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「そっかー。あの年代の人まで聴いてくれてるんだ。それは嬉しい。今度チケットを家族分渡すよ」
建物から出てぶらぶら歩く。
「やっぱりミュージシャンは会社員とは違うじゃないですか。平日のこんな時間に」
「今日はたまたまだって。いつもだったら、この時間は曲作ったりしてるから」
「あ、僕が邪魔したんですね?」
「とんでもない。オレこそ学校サボらせてさ」
「それは自主的にサボってるんで」
「ははは。全然変わったなー。街ができるってわかってたけどさ」
「そーゆー歌詞ですもんね」
「街も人も変わるって」
オレも変わったのか?
「人って変わるんですかね?」
「どーなんだろな。本質は変わらないと思うけど」
今、美咲に会ったら殺したいのか?
「本質ってなんなんでしょうね?って真面目かっ」
「はは。涼介君だったら、そーゆー何事においても誠実なところ?」
「ぜんぜんですよ。僕、昨夜、小笠原さんの飲み物に薬入れましたもん」
ん? このガキ、今何て言った?
「え?」
「僕、あの店に小笠原さんがよく来るって知って、張り込んでました」
「危ないファンってこと」
自分の顔が険しくなっていくのが分かる。
「すみません。バーボンに眠くなる風邪薬を入れました」
「すみませんって......」
怒りと呆れが混ざる。
「どうしても会ってみたかったんです」
「じゃ、薬を入れる必要はないだろ?」
「母と逢わせたかったんです」
「コアなファンだからか?」
「ええ。まあ」
涼介は視線をそらす。
大人の対応だ! 大人の。狂信的なファンを宥めるんだ。
「まあ、取り敢えず展望台でも行くか?」
オレだってさ、伊達に45歳になっちゃあいない。
展望台のチケットを購入し、エレベーターに乗った。
「あの、展望台のチケット代......」
しおらしく気にする涼介。
「おごり」
「ありがとうございます」
展望台で富士山を探す。
「おー見えてる。らっきー」
「あれですか」
「で?」
「はい」
「だめだろ、そーゆーことしちゃ」
涼介の頭をゲンコツでぽこっと叩くジェスチャー。
「すみません」
「そんなにファンなら、今度、昨日のお礼に行ったときにちゃんと会うから。オレだって、熱心なファンは嬉しいから」
「母はまた逃げると思います」
「逃げるって?」
「今朝、犬の散歩に行ってしまって」
「よくあるよ。美容院へ行って、オシャレしてから会いたいってファン心理。つーか女心」
「母はいつも綺麗です」
なんだなんだ、このマザコン。
「君ねー」
「母は、二階堂美咲です」
!
「ちょっ、え?」
「父は他界しました。だから今は」
「何をどこまで知ってる」
「たぶん、母が小笠原さんの殺したかった女だって」
「お母さんが君に言ったのか?」
「いいえ。母が大学時代の友達と話してたのを聞きました」
「お母さんから直接聞いたわけじゃないんだろ?」
「でも、小笠原さん、会ったとき、僕の顔見てびっくりしてたじゃないですか。やっぱりって確信しました。僕、母にそっくりですよね」
「ただの知り合いだよ」
「ただの知り合いなのに、髪を触るんですか?」
「え......」
「昨日、何度も僕の髪を触ってました。運んでるとき『美咲』ってうわ言で言ってました。母は、タクシーから小笠原さんを降ろしたとき、もの凄く驚いてて。『困った人』って」
!
全身が固まった。顔はばっと熱くなった。きっと真っ赤だ。
「参ったな......」
でかい左手を顔に擦り付けた。
「父が亡くなったのは、僕が2歳の時です。でも母は実家に帰らずに、父方の祖父母の家に住んだんです」
そりゃあ金銭面を考えてだろ? 二階堂家だ。
「まあ、大人の事情があったんだろう」
「僕も高校生になったし、母は自分の人生を生きてもいいかなって思うんです。結婚したのに、祖父母の世話をしているだけなんて」




