出立前日
それから2時間ほどだろうか、すっかり寝てしまっていた彼女は目を覚ました。
「ここは・・どこ・・っ?」
見慣れた自分の小屋じゃないことはわかる。
私、シェリアーナ・ルティはルティ伯爵夫人である。
それにしては現在の健康状態は最悪だし、着ている物も質素で髪や肌の状態もね・・・
控えめに言って酷い。
それしか言えないと思うわ。
ここ最近は吐血もしていて、まさかもう死んでしまうのかもしれないと思っていた。
そんな時に・・
そうだわ!
確かルティ家の使用人だという人たちが来たのだ。
明日には辞めると言っていたわ。
しかも、そのあと私にここから出ないかと提案してくれて、一緒に連れ出してくれたのだ。
森の小屋に入れられた当初は、何度も脱走を試みたけれど何時間歩いても全然出られなくて諦めたものだ。
それがどうか・・30分ほど歩いて森から抜けていたのだ。
まさかこんな短時間で出てきた。
思えばあそこに入れられた恐怖でパニックになって冷静に考えられなかった結果、脱出することが出来なかったのかもしれない。
なにはともあれ、死ぬ前に出られたことに感謝しかない。
「ふぅ・・」
と一息吐くと、カタッと隣で音がした。
視線を向けると、一人の女性が居る。
そおっと近づいて来て、
「奥様??お目覚めですか?」
と優しく聞いてきた。
「??えぇ。ごめんなさい、あの、あなた・・ゴホ・・は?」
咳が出てしまう・・
クスリと笑って、彼女は話し出す。
「初めまして、奥様。
私はルティ家でメイドをしています、ユーリと申します。
まぁ、私も明日にはみんなとこちらを出てきいきますが・・
というより、私もそうですが使用人一同みんなで屋敷を出ることにしました。
もちろん、奥様も一緒にですよ」
ニコッと微笑んでくれる。
温かい・・
人が居る・・
独りじゃない・・
嬉しくて、気恥ずかしくて涙が出た。
「奥様っすみません、泣かせるようなことは言ってないはずですがっっ
どこか痛みますか??」
その気遣いすらも嬉しい。
「ありが・・とう・・んっゴホゴホ」
我慢するけど、どうしても止まらない咳。
「奥様、とりあえずこちらをどうぞ。
喉に優しいハチミツ湯です。
ぬるめにしたのですぐに飲めるはずです。」
そう言って、一匙すくって毒味をしてから渡してくれた。
優しい子・・
ありがとうの心込めて、ペコリとお辞儀をした。
そうすると、彼女は頷いて微笑んでくれた。
「では、何か食べられますか?
一応病気のときでも食べられるような玉子粥を用意させたのですが・・
えっと、”はい”なら右手を出すでしたね?
ルーチェさんからそうするようにと言いつけられております。」
ルーチェ、あの迎えに来てくれたときの執事ね。
ありがたいわ・・
そして、右手を差し出して”はい”を示すと、
「わかりました!食べられるだけで結構ですから、無理なさらないでくださいね。では、持ってくるよう言ってきます~」
部屋の扉のほうへ行って、廊下で何か伝えている。
少ししてすぐに玉子粥を持ってきてくれたようだ。
ありがたくいただく・・久しぶりにこんなまともな食べ物を口にした。
温かくて体に染み渡る。
「あり・・がと」
と伝えると、ユーリもニッコリ微笑んでくれて食べたあとは湯浴みは無理だろうからと温かいお湯で体を拭いて着替えさせてくれた。
ここ何年も肌を通したことのなかった、上等な寝間着。
懐かしい肌触りにまたも涙する。
「奥様、明日は朝早くから出立しますので、今日はもうお休みください。
常にメイドがこちらに一人控えるようにしておりますので、些細なことでも何かありましたらお伝えくださいね。
では、私は一旦下がらせていただきます」
「お・・やすみ・・」と言って手をあげた。
「はい、おやすみなさいませ、奥様。今日はゆっくりと良い夢が見られますように。明日は楽しみですね♪」
と言ってお辞儀をして部屋を去っっていった。
代わりに違うメイドが来て、
「奥様、私はメイドのレベッカと申します。今夜は私が付いていますので、安心してお休みくださね。」
「えぇ・・」と言って、限界が来てそのまま眠り落ちていった。
その夜、使用人たちと楽しく暮らす自分の夢を見た。
こんなにワクワクしたのはいつぶりだろう??
ふふっ
シェリアーナが寝言で小さく笑っているのをレベッカは見ていた。
どうかこの先、この綺麗な私たちの御主人様が楽しく過ごせますようにと祈って。




