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教え方よりも、外見と脱線内容から、結構人気の講師だったんだ。
塾側から講義数を増やすように言われた。そうすると、バンド活動ができなくなる。
勉強する高校生の相手が塾講師。遊んでる高校生相手がバンド。
どちらも時間帯は同じだから。
講義の数は増やさなかった。
美咲は昇給昇格していき、オレはフリーターのまま。
それでも亀裂は見えなかった。
目を背けていただけかもしれない。
「ねぇ、亮。私ね、上司からお見合い勧められちゃった」
「はあ? なんだそれ」
「顧客の息子さんなの。だから、断りにくくて」
「へー。着物着て食事とかするわけ?」
「そんなことしないよー。ゴルフするんだって」
「ほー。ゴルフねぇ。見合い写真とかあんの?」
「スナップ写真見せられただけ」
「美咲の方は?」
「見たことあるんだって」
大手の会計事務所が絡むなんて、企業や資産家。
俗に言う「見染めた」ってやつだ。それから「玉の輿」って。
いい加減に聞いていた。
オレにあいつしかいないように、あいつにだってオレって存在は、唯一無二だと思い込んでいたから。
冷静に考えれば分かったのに。
一度はオレから離れようと引越したんだ。
あいつの周りの友達は「別れろ」と口を揃えて言っていた。
今日は昨日の続きで、明日は今日の続きで、毎日それほど変わらなかったのに、出逢ってから、もう7年が過ぎていた。
美咲は、じきに27歳だった。
一度冗談で言ったことがある。
「男女が逆だったら、オレ、美咲と結婚してーかも。美咲はさー、仕事できそうだし、出世しそーだし、家族も大事にしてくれそーじゃん」
呆れるほどバカなオレ。
美咲は結婚を決めた。「二階堂」という男と。
二階堂家は代々政治家で、親父は現職の参議院議員。某政党の金庫番だった。息子はアナウンサーだったけれど、衆議院への立候補が囁かれていた。顔をうっすらと思い出せる程度の印象しかなかった。
結婚が決まっても、美咲とオレは相変わらずだった。
今日は昨日の続きで、明日は今日の続きだったから。
けれど、美咲はある日突然、マンションを引き払った。
美咲の友人に詰め寄って聞き出した。
「なんで突然いなくなったんだよっ」
その時に言われた。
「自分が何やってんのか分かってる? 悪いのは、いつまでもそんな生活してる小笠原君じゃない! もう、終わりにしてあげて。もう十分でしょ? 突然じゃないから。結納だったの」
自分の全てを否定されたような気がした。
好きとか嫌いとか、そんな部分じゃない。
就職活動をせず、留年して、卒業から数年経つのにフリーターで。マイナーシーンで知られている程度のバンドを生活の中心にして。これからどうやって自分の足で歩くのか考えないようにしていた。
プライドが崩壊してもオレはバカで。
どこかで「結婚なんてするわけないじゃん」って言ってもらえると思ってた。
おめでたいにもほどがある。
その晩、オレは鎌倉のあいつの実家まで行った。
当時乗っていたホロの付いた中古のジープを飛ばして。
会うとやっぱり美咲は昨日の美咲のままで。
ただ缶コーヒーを一緒に飲むだけで楽しくて。
「結婚なんてするなよ。そんなにいい? 結婚」
「そんなこと、最初に言ってよー」
「結婚したいの?」
「よくわかんない」
「はあ?」
「ただ、亮のお隣さんは疲れちゃった」
「なんで? オレ、飯も作るし、掃除も洗濯もしたじゃん?」
「そーゆーんじゃないよー」
声も荒げず、まるで昨日のテレビの話をしているみたいだった。
「やめよーぜ? 結婚」
「もう、そんなことできないよ」
「どーしたら結婚やめる?」
「んー。世界が終わったら?」
あいつがいなくなるなんて、オレにとっては世界の終わりだ。
「仕事はどーすんの?」
「新居に移ったら、通えないんだー。だから辞める」
「へー。普通、仕事に通えるとこに、新居って探すのに?」
「事情があるの」
「なに?」
「今はちょっと言えないけど」
缶コーヒーを飲みながら唇を見ると、月明かりの中でつやつやと濡れていた。
キスした。
拒まれなかった。
明日も会いたいと言ったみた。
拒まれなかった。
結婚に対する考え方が現在ととんでもなく違い、時代の流れを感じました。




