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翌日10時。
二階堂家に到着すると、ジイ様が1人だった。
しまった! 老後で暇と勝手に決めつけてたぜ。
「申し訳ありません。奥様がご不在なんですね」
「ああ、君とゆっくり話をしたかったから、家内たち2人には出かけてもらったんだよ。上がってくれたまえ」
「いえ、すぐにお暇しますので」
オレは先日のお礼を丁寧に述べ、菓子箱とチケットを渡した。
「ゆっくり話したいことがあるんだ」
そーか。このジイ様もバンドの隠れファンだから?
じゃ、上がるか。
「それでは、お言葉に甘えてお邪魔します」
通されたのは、白い皮のソファがあるリビングだった。
「何から話したらいいのか」
ジイ様はコーヒーメーカーからコーヒーを注ぐ。
恐縮。
もと政治家。
「お構いなく」
「先日、小笠原さんと孫の涼介の後ろ姿を見て思ったんだ。そっくりだって」
「はあ......」
「その様子だと、涼介から何も聞いていないようだね」
聞いたには聞いたけど、お宅の嫁の元カレですとは流石に言えない。
「あの......なにか」
言いよどむ、オレ。
「古い古いゴシップ写真が家にあってね。それを見せよう」
既に傍らに用意されていたA4サイズの封筒を差し出される。その封筒は、日に焼けたところが四角く枠になって変色していた。手渡されて、封筒から写真を取り出した。
「申し訳ない。結婚前、興信所に息子の嫁を調べてもらっていたんだ。議員なんてやっているとね、こういうことをしなきゃならないときがある」
若い頃のオレと美咲が写っていた。
1枚1枚目を通す。
「昔の話です。美咲さんが結婚する前です」
1枚の写真で手が止まった。
街灯のないだだっ広い中にぽつんと停まるジープ。
結婚式前日の日付。
「息子が生きていたとき、この写真は銀行の貸金庫に厳重に保管したよ。ただ、死後は、この家に置いておいた。案の定、涼介は見ていた」
「すみません。お詫びのしようがありません。でも、この日以来、会っていません。これだけは信じてください!」
誠心誠意を込めて頭を下げる。
「涼介は、たぶん......
......
涼介の父親は小笠原さんだ」
!
頭を下げたまま、言葉が出なかった。
「息子にも孫にも、妻にさえ黙って、DNA鑑定をした。息子とは不一致だった。意味のないことだと分かってた。涼介は二階堂家に生まれたから、二階堂家の人間として育てると決まっているのに。それでも、自分が涼介だったら、本当の父親を知っておきたいと思う日が来るんじゃないかと思った」
高校2年生って何歳だ? 16歳か17歳。
写真は18年前の日付。
「だから、写真が涼介の手の届くところへ置いておいた。美咲さんはどうだろう。見たかもしれないし、見ていないかもしれない」
ああ、あの夜、随分と下衆なことをして、避妊すらしなかったんだ。
一緒に地獄を見たかった日。
美咲は地獄を見ていたのか?
オレの子だって分かってて、他の男の家で育ててたのか?
たった1人で秘密を抱えて。
「申し訳ありませんっ」
自分のしでかしたことの浅はかさに心底後悔した。
「頭を上げてください。謝って欲しくて話しているんじゃないんです。もし、小笠原さんが望むなら、美咲さんと涼介を連れて行ってください。もう息子はいない」
「え......」
「息子が亡くなった時、私はまだ若かった。家名とか、地盤とか、世間体とか、そう言ったことばかりに囚われて。美咲さんに『君の将来は好きなように生きなさい。ただ、涼介は二階堂家の跡取りだ』と言ったんだよ。涼介が自分の息子の子供じゃないと分かっていたのにね。美咲さんはこの家に残った」
「女手一つで子供を育てるのは大変です。金銭的にも。彼女なりの選択だったんだと思います」
ジイ様は静かに立ち上がって、オレンジピールチョコレートを皿に開けた。




