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ケンもベースはそこそこ。
ジャズ教室で雇っている講師陣は、海外の音大出や、ジャズ界の有名人のレコーディングに参加した経歴を持つプロばかり。
そんな先生方に聴かせたら、オレ達は超が付くド素人。
ケンは高校時代、ロックバンドでベースをし、大学時代にサークル活動でジャズを演ってた緯度。音大卒でも何でもない。
オレだって、吹奏楽部ですらなかった。
高校時代にバンドでサックスをぶら下げてコーラスしたり(メインボーカルじゃない)、踊ったり、ラップしたり。
音大じゃない。商学部。
大学でやっとサックスを吹き始め、ライブハウスをふらふらしてた。
「いいねえ。マイワン。オレらの持ち曲じゃね?」
大して上手くもないのに、満足気に頷きあう。この辺りは高校生の頃から変わっていないかもしれない。
「じゃさ、次、ウヰスキー」
「♪ HuHuHuHuHu~♪ もうHuHu~ ♪」
「亮ちゃん、すとーっぷ。サックスで」
「歌いてー」
「蝶ちゃんはサックスにしとけ」
散々演奏を楽しんだ後、ケンは「じゃ、オレ、帰るから。戸締りよろしくー」と従業員に軽く手を振った。
自由な会社。
零細も零細。ケンの下に30代の男と20代の男が2人いるだけ。
講師陣とは2年契約更新だから、実質3名で切り盛りしている。スタジオ運営、広報活動、事務処理。きっとかなりの仕事量だろう。
けれど、好きな音楽に携わっているケンも、あとの2人も、いつも楽しそうに仕事をこなしている。
「10月でも、夜は寒っ」
「ま、亮ちゃんは家庭がない分寒いだろ」
「禁句だろ。ふつー言わねーし」
「はははは」
こんなに遠慮なく傷を抉ってくれるのは、コイツだけ。
オレは45歳になっても、未だ独身。
30代までは女に不自由しなかった。いわゆる音楽業界にいて、多少なりとも向こうからよってくる女が結構いた。
40代、だんだん女が面倒くさくなった。いや、面倒くさかったのは、それまでと変わらない。
面倒くさい思いをしてまで、つき合いたくなくなった。
かなりの女好きで通っていたけれど、今はゲイの噂があるくらいだ。
「でさ、教えるのが嫌だってゆーわけ」
「へー」
只今、オヤジ同士の飲み会。肴は仕事のグチ。
「そのおばさんさ『初心者です』つって入ってきたらしいんだけど、すっげー上手いんだって。だから講師の女の子がさ、困っちゃって」
「上級者クラスにしちゃえば?」
「上手くなりたいんじゃなくって、ジャズが好きな人と楽しく歌いたいんだとさ。上級者クラスは集団レッスンがないんだよねー」
「ふーん。実はジャズの経験者だったりして」
「絶対そうだって講師が言ってた。上級者の先生より上手いかもしんないってさ」
「じゃ、講師にスカウトすりゃいーじゃん」
「平日の昼11時から12時のレッスンに来て、そのあと、レッスン仲間とランチ。講師なんてむりむり。その手のおばさん、夜は出歩かないだろ?」
学生や社会人のニーズに応えるため、夕方から夜のレッスンも多い。
「優雅なもんだなー。主婦ってさ」
「ま、家に引きこもってるより、いーと思うけど」
「妻帯者は言うことが違うねえ」
オレは、バーボンを呷った。
「ま、嫌だっつーから、なんとかしなきゃならないしさ、明日、レッスン見学に行くんだ。なんでも、そのおばさん、ハスキーボイスなのに甘い声なんだってさ。亮ちゃん、お前、そーゆーの好きじゃん。バンドのゲストボーカル、女は全部そのタイプだもんな」
「そりゃ、バンドの世界観考えるとさ」
「なーにが世界観だ。好みのタイプしかゲストにしないくせに」
「声がね」
「顔も」
「それは、ファンのためね。意外と男のファン多いから」
「胸とケツも」
「バンドメンバー男だから、モチベがさ」
「認めろ」
「何を」
「公私混同してますって」
「してねーし」
「ふーん」
「もう、女は面倒」
「枯れてるしー」
この小説を書いたころは、まだまだ専業主婦が多い時代でした。




