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防災担当次官補佐(仮)の憂鬱

作者: ゆーや
掲載日:2026/01/29

防災担当次官補佐(仮)の憂鬱



「本日付で、防災担当次官補佐(仮)に任命する」

辞令を受け取ったエドゥアルトは、三秒ほど固まった。

「あの、(仮)とは」

「正式な防災担当次官補佐のポストは、現在予算措置待ちだ。ゆえに、暫定措置として(仮)を付ける」

人事局の担当官は、淡々と説明した。

「(仮)の期間は」

「予算が通れば、正式化される」

「予算はいつ通るのでしょうか」

「それは財務局の判断による。我々は判断しない」

担当官は、次の書類を差し出した。

「では、こちらに署名を。(仮)であることの了承書だ」

エドゥアルトは、震える手で署名した。

こうして彼は、存在するかどうか不確定なポストに就任した。



防災室に配属された初日、エドゥアルトは自分の席を探した。

「あの、私の席は」

「ああ、(仮)の人か」

先輩職員が、部屋の隅を指さした。

そこには、机がなかった。

代わりに、折りたたみ式の小さなテーブルが置いてあった。

「これは」

「(仮)なので、正式な備品配分ができない。ゆえに、仮設机だ。庶務局の規定により、『職員(仮)には仮設備品を配分する』と定められている」

「椅子は」

「それも仮設だ」

指さされた先には、背もたれのない丸椅子があった。

エドゥアルトは、静かに丸椅子に座った。

三十秒で腰が痛くなった。



最初の任務が与えられたのは、その日の午後だった。

「『冬季積雪想定地域一覧(第十二次改訂版)』の誤字確認を頼む」

防災担当次長(河川)が、分厚い冊子を渡してきた。

「誤字、ですか」

「そうだ。昨年度版で誤字が三箇所発見された。ゆえに、今年度版は二重チェック体制とする。君が二人目だ」

「何ページあるんですか、これ」

「四百八十ページ」

エドゥアルトは、冊子を開いた。

最初のページには、延々と地名が列挙されている。


北部山岳地帯第一区画、同第二区画、同第三区画、北東丘陵地帯第一区画、同第二区画……


「これを全部」

「全部だ。期限は三日後。誤字が一つでもあれば、再印刷になる。再印刷になれば、配布が遅れる。配布が遅れれば、冬季対応計画全体に影響が出る」

「……了解しました」

エドゥアルトは、丸椅子に座り直した。

背もたれが恋しかった。



二日目、昼休み。

食堂で食事を取っていると、先輩職員が話しかけてきた。

「(仮)、調子はどうだ」

「腰が痛いです」

「そうだろうな。私も(仮)時代は丸椅子だった」

「先輩も(仮)だったんですか」

「三年間な」

エドゥアルトは、箸を止めた。

「三年」

「予算措置が遅れてな。正式化されたのは、たまたま前任者が異動したタイミングだった」

「……私も三年」

「さあな。それは財務局の判断だ」

先輩は、淡々とスープを飲んだ。

「ただ、一つ良いことがある」

「何ですか」

「(仮)は、責任も(仮)だ」

「どういう意味ですか」

「何か問題が起きても、『(仮)なので正式な権限がなかった』と言える。便利だぞ」

先輩は、にやりと笑った。

エドゥアルトは、何も言えなかった。



三日目、誤字チェックを終えたエドゥアルトは、報告書を提出した。

「誤字は」

「十二箇所、発見しました」

防災担当次長(河川)の顔色が、わずかに変わった。

「……十二」

「はい。こちらに一覧をまとめました」

リストを見た次長は、深く息を吐いた。

「これは、再印刷だな」

「申し訳ありません」

「いや、君のせいではない。よく見つけてくれた」

次長は、リストを持って奥の部屋へ消えた。

十分後、防災室全体に通達が回った。


『冬季積雪想定地域一覧(第十二次改訂版)』は再印刷とする。

配布予定日は二週間延期。

関係各局への通知は、様式第七号により明日中に発送すること。


エドゥアルトは、自分の仮設机に戻った。

「よくやった、(仮)」

先輩が、肩を叩いてきた。

「これで君の仕事は、正式に記録される」

「はい」

「ただし、記録上の名義は『防災担当次官補佐(仮)』だ」

「……はい」

「つまり、君が正式化されても、この功績は(仮)のものだ」

エドゥアルトは、丸椅子に崩れ落ちた。



一週間後、エドゥアルトに新しい辞令が届いた。

『防災担当次官補佐(仮)の任を解く』

「正式化、ですか!」

人事局の担当官は、首を横に振った。

「いや、(仮)そのものが廃止された」

「は?」

「財務局の判断により、防災担当次官補佐ポストの新設は見送られた。ゆえに、(仮)も不要となった」

「では、私は」

「元の部署に戻る。道路局第三課だったな」

担当官は、新しい辞令を差し出した。

『道路局第三課主事に任命する』

エドゥアルトは、辞令を受け取った。

「……一週間で終わったんですね、(仮)」

「そうだな。短い(仮)だった」

担当官は、書類を閉じた。

「ただ、一つ言っておく」

「はい」

「君の仕事は、ちゃんと記録されている。『防災担当次官補佐(仮)・エドゥアルト、誤字十二箇所を発見し、冬季対応計画の精度向上に寄与』と」

「それ、意味あるんですか」

「さあな。それは評価する側の判断だ」

担当官は、そう言って退室した。

エドゥアルトは、道路局へ戻った。

そこには、背もたれ付きの椅子が待っていた。



三ヶ月後。

道路局での日常業務に慣れ始めた頃、エドゥアルトの元に一通の文書が届いた。

『防災室より感謝状』


貴殿が防災担当次官補佐(仮)在任中に発見した誤字十二箇所は、

冬季対応計画の精度向上に大きく貢献した。

ここに、感謝の意を表する。

防災担当次官 ヴェルナー


感謝状には、正式な印が押されていた。

エドゥアルトは、それを引き出しにしまった。

「(仮)だったのに、感謝状は正式なんだな」

誰に言うでもなく、呟いた。

その日の午後、後輩が尋ねてきた。

「先輩、『防災担当次官補佐(仮)』って何ですか? 人事記録に載ってたんですけど」

エドゥアルトは、遠い目をした。

「……聞くな」

「?」

「いいから、聞くな」

後輩は、首をかしげて去っていった。

エドゥアルトは、窓の外を眺めた。

どこかで、また誰かが(仮)の辞令を受け取っているのかもしれない。

そう思うと、少しだけ、腰が痛くなった。

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