第21話 血の対峙(目覚め:カレン+編)
――エルディア村 教会の地下
カレンは、祭壇の前でエメラルドグリーンに発光する神具『星の聖杯』に、吸い寄せられるように歩みを進めた。
聖杯はかすかな振動とともに周囲の空気を震わせ、エメラルドの輝きが天井の石壁にゆらゆらと映し出された。
カレンの心は、その光の奥に広がる無数の星空へと引き込まれ、冷たい地下室にもかかわらず額に汗がにじむ。ここに来るまでの道のりと、これから守ろうとするものの重さを思い返し、胸が締めつけられるようだった。
そのとき、バロックが数名の若者たちと地下の階段を駆け降りてくる。
「もう村に潜入された! 地下への隠し扉は閉めたぞ!」
聖杯の前に立つカレンは、何かを悟ったように、静かに手を伸ばした。村人たちも自然と膝をつき、指を組み、神妙な面持ちで聖杯を見つめる。
カレンはそっと、祈るように言葉を紡いだ。
「……LUMIÈRE ELDIA ZOĒ AURORA」
聖杯は、最初はかすかに光ったかと思うと、次の瞬間、眩い閃光を放った。
それと同時に、祭壇奥の巨大な岩の壁が、地響きを立てて左右に開いた。
地下へと続く階段が姿を現す。
カレンとレオン、バロックたちは慎重にその奥へと降りていった。
そこには、かつての文明の遺産――広大な格納庫のような地下空間が広がっていた。
エメラルドグリーンの灯に照らされ、壁際には数多の”生物型マシン”が鎮座していた。 それらはすべて、蟹、サソリ、鳥、象など、生物の形を模した戦術兵器だった。
そして、カレンとレオンがその場に立った瞬間、兵器たちは静かに目覚めるように、起動を始めた。
その想いに答えるように……
やがて--
外では、教会の裏手の地面が震えて、割れた。
一体が5メートルはあるだろうか、蟹型やサソリ型の装甲獣が地上にせり上がり、鳥型が翼を展開し、空へと飛翔する。巨象型の重装兵器は地を揺らすように立ち上がり、翡翠色に輝く眼窩センサーが光を放つ。
レオンは即座に兵器の特性を見抜き、指示を飛ばす。
「鳥型は左翼に! 蟹型は前線を固めろ! サソリ型は後方支援だ!」
カレンは、人が乗れるような馬型のマシンに目を留めた。馬の鞍のような部分には
〈Equus-287S〉の文字が……
幼い頃から本物の馬を乗りこなしてきた彼女にとって、その流れるような肢の動きと首の振りは、懐かしい狩りの日々を呼び起こすものだった。
まるで生きている馬のように応じ、彼女がまたがると優しく動き出した。
「いい子ね。私たちを助けて」
その言葉に応じるように、浮遊機は滑らかに浮かび、階段を駆け上がっていく。
地上では、村人たちが敵の襲撃に混乱していた。
カレンはその中へと飛び込み、怪我をした村人を次々と救い出していく。
レオンも馬型浮遊機に跨がると、機動兵器群の先頭に立った。
「続け! 古代の神たちよ、我らに力を!」
ノクティウス軍が押し寄せる。
しかし、生きるように動く古代兵器たちは、その圧倒的な破壊力で迎え撃つ。
蟹型は多脚で地面を駆け、両腕のクローから高出力ビームを発射。
サソリ型は鋭い尾から高出力レーザーを放ち、奇襲と狙撃を繰り返す。
鳥型は空を舞い、爆弾を投下、光学兵器で敵部隊を殲滅。
巨象型は大地を揺らすごとく進軍し、味方の拠点と砦として機能する。
戦場は混沌としながらも、古代兵器たちが均衡を保ち、レオンたちは優勢を維持する。
だが、敵の増援がさらに押し寄せる。
レオンは歯を食いしばる。「防ぎきれるか……」
そのとき、遠くノクティウス号の甲板に黒い小隊が展開し、その中央に黒いマントがたなびいているのを見た。
「……ノクティウス……」
レオンは馬型浮遊機のスロットルを全開にし、ペガサスのように空へと舞い上がった。
鷲のような鳥型兵器、ニ機が左右から彼を護衛するように飛翔する。
鳥型の足から小型爆弾が投下され、口からは高精度ビーム砲が進路を切り開く。
その姿を地上から見ていたカレン。
「……レオンっ!」
レオンは、ノクティウス号の甲板へと降り立った。
迎撃しようとする敵兵たちは、鳥型ロボットの猛攻によって蹴散らされる。
だが、ノクティウスの振るう《ブラッド・セイバー》が放つ赤い閃光は、ロボットの制御すら狂わせ、空へと弾き飛ばす。
「おっと、一人で飛び込んでくるとは……威勢のいい奴がいるかと思えば……レオンじゃないか!」
黒い仮面の男が笑う。
「レオン・ゼウス――我が息子よ」
※ ※ ※
黒い戦艦の甲板で、レオンとノクティウス・ゼウスが向かい合う。
焦げた金属の匂いが鼻を突き、灼けつくような空気がふたりの間を張り詰める。遠くで上がる爆発音、振動とともに軋む戦艦。だが今、この甲板に存在するのは、父と子、二人だけだった。
かつて共に過ごした短い記憶の断片が、レオンの脳裏に蘇る。あの温かな笑顔、優しかった手、そして突然断ち切られた絆。目の前に立つ敵の仮面の奥に、その面影を探そうとする自分がいることに、レオン自身が驚いた。風に舞う黒いマントの動きに合わせて、心の中で葛藤と憎悪が複雑に絡み合っていく。
「もう……殺戮はやめてくれ! ノクティウス。いや……リュシウス・ゼウス!」
レオンの声が、風を切って届く。
ノクティウスの黒いマントが舞う。仮面の奥から嗤いが漏れる。
「ふふ……お前までその名を口にするか。だが、これは殺戮ではない。正義の剣だ。俺の正義だ!
