*
次の日もその次の日も会った。
結婚までの間、美咲は、会社の近くに借りたウィークリーマンションに帰らず、405号室へ来た。
オレが味わったのは、あいつに会える天国と、これが最後かもしれないという地獄。
どういようもない女だと思った。
たちの悪い女。サイアクの女。
「亮、ただいまー」
「ただいまじゃねーよ」
なのに嬉しくて、犬みたいにシッポ振ってじゃれついてた。
結婚式前日、あいつは実家に帰っていた。
殺そう。
オレ以外の男のものになる前に。
殺そう。
今夜。
殺そう。
頭の中が悲しい殺意で埋め尽くされていった。
美咲の実家へジープをとばした。
まだ幾分紳士的な時刻、夜の8時。
オレはバンドのステージに穴をあけた。
大人数のバンドだ。テナーサックス1本なくなったって、客は気づかないだろう。
長年つき合っていたから、あいつの両親とは面識があった。
美咲の母親は不安気な表情だった。
家の奥からは「行かなくていい」という父親の声が聞こえた。
「祝福させてください」
丁寧に挨拶して美咲を連れ出した。
自首するか、自分も死ぬか、後のことは決めていなかった。
のうのうと生きて、塀の中で、あいつのことだけ考える日々も魅力的にさえ思えた。
殺してしまえば、あいつの過去も未来もオレだけのものなんだから。
あいつがいない世界で息をする自信なんてない。
自害するのも悪くない。
『美咲、死のドライブへようこそ』
心の中で微笑んだ。
辿り着いたのは、当時造成中だったみなとみらい。高速の出入口すらない。
街灯もなく、茶色い土が広がっていた。その向こうには暗い海。
世界に、美咲とオレしかいない。
最初っから、こんな世界だったらよかった。
二人っきりだったら。
就職とか結婚とか社会とか世間とか。
なんにもなけりゃよかった。
オレは美咲がいるだけでいいんだから。
買ってあった缶コーヒーのプルトップを開ける。
カッ
だだっ広い荒野に微かな音。
「静か」
「何にもねーもん」
「夜は寒いね」
オレは自分のジャケットの中にあいつを包んだ。
キス。
暗闇の中ですら綺麗な女。
「中入る?」
手を取って、ジープのホロを開ける。
「狭ーい」
オレは180を超す大男だし、美咲も170近い。
身を寄せ合っても限度がある。
狭さは笑いに変わり、フロントガラスから入ってくる月明かりが美咲の顎や首筋を照らす。
キス。
唇を重ねながら、明日には冷たくなっているだろう美咲を想像した。
新聞の片隅に載るだろうか。ワイドショーで話題になるだろうか。
世間は、結婚前の女性が元カレのストーカー被害にあったって、憐れむんだろうな。
顔写真が画面に映ったら、「ああ、こんな綺麗なのに可哀想に」って、涙を誘うんだろう。
綺麗なのは外見だけなのに。
やってることは、こんなに醜くて汚らしいのに。
経歴も勤務先も結婚相手すら申し分なくて。
なあ、美咲、おまえの唯一の汚点って、オレだよな。
細い首に手をかける。
片手で絞められるかもしれない。
オレって、握力結構あったよな。
そっと首の周りに両手を添えてみた。
あいつはにっこり笑った。
まるで殺してくれと言ってるみたいに。
自分の醜さと汚らしさに耐えられなくなったのか?
もう、この世で生きていたくないほど?
許さない。
綺麗に死のうなんて。
許さない。
苦しみを味わわないなんて。
許してやるかよ!
オレじゃない男と幸せになれるはずないんだ。
現に、明日結婚するってのに、オレといるじゃないか?
オレじゃないとだめなんだろ?
生きて苦しめよ。
結婚生活にオレを引きずって苦しめよ。
美咲が苦しむ姿を眺めてやるよ。
地獄の果てまでつき合ってやるよ。
いつでも逢いに来いよ。405号室へ。
だから、いつでも帰って来いよ。




