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ちょっと景色は悪い。
目の前は一般住宅の壁。高さ80センチくらいの駐車場のフェンスにはローンの広告がある。
単刀直入に。
「涼介君って、オレの子?」
「たぶん。どうして分かったの? あの子に誕生日を聞いたの?」
え? 知らないのか?
「涼介君のお祖父さんに言われた」
「え!」
目の前の美咲が一瞬で青ざめる。
固まったまま。
「聞いてないのか? DNA鑑定のこと」
「知らない!」
かなりのショックだったようだ。
「写真のことは?」
「何? それ」
血の気を失ったまま、サンドイッチを持つ手の力が抜けて、具が落ちそうになっている。
「結婚前にオレと会っていた写真を何枚も見せられた。この間、お詫びに行ったとき。丁度、他に家の人はいなくて2人だったんだ」
「ああ。あの日? 来ることは聞いてたけど」
「結婚式の前日のジープの写真もあった」
「っ」
「で、お祖父さんは息子と孫に内緒でDNA鑑定をしたって。結果は不一致。『たぶん小笠原さんの子だ』って言われたよ」
「......そう。DNA鑑定を。じゃあ、やっぱり涼介は......」
「やっぱりって。分かってたの?」
「亮の子だったらいいなって思いながら産んだの」
!
耳を疑った。
「な、んで」
「だって、好きな人の子供が欲しいもん」
こうもサラッと「好き」なんて言われると調子が狂う。
「だったら、どうして他の男と結婚なんかしたんだよ」
「言ったじゃない。亮のお隣さんは疲れたの。それに、亮の子は欲しくても、亮と育てたくなかったから」
「どーゆーこと?!」
「そのまんま。
子供って、父親の背中を見て育つんだよ?」
凹ませてくれる。
「そっか」
ぐうの音も出ない。
「知ってたんだ。お義父さん」
「涼介君のお祖父さんは謝ってたよ。『美咲さんの女としての人生を奪った』って」
「そんなことを」
「涼介君が目につきそうなところに、写真を置いておいたって。ご主人が生きてるときは、貸金庫に保管してたらしいけど」
「じゃ、涼介も知ってるの?」
「たぶん」
「涼介まで。母親がこんな女って知って、どう思ったんだろ。怖くて聞けない」
「受け入れてるよ。オレと美咲を会わせようとしたくらい。『母は自分の人生を生きてもいいと思う』って言ってた」
「私の人生......か」
「オレが酔い潰れて泊まったじゃん? 涼介君は、オレと美咲を会わせようとして、オレに近づいてバーボンに薬入れたってさ」
「ちょっと! あの子、犯罪じゃない」
「まあまあ。で、どーする?」
「どーするって?」
「涼介君に父親宣言していい?」
あんなかわいい息子ができるなんて。
「ダメ」
「なんで」
「二階堂の子供として育てたから」
「本人はもう知ってるのに?」
「二階堂の父や祖父を尊敬して育ったの。信念を持って政治をした2人のことを、小さな頃からずっと話して聞かせたの。人の2倍仕事して、献身的で、驕ることもなく、相手を尊敬する」
ああ、オレなんて若造に、あのジイ様は頭を下げたんだ。
「そっか。そんな立派な人だったんだ。旦那も」
「うん。結婚してから分かった」
「良かったよ。いい人で」
この失恋は痛いな。ちょっと立ち直るのが難しいかもしれない。
「『私の人生』なんて。旦那に死なれて可哀想と思われてるのかなー。ぜんぜん違うのにね。好きな人の子供に最高の環境を用意して。父親が亡くなったことは誤算だったけど、素晴らしい環境ってことは間違いないの。それ以上の『女としての人生』ってある?」
「1人じゃ寂しいだろ。息子はずっと傍にいるわけじゃない。人生は長い」
別に寂しさにつけこもうとは思わない。
自分の気持ちは、寂しさの埋め合わせどころか、心が躍ってるんだから。
「亮、変わったね」
「え?」
「人の2倍以上働いてるよね」
「そこまでは。しがないミュージシャンだよ」




