタジオこもって徹夜とかして、飲み友達が多くて、女にだらしない......って、すいませんっっ」
「いーよいーよ。オレも昔はそう思ってた。売れる前なんて、そんな生活だったし。だけどさ、スタジオこもって徹夜しても、次の日に会議があれば出席する。作曲はタイミングや感性じゃなくて、納期とニーズだし。夢壊れた?」
「いえ。その方がカッコいいです」
「そうゆーもん?」
「才能あるからって、だらけた生活するより、ビジネス的な部分までできる方が、人間的に尊敬できるってゆーか」
"人間的に尊敬"か。笑える。
かつてはオレから1番遠い言葉だったのに。
「涼介君は、きちんと育てられたんだね」
「え?」
「お母さんに、真っ直ぐにさ」
「普通です」
まだ9時ちょっと過ぎただけ。
「僕、小笠原さんの"殺したい女"の場所へ行ってみたいです」
あやうく麦茶のコップを落としそうになった。
「そんな古い曲、よく知ってるな......」
"殺したい女"はオレが売れるきっかけになった曲。
作詞作曲を始めるきっかけになった曲。
ーーー生きるきっかけになった曲。
「横浜のみなとみらいの辺ですよね?」
「いーけど。もう全然、当時の面影はないよ?」
「はい」
「なんか、オレも久しぶりに行ってみたくなった。行くか!」
「嬉しいです」
本当に殺そうと思ったんだ。
だから、あの曲が売れたのかもしれない。
嘘っぱちじゃなかったから。
インスツルメンタル中心の自主制作のCDに、ポツンと入ったボーカル入りの曲。
自虐交じりの冗談だったんだ。
そしたら、サスペンスドラマの主題歌になって、ドラマと一緒に空前の大ヒット。
CDは売り切れ、ネット配信で大儲け。




