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「ヨーロッパツアーや東南アジアツアー、もちろん、日本中も。CDをコンスタントに発表して、合間にジャズライブ。バンドのマネジメントと他のアーティストへの作詞作曲編曲プロヂューサー」
「改めて言われると、オレってすげーな。いつ寝てるんだろ」
「ホントに凄いご活躍で。何よりです」
「あの曲が売れたからだよ」
「そっか」
"殺したい女"。
「だから、美咲には感謝しないとな」
「皮肉?」
「本当に。涼介君を産んでくれて、ありがとな」
急に喉の奥が熱くなった。
「私も。亮の子供。ありがとう」
車内を包む空気が柔らかくなる。美咲が隣にいるだけで、どうしてこんなに温かい気持ちになるんだろう。
「今さ、独りなんだろ?」
「うん」
「彼氏いる?」
「は? 何言っちゃってんの?」
「また、1から始めない?」
「ちょっ。一応、二階堂家の嫁なんだけど」
「知ってるよ。だけど。今のオレは、ちゃんとしてるだろ? 結婚相手としては、合格だろ?」
「はああ?! 結婚?」
「だって、それしかないだろ。この歳でつき合うとしたら」
「......」
「この間言われたよ。『美咲さんと涼介を連れて行ってくれ』って」
「お義父さんがそんなことを?」
「結婚しよ?」
「できない」
「なんで」
「無理だよ。
だって、涼介がいなくなったら、二階堂の家は途絶えるんだよ?」
「もうそんなことはいいって言ってたよ」
「不貞の嫁と知ってたのに......
義父は、涼介とキャッチボールをしてくれたの。自転車のコーチも。あんなに忙しい人だったのに。義母は、私に怒られて泣いてる涼介をフォローしてくれたの。本当に優しい人で、いつも涼介や私が寂しくないようにしてくれて。私、あの2人じゃなかったら、涼介をちゃんと育てられなかったと思う」
「そっか。
じゃあ、
涼介君が大きくなったら、オレんとこ来る?」
「私、義父と義母のお世話をちゃんとする。これだけお世話になったんだもん。これからどんどん歳を取って大変になると思うの」
「この歳になると、感情だけじゃダメか」
「……」
感情は聞いた。「好きな人の子」って。
「なあ、キスしていい?」
美咲の瞳がオレを向く。
キス。
キスは長く続かなかった。他の車が駐車場に入ってくる音で中断された。
「はー」
ハンドルに顎を乗せる。
「亮、仕事は大丈夫?」
「今日は銀行振り込みや荷物のチェックみたいな、時間指定のない仕事ばっかだから大丈夫」
「そう」
「オレの部屋来る?」
「は?」
美咲がばさっとサンドイッチを膝に落とす。
「405号室。ずっと住んでるんだ」
「えーっと」
キス。
助手席に身を乗り出して抱きしめた。会った瞬間から、抱きしめたかったんだ。
「好きなんだ。やっぱり。忘れられなかったってのもある。でも、今日会って、やっぱり、好きだなーって」
しばらくして、ゆっくり離れると、美咲の目は潤んでた。
「私も」
「車出すから」
「下りる」
「え?」
今、まさにこれから、って感じじゃねーの? お互い「好き」って。
「えーっと。私、もうおばさんなの。亮はさ、あーゆー世界で、綺麗な人ばっかり見てるでしょ?あのバンドで、亮は女好きで通ってたし」
「それはセールスのため。ビジネスだよ」
あー、なんかこのノリ。初めて美咲をアパートに送って行ったときに似てるよなー。
「私、涼介がいればいーの。お義父さんとは、ちゃんと話しておく。じゃね」
えっ
「ちょっ」
バタン
美咲は助手席のドアを開けて外に出た。
急いで追いかける。
「待てって!」
スタスタと歩いて行ってしまう。
大の大人が走るって、意外と恥ずかしいけどさ、走ったよ。
つーか、そんなヒールでよく速く歩けるよな。
「美咲っ」
捕まえた。
「なに。今まで通り、古い知り合いでいーじゃない」
「オレはよくない」
美咲は困った顔をする。
「なんかさ、亮、幻想抱いてない? 会ってなかった間に美化しちゃったとか。私、相当ひどいことしたよね?」




