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殺したい女がいた。
あいつ以外いらなかった。
幸せなときですら苦しいほどのあの想い。
あれはさ、若かったからなのか?
それとも、あいつだったからなのか?
なあ、教えてくれよ
美咲
「おう、亮ちゃん。来てたんだったら、部屋来いよー」
観葉植物の間から顔を覗かせたのは、これから一緒に飲む予定だった友人。
「よ。ケン」
友人は、相変わらず少しよれたシャツとデニム姿。
「まだ早いからさー。仕事してこいって」
「休憩休憩。ヤニタイム」
ケンは、自室からマイマグカップを持ってくると、コーヒーを注いだ。
どかりとソファに腰をおろし、マイルドセブンを取り出して、火を点けるのを止める。
喉を大切にしているオレを気遣ってくれる。いーヤツ。
「景気はど?」
「いー感じ。シニア世代の客が増えてる。老後の楽しみってやつ? 金はあるとこにはあるんだよ」
「ははは。おぬしもなかなか悪じゃのー」
ケンはやり手だ。ジャズの教室を経営している。このオフィスにはスタジオ用の個室は3つしかないが、東京や神奈川、埼玉に10近いスタジオを持ち、そこへ講師を派遣している。
このオフィスにあるスタジオは、講師を採用する際のテスト用や、講師を更にレベルアップさせるために使われたりする。
「まだ飲むには早いじゃん? セッションすっか?」
「いーねー」
オレはいつも楽器を持ち歩いている。
テナーサックス。
この楽器は7年目。その前のお気に入りは、直せなくなるまで使い込んだ。
「じゃ、1の部屋空いてるから」
1番奥の1のスタジオへ行く途中、2、3のスタジオを防音ガラス越しに眺める。
3のスタジオではサックスのレッスン。2のスタジオではコンボ編成で数名が楽しそうに演奏していた。
ふーん。自由な会社。
1のスタジオに入って、持っていた楽器ケースからテナーサックスを取り出す。
リードを取り付け、音を鳴らす。
ケン以上に、オレは悪かもしれない。
オレの仕事はミュージシャンに分類される。サックスはそこそこでしかない。
ただ、長年やってるバンドは結構売れていて、固定客と入れ替わりが激しい思春期のガキのファンが、バカ高いコンサートチケットやCDを買ってくれる。
オレのバンドでのポジションはリーダー兼マネージメント。
コンサートではボーカルと一緒にMCをし、セールの戦略を練り、衣装決めまでする。
だから、サックスの腕は、ケンに講師として雇ってもらえるほどでなくても、なんとかやっている。
「持ってきた。ちょ、ドア」
「おー、いーねー。ウッベじゃん」
ケンはウッドベースを抱えて、オレが閉じないように押さえるドアから入ってくる。
「亮ちゃん、オレ、今日はエレベじゃなくてウッベな気分なんだわ」
「どんな気分だよ」
「昔の女、思い出してみたい、みたいな?」
「はっ、クリーンなくせして」
ケンは奥さん一筋。昔の女なんて、若い頃の奥さんって意味かもしれない。
「うっせーよ。言ってみたいお年頃なんだよ」
「どんな年だよ。齢45のジジイが」
そう、オレ達は45歳。学年では、オレの方が1つ上。
「亮ちゃん、亮ちゃん、あれやろーぜ。マイワン」
「おう」
オレ達の間で「マイワン」と言えば「My One and Only Love」を指す。古いジャズのスタンダード。
けっ。やっぱ奥さん一筋じゃん。
そんなことを心の中で呟きながら吹き始め、自分が出した音がベースと溶け合って耳に戻ってくると、いつものように1人の女を思い出す。
胸が掻きむしられるほど熱くなった女。
「魔法のiらんど」に10年以上前に投稿したものです。




