*
美咲に会うといっても、連絡手段がない。
いくらオレが父親かもしれないと知っているとはいえ、涼介に「お母さんに会わせてくれ」と頼むのは変じゃないか。かと言って、ジイ様から話を聞いた以上、男としてほおっておくわけには行かない。
結局、涼介に自宅の電話番号を聞いた。
聞いたものの、電話を掛ける勇気がなくて、仕事の忙しさを理由に、そのままになっていた。
そんなある朝、涼介と横浜へドライブして丁度1週間目。
「亮ちゃん」
1週間前と同じように、朝、ケンがマンションの玄関のチャイムを鳴らした。
「おう。ブドウ美味しかったよー。ご馳走様」
「食った?」
「で、今日は?」
「お迎え」
「は? 何の?」
「スタジオ見学」
「なんで?」
「いーからいーから」
「なんだよ。オレ、編曲頼まれてるんだよ」
「納期いつ?」
「来週末
「じゃ大丈夫」
どうせ新しいセッション仲間とか、そーゆー話だろう。
スエット生地の短パンの上はくたびれたTシャツ。その上にパーカーを羽織ってサンダルを引っかける。
「亮ちゃん、もうちょいカッコよく」
「は? どーせバンド関係だろ?」
「いや、ファン?もいるからさ」
「なんだよ、そのファン?って」
「ステージ用のスーツとまでは言わないから、レストランくらいは行けるカッコして」
「んだよ。ケンだって大したカッコしてねーのに」
ぶつぶつ言いながら、マシな恰好に着替え。
大事な顧客に繋がるって可能性も考えて、ジャケットを羽織る。名刺も用意。書類を読むための老眼鏡も準備OK。楽器ケースを持つ。
「あ、サックスはどっちでもいーや」
は?
「ファンじゃねーの?」
「持ってきてください」
な~んか企んでいる。ケンは本当に隠し事が下手。
ま、いっか。
マンションの1階に下りると、車を出せとまで言う。
いつもはケンが車に乗ってやってくるのに。
「自分の車、どーしたんだよ」
「あ、えーっと、奥さんが使うって」
あ、嘘だ。すぐ分かる。
ケンの道案内で到着したのは、ケンが持つスタジオの1つ。
スタジオの他に控室があって、そこには講義の様子を映すモニターがある。
「先週さ、わがままなおばさんがいるって言ったの覚えてない?」
「あー。そーいえば。ごめん、今思い出した」
この1週間、それどころじゃなかった。
「見てみ」
ケンが指さすモニターに5人の生徒が映し出されている。
一瞬でわかった。
「美......咲......」
「ぜんぜん変わってないな。そりゃあ、歳はくってるけどさ。もう、さ、今なら、話くらい普通にできるだろ? あ、別に、向こうからこっちは見えてないからさ、亮ちゃんが会いたくないなら」
「何時まで?」
「え?」
「レッスン」
「12時に終わる」
「12時か……」
左手で顔をこする。オレが考えているときの癖。
「あ、えーっと、オレ、余計なこと、した?」
「いや。感謝。会わなきゃならなかった」
「なんで今更?」
「この間のガキ覚えてる?」
「ガキって、ああ、あの、手ぇ出したのと間違えた」
失礼な。仮にもオレの息子かもしれないのに。
「あいつ、涼介ってゆーんだけど、美咲の息子」
「え? そーなの?!」
「で、涼介はオレの息子かもしれない」
「......亮ちゃん......」
「だから、会わなくちゃならなかった」
「え? でも、すっげー家に嫁いだんだろ?」
「旦那、涼介が2歳のときに亡くなったってさ」
「そうだったんだ。だったら、実家に帰ってたのか」
「いや。向こうの実家にいる」
「向こうって、旦那?」
「うん」
「そっか。難しいんだろうな。大きい家はいろいろ」
「もの凄い偶然だな。ケンのこと覚えてた?」