お前の母親は、このエルディア文明の犠牲者だ! だから俺は断つ。エルディアの血を! 災いの血を!」
レオンは叫んだ。
「違う! 俺には親父の行いが理解できなかった。だからひとり、星の海を旅した。伝説と呼ばれる歴史を調べ、真実に触れた。その旅の果てに、この惑星エルディアにたどり着いたんだ!」
レオンは、目を大きく見開いた。
「ここで暮らす人々の血は清らかだった。どの星よりも平和を愛していた。彼らは過ちを認め、高度文明を放棄した。心清らかな者にしか反応しない兵器を残して……。母上は確かに犠牲になったかもしれない。だがエルディアを恨むのは、違う! 間違っているのは……親父! お前だ!!」
ノクティウスの瞳が揺れる。
だが、それは一瞬だった。
「戯言はもうよい。もうすぐだ。リュミエールとエルディアの血を絶やせば、この文明の力は我らのもの……」
「戻ってこい、レオン。息子よ」
レオンは静かに腰の剣を抜いた。
光が収束し、ルミナス・ソードがその姿を現す。その刃は、いままでの碧から、まばゆい白銀へと輝きを変えた。
「親父。この国を滅ぼすというのなら……俺を倒してからにしろ。俺は、自分の正義の血を信じる!」
その瞬間、ノクティウスの右手が動く。
血のように赤い光刃――ブラッド・セイバーが唸りを上げ、闇に灯る。
「俺の血を汚す者は……息子と言えども排除するしかないようだな!」
ブラッド・セイバーが振り下ろされた。
ギャイーーンッ!
光と闇、白銀と紅、ふたつの剣が火花を散らし激突する。音が空気を裂き、周囲の空間が震える。
ノクティウスの剣の一振りに、レオンは後ずさる。甲板に靴の裏が焼けるような熱を感じる。
「今なら……間に合うぞ、レオン。父のもとへ戻れ。俺はお前の唯一の家族なんだぞ!」
レオンは身体をひるがえし、横に回り込む。ルミナス・ソードを水平に振り放った。
パキィン!
黒い仮面に亀裂が走り、パラリと左半分が剥がれ落ちる。
「くっ!」
現れたのは、どこか懐かしさを宿した顔。だが、そこに宿る眼差しは、もう父ではなかった。
「ほう……剣の腕も上げたな、レオン。幼き日、お前に剣を教えたのを覚えているか? 育てた恩を……忘れたか?」
「……あなたは、父じゃない!俺の父は……平和のために剣を振るった!」
再び火花が炸裂した。
ギャイーーン!
剣が交差するたび、甲板を焦がし、汗が弾け飛ぶ。金属と金属が削れ合い、煙の匂いが鼻を突く。
だが、レオンの呼吸が乱れてきた。動きが鈍る。
その一瞬、ノクティウスのブラッド・セイバーが下から大きく振り上げられた。
ギィイーーン!
ルミナス・ソードが空中で弾かれ、白銀の光は弧を描いて飛んでいく。
「……もう諦めろ、レオン」
ノクティウスが剣を振り上げ、レオンの目の前に、赤い光が煌めいた。
その一撃は、寸前で止まった。
「もうお前の負けだ……
これが最後だ!膝を着いて父に忠誠を誓え!」
レオンは肩の力が抜け……
両膝から床に崩れてしまった――




