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「なあ、亮、あの歌、ホントだろ?」
徳さんが呟いた。
「さあ。殺してませんって」
歌詞の内容は、殺したか殺していないか曖昧になっていた。
「歌の中で殺しておけよ。で、新しい女でも作れ」
もう何回かライブハウスで演奏したけれど、途中で歌詞を変えた。
歌詞の中で、女を殺した。
静かに死んでいくあいつを想像するのは、酷く甘美だった。
ドラマの音楽担当者が、オレ達の演奏を聴いて、主題歌に採用した。
バンドは一気に売れた。もともとマイナーシーンでは結構売れていたんだ。
生活が変わった。
音楽で食べていくという厳しさも味わった。そこは利害が絡むビジネスの世界。幸いだったのは、オレ達のバンドが男臭すぎて絵面が悪く、プライベートに関心を持たれなかったこと。
これまで通り、対外的なことは世渡り上手の罰当たり的なオレの担当だった。自分でも向いていると思う。
美咲が結婚してから1年後くらいに、あいつの旦那が神奈川4区から、衆議院選挙に出馬した。
新居の場所の"事情"とは表集めのことだったんだなと、薄っすらと思った。
当選したとき、テレビの映像に、万歳をするあいつが映っていた。
涙が零れた。
涙はあとからあとから溢れ出て、しまいにはソファの下に蹲って号泣した。
成功を手にしたこの時よりも、あいつがいる生活の方が満たされてたんだ。
殺してしまえばよかった。死んでおけばよかった。
殺さなくてよかった。死ななくてよかった。
正反対の思いがぐるぐると頭の中を駆け巡った。
名が知れて出会いも増えた。
元来女好きで、スマートに誘うくらいは身についていた。
でも、あの燃えるような想いは蘇らない。
幸せなときですら苦しいほどのあの想い。
あれはさ、若かったからなのか?
それとも、美咲だったからなのか?
なあ、美咲。オレが想ってたのと同じように、想ってくれてたんだろ?
苦しいほどの気持ちだったんだろ?
だから結婚が決まっても切れなかったんだろ?
あの晩、本当は殺してほしかったんだろ?
あいつに似た二階堂涼介を助手席に乗せて、首都高を横浜へ向かう。
横浜は綺麗な街だ。
せっかくだから、少し手前で高速を降りた。
「おおー。横浜ですね」
いかにも横浜らしい、山下公園の前をゆっくり流す。
「来たことある?」
「はい。中学のときに」
「デート?」
「ええ、まあ。一緒に歩いたってだけなんですけど」
「ははは。かわいーねー。でも、オレらんときは、山下公園に2人で行くと別れるってジンクスあったけど?」
「えー。だからダメだったんかなー?」
「はははっはは」
赤レンガの横を過ぎる。
「赤レンガ倉庫だー」
クイーンズスクエアのパーキングに入った。
「この辺。でも、わかんねーな。あの頃は、何にもなかったから」
涼介は懐かしいその歌を口ずさむ。
「え?」
驚いた。初期バージョンの女を殺したかどうか曖昧な方の歌詞だった。
「母が歌ってるから覚えました」
「へー。CDになってるのは、違う歌詞だから」
「そうなんですか?」
「販売されたCDの方は、殺してるんだ。むかーしの自主制作のCDは、そっちの歌詞なんだけど」
まさかな。
二階堂か。
あいつが結婚してからの曲だ。
自主制作のCDなんて買えるはずがない。
ライブでしか買えなかった。後は、友達に配った分だけ。
「じゃ、今度、祖父の部屋のCDを聴いてみます」
「は?」
「実は、祖父も隠れファンなんです」
「えー。オレ、朝飯んとき、だまーってるし、頑固ジジイそうだしさ、ちょっと怖かったんだけど。緊張したし。ファンなの?」
「だと思います」
「なんで隠れてるわけ?」
「さあ。分かりませんけど、祖父の部屋には、全部のCDが2枚ずつあるんですよ。1枚は未開封で、もう1枚は自分で聴く用に」




