第19話 迫る暗黒(目覚め:カレン編)
朝焼けの空が広がる――エルディア村
カレンは小さな畑で、柔らかな陽を浴びながら土を撫でていた。
膨らみ始めたお腹に手を添え、幸せそうに微笑む。
朝露が光り、畑の土からは甘い匂いが立ちのぼる。カレンは手にした土の温かさに耳を澄ませながら、遠くでさえずる鳥の声と風のささやきに心を溶かした。
家の中では、レオンが木槌を使って何かを修理している。ふたりは、穏やかで温かな時間を過ごしていた。
「レオン、今日の星……見えるかな?」
カレンは空を仰ぎながら、つぶやくように言う。
「見えるさ。……今夜も、おまえの祈りが届くといいな」
その瞳には、静かな決意があった。
※ ※ ※
焚き火の炎が揺れる夜、レオンの肩に寄り添うようにして、カレンは空を見上げていた。
星々は静かにまたたき、遠く過去からの記憶を呼び起こす。
――ありがとう、レオン。
わたしは、今、ほんとうに幸せ……
けれど。
その胸の奥に、小さな欠片のように残る想いがあった。
(……ソフィアお姉様)
空を見上げると、満天の星がまたたいていた。 子どもの頃、毎晩のように二人で祈ったあの星空。
ソフィアは、いつもカレンの手を引いて、
「祈りは届く。きっと世界は変えられる」と笑っていた。
「わたし、ちゃんと幸せになれたよ」
カレンは小さくつぶやいた。
「お姉様……今どこにいるの?」
答えは、星の瞬きに溶けていった。
でも、カレンの胸の中には確かに感じていた。
――姉もまた、どこかで同じ空を見上げていると。彼女の祈りが、いつか姉の元にも届くように。今日もまた、カレンは星に向かって指を組んだ。
※ ※ ※
――その時だった。
空が――裂けた。
何かが音もなく空を切り裂き、闇が流れ込む。
まるで漆黒の刃が、星々のきらめきを引き裂いたかのように。空間の裂け目から、鋭い光と巨大な影が降りてくる。
カレンの身体が震える。
「なに……これ……」
※ ※ ※
──ノクティウス号・艦橋
冷たい金属の光に包まれた艦内。
モニターに、エルディアの大地が映し出されている。
艦橋の中央に立つ男――ノクティウス。黒い仮面の奥の瞳が、炎のように光っていた。
右肩、肩から先。機械化された義腕がかすかに唸りを上げて動く。
その口が、ゆっくりと開いた。
「やっと見つけたぞ……リュミエールの血を引く者よ。リュミエールには、2人の王女がいた筈だ。」
声は低く、けれど怒りと憎悪を内包していた。
「まさか、古き時代にリュミエール王国に知恵を授けた惑星――
このエルディアに隠れていたとはな……」
「ならば望み通り、エルディアの血ともども、リュミエールの血を根絶やしにしてくれようぞ……!」
機械化された拳が、重く艦の手すりを叩く。
「攻撃準備。目標――惑星エルディアを殲滅せよ」
艦内に緊張が走り、赤い警報灯が回り出す。
※ ※ ※
再び、惑星エルディア地上――
カレンは、なおも空を見上げていた。
光の裂け目が、徐々に村の上空へと近づいてくる。
その背後、レオンが走り寄ってくる。
「カレン! 大丈夫か!?」
カレンは目を見開き、レオンの胸に倒れ込む。
「空が……何かが……来る……」
レオンの表情が険しくなる。
「……逃げろ。村の者を避難させるんだ!」
ふたりの静かな日々に、決して抗えぬ”運命”の影が落ちようとしていた――
※ ※ ※
遠くの街並みから、炎が立ち昇るのが見えた。
赤く染まる空に、悲鳴と怒号が混じっている。
「な、なんだあれは!?」
「宇宙船だ!空から来たんだ!」
「襲撃だぁっ!!」
村人たちがパニックに陥り、広場に人々が集まってくる。
その中で、村長ゲノンが大声を張り上げた。
「皆、落ち着け!女と子どもは教会の地下へ!急げ!」
ゲノンの声に従い、村の若い男たち――バロックを先頭に、
狩猟用のライフルや弓を手に、各家から飛び出してくる。
一方その頃。レオンはカレンとの新居に駆け込んでいた。
寝台の下、埃をかぶった細長い木箱を引き出す。
鍵をひねると、中には青白く鈍く光る柄――
ルミナス・ソード。
静かに、しかし確かな決意を込めてレオンはそれを握る。
「……この剣を使う時が、無ければよかったのに……」
手の中で、刃が青白い光を放ち始めた。
まるで、運命の予兆のように。
その光を見つめたカレンの脳裏に、あの日の記憶が甦る。
――山奥で、大蛇に襲われたあの日。
その獣の牙が振り下ろされる寸前、蒼い光が走った。
―閃―レオンの剣が、大蛇を斬り裂いた。
あの光。あの剣。あの日の命。
すべてが、今ここへと繋がっていた。
カレンは息を呑みながら、レオンの背中を見つめていた。
※ ※ ※
遠くの街並みから、黒煙が空へと立ち上っていた。 空に溶け込む黒煙は、時折風にのって向きを変え、街にしみ込んだ焦げ臭い匂いを運んでくる。
足元の石畳は古い祈りの跡を刻み、静かに歩む老人の足取りと子どもたちの小さな靴音が響き合っていた。
子どもたちの手を引きながら、ゆっくりと教会の方へ歩いていく一人の老婆の姿があった。
――リヴェリア。
村で最も年老いた、歴史の語り部。すべての始まりを知る者。
カレンはその姿を見つけ、駆け寄った。
「リヴェリアお婆ちゃん! 大丈夫?」
老婆の手を握り、歩幅を合わせてゆっくりと教会へ向かう。
子どもたちもその後ろに続いた。
リヴェリアは微かに笑いながら、囁くように言った。
「ありがとね、カレン……とうとう言い伝えが『誠』になってしまったね……
女神様の伝説も叶うといいがね……」
リヴェリアは立ち止まり天を指さした。
「二つの星が降りてくるぞよ……」
その言葉に、カレンは一瞬、戸惑いの色を浮かべた。
(気が動転してるのかな……)
けれどリヴェリアの瞳を見た瞬間、なぜか胸がざわめいた。
アクアマリンの宝石のような、深く澄んだ青。
どこかで……見たことがある……
――そう。あれは幼き日、母に抱かれながら見た、優しいまなざし。
アナスタシア・リュミエール。
あの母の瞳と同じ色。
そして、姉ソフィアの瞳。……自分の瞳も。
カレンは、我に返って歩き出した。
「お婆ちゃん! 何言ってるの、早く避難を」
「ふふ……行こうかねえ」
二人は、教会の奥へと歩みを進めた――




