*
「どうしたの? 一人で笑って」
助手席からオレの顔を覗き込む美咲。
「思い出し笑い。またさ、2人で魚さばいたりしたいなって思ってさ」
「これでも主婦歴18年だから、魚なんて普通にさばけるよ?」
「イカとかも?」
「主婦だもん」
そうだよな。あの家で、家族4人分のメシ作ってるんだもんな。
オレの日々の生活も支えて欲しいって思うのは、贅沢......かな?
「仕事してねーの?」
「家の雑用。大家さんだから。勤めてはいないよ」
「なんか勿体ないな。資格があって仕事もできるのにさ」
「そんなことないよ。意外に楽しいの。やってきたことは役に立ってるし。亮たちは、勉強したこととはぜんぜん違う道に進んだね」
「ああ、そうだよな。バンドのメンバー、みんなこの辺のふらふらしてた大学生だったもんなー。音大卒は、やっぱ、クラッシック方面目指すんだろーなー」
「ふふふ。みんな変わってないよね。古くからバンドにいる人も、亮の周りの人も」
「変わんねー。大学でやったことは関係ねーかもしれないけどさ、あの頃の感性の蓄えで、今がある気ぃする」
「そーなの?」
「何をカッコいいって思うかとか、その程度のことだけど。音楽をどっぷり聴くのって、やっぱ10代だからさー」
「そーだね。思春期?」
「特別な時期なんだよ。そー思う」
「涼介は真っ只中だね」
「いい子に育ててくれて、ありがとうな」
「亮の子だもん。どこまでも真っ直ぐだよ」
はは。オレの音へのこだわりも、美咲への固執さえも、「真っ直ぐ」って言ってくれるんだな。
「涼介君のさ、成長の記録とかって、あんの?」
「あるよー。たった1人の孫だもん。ビデオも写真もすごいことになってるよ」
「見たいなー」
「ホント?♪」
美咲の声が弾む。
思わず笑みが零れる。
「少しずつでいいから、貸して?」
「今度渡すね」
今度があるんだ。
今度という言葉を噛みしめながら、涼介のいろんな話を聞いた。
小学校時代にピンポンダッシュをした話から、中学時代に「学校1草食系」と女子に言われて落ち込んだことまで。
少しでも一緒にいたくて、遠回りしてみた。こんな時ほど渋滞がない。
「次、いつ会える?」
「私はいつでも大丈夫。夕ご飯の支度に間に合えば」
⤵⤵
主婦とつき合うって、思った以上に大変かも。
「時間帯が難しいな。はははは。連絡する」
大学祭ライブ、新しいCDの発売の宣伝、音楽番組の出演、ゲリラライブ。オレはその準備に追われ、依頼されていた編曲もこなす。
CD発売の時は、広報活動のために雑誌の取材が増える。ダンディな男としてメンバーの誰かがファッション雑誌にも載る。
新たな作詞作曲依頼、海賊版の対処、ネットのチェック。
忙殺。
「頼むって、スーツ着て写真撮ってきてくれよ」
オレは、バンドメンバーの若手2人にお願いする。若手って言っても、35歳と38歳。
「亮さん指名だったじゃないですか」
「いいって。オレはもう。毎年のように出てるから」
「オレ、あの女性向けの雑誌、恥ずかしいんです」
「いーから、行け!」
「「はい」」
メジャー雑誌の対談は、オレ。音楽専門誌の対談は、このバンドのカリスマギタリスト。
「「終わりました~。は~」」
女性向けファッション雑誌の写真撮影に行ってきたメンバーが疲れている。
「どうした?」
「ダンディを出すのが恥ずかしくて」
「ジャケットを脱ぐとか、シャツのボタンを全部外すとか」
「は? 全部外す?」
遊ばれてやがる。
大学祭は、関西の大学2校からも依頼があった。
泊まり。宿泊は、鴨川近くのホテル。いい大人の男がホテルの1室に集って飲む。いつも思う。高校時代に友達の家に集まって泊まったときと一緒。
「おー、お前らが載った雑誌、もう出てるじゃん」
女性向けファッション雑誌をみんなで眺める。
「「「「「「おおおーーー!」」」」」」
ボタンを外して腹筋をチラ見させているくせに、ジャケットを羽織ってる。帽子は目深。もう1人は、シーツを纏ってタバコ。
「すげーな。お前ら」
半ば感心、半ば呆れてポツリ。
「亮さんは、こーゆーこと言われなかったんですか?」
「オレ、ビール腹だから脱げませんって断ったもん」
「「ええー。断っていいんだ」」
「オレら、アイドルじゃなくって、ただのオヤジのミュージシャンだから」




