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どこだっけ、ここ。
女の部屋じゃなさそう。
半身を起して、後ろの掛け軸を眺めてみる。
菅原道真か。
って、ぼーっと思い出そうとしているとき、光が差し込む障子戸がスーッと静かに開いた。
「おはようございます」
障子戸の向こうには、廊下に正座した昨日のガキ。
!
思い出した。
オレ、このガキと飲んでたんだ。
「おはよう。悪い。ここって」
「僕の家です」
「申し訳ない」
「いえ、大ファンだから、嬉しいです」
ガキは部屋に入ってきた。
「何時?」
「7時です。お仕事は大丈夫ですか?」
「大丈夫。今日は午後からだから」
「じゃ、もう少し寝ててください。僕は7時半には学校へ行くので。あ、でも、家に家族かいるから平気ですから」
平気じゃねー!
酔いつぶれて、ガキに面倒みさせるなんて!
オレ、45歳だぞ? 大人とかいい大人とか言われる年齢なんて何十年前からだ?
「起きるよ」
いきなり布団から出て正座する45歳。
「あ、大丈夫ですか?」
「昨晩は申し訳ない」
星座して頭を下げる、オレ。
「いえ、そんな、ぜんぜん気にしないでください」
「いやいやいや。お家の方に謝らせて。で、これは、だらしない大人の見本だから」
「母は犬の散歩に出かけてるんです。祖父母がいますから。こっちです」
「あーっ。ちょっとタンマ。布団畳む」
「そんな、いいですよ」
「そーゆーわけに行かないって。頼むよ」
大急ぎで布団を畳み、部屋の隅に積み上げた。
自己嫌悪。なんかさ、ガキの母親に会う方が気が楽だった。
祖父母って、よーするに、オレにとっての親世代に会うとか、親に怒られに行くのと変わらない心臓の鼓動。
あ~あ。
ガキの後をついて行く。
右手に紅葉の庭園。紅葉の根本には美しい苔。小さいながらも池があって、鹿威しがこーんって音を立てる。
ご挨拶の前に、洗面所で顔を洗わせてもらった。
藤の椅子が置かれた4畳ほどの洗面所。
広っ。
このガキ、どんだけボンボンなんだよ。
ここって、都内だよな?
食堂は洋間だった。
茶色のクラッシックな食卓で日経新聞を読むジイ様と、白い皮のソファでバラの本を眺めるバア様。
なんつーか、眩しいくらい光が溢れる部屋の光景は、レトロな外国映画を連想させる。
「おはようございます。昨晩は大変ご迷惑をおかけしました」
「おや、おはようございます」
「あらまあ。頭を上げてください」
「この人さ、すっげー有名なミュージシャンなんだ。僕が大ファンの」
「よかったわねー」
バア様は可愛い孫の言葉にニコニコ。
「ご飯あるから、食べてください」
♡_♡
恐縮だけど、らっきー。こんな和食、久しぶり。
だいぶ前の女が作ってくれて以来かも。確か、料理教室の講師だったっけ。
ガキに促され、席に着く。
目の前には、焼き魚、金平ごぼう、ホウレン草の胡麻和え、トマトサラダ。
よだれが垂れそうになっているところへ、湯気の立つご飯とアサリの味噌汁が出された。
「いただきます」
手を合わせて行儀よく。
だってさ、汚名返上くらいしたいじゃん。
で、やっと気づいた。
「君って、もしかして、高校生?!」
「あ、はい」
応えるガキは学ラン姿。
「てっきり、大学生かと思ったよ」
やべっ。オレ、昨夜酒勧めたよな。
品のいいジイ様の前で「酒勧めてごめん」と謝ることもできず、俯いてアジの骨を取り続ける。
ガキは食卓に着き、オレがジイ様と2人きりにならないように気を遣ってくれた。できたヤツ。
できた高校生は、昨晩、潰れたオレを、タクシーで自宅に連れ帰ってくれた模様。
お持ち帰りされるなんて、初めての経験。
持ち帰ったことは多々ある。
タクシー代は「孫も乗ったのだから」と受け取ってもらえなかった。
はー。
飲みすぎたよなー。




