第17話 無人の星(黒き仮面:ソフィア編)
あー。チェックチェック。
……おい、もうマイクは入っているのか?
……なんだと、もう全世界に流れておるのか? は、早いな……。
えー……ゴホン。
いつも読んでくれて御礼申す。ダリウスだ。
本日はわたしが「前書き」なるものを任されたのだが……字を書くのは苦手ゆえ、エーアイ?とかいう小さな箱に頼んでみた。
……正直、剣より重い。扱いがよほど難しい。
さて、今回はいよいよ宇宙での初陣だ。
セラフィム号の仲間たちも日々鍛錬を積んでいる。
……が、ユリスは騒がしいし、ハヤセは無口すぎるし、艦長はわたしの言うことを半分しか聞かん。まったく気が休まらん。
だが、それがよい。
旅路に笑いは必要だ。笑いがあれば、剣の冴えも増すというものだ。
……最後に一つだけ。
何事も――三秒遅ければ命取りになる。覚えておけ。
よし、これで終わりだな。
……ん? おい、どうやって止めればいい? スイッチはどこだ?
――おい、もう勝手に文字になってるのか!?
ファラン! ファラン! どうなってるんだ! おーい!
……そうか、このマイクを――暁光の剣で……
(※通信途絶)
旅立ちからすでに2年──
セラフィム号の航路は、虚無の宇宙に漂うような静寂の中を進んでいた。ソフィアは、ひとりキャプテンルームにいた。周囲には誰もいない。窓の外には星々が瞬き、その光だけが彼女の頬を淡く照らしていた。
「……ルゥ。わたしは……カレンと、本当に会えるの?」
小さな声。誰にも見せない、甘えたようなその声音に、肩に乗っていたルゥが小さく鳴く。
彼女の頬へ、何度も何度も、やわらかな毛で覆われた身体をすり寄せてくる。
ソフィアは目を閉じた。瞼の裏に浮かぶのは、幼い頃の妹の笑顔。
──約束よ。どんな星でも、いつか必ず迎えに行く。
8年前、脱出ポッドが発したリュミエール王国の救難信号。その僅かな断片が、古いデータサーバーに残されていた。
セラフィム号はそれを手がかりに、宇宙の海を進む。
信号は途中で途切れていた。だが、リュミエール製の脱出ポッドは、生存可能な惑星を自動で選定して降下する設計だった。
つまり、信号が消えた宙域付近に、カレンが降り立った可能性がある。
※ ※ ※
《セラフィム号・射撃訓練場》
「よーし、百メートル先の標的、俺が一番乗りだ!」
ユリスが派手な身振りでスナイパーライフルを構え、見事に標的を撃ち抜く。
「……騒ぐな。音で位置が割れる」
ハヤセがぼそりと呟き、無駄のない動きで次々に標的を撃ち抜く。精度は完璧だった。
「……へえ、やるじゃん。いや、やっぱ怖えわ、お前の精度……でも、なんか地味。艦長の前では笑顔のひとつでも見せたらどうだよ」
「艦長の役に立てばそれでいい」
ハヤセが立ち去ろうとした時、ユリスが小声で尋ねる。
「……お前、やっぱソフィアのこと――」
「……撃つぞ」
「ひゃっ、マジで怖えって!」
その時、ソフィアが射撃訓練場に姿を現した。
ユリスが囁く。「おいおい。ハヤセ!お前の訓練を艦長が見に来てくれたぞ。」
今度は怒った顔で、拳を振り上げるふりをするハヤセ。
「2人とも、毎日お疲れさま」
「ありがとうございます!」
胸に手をあてて敬礼する2人。
「2人とも頼もしいわ!期待してるから。」
肘でつつきあうハヤセとユリス。
だが……
2人が自分に抱いている密かな気持ちには、ぜんぜん気付かないソフィアだった……
※ ※ ※
次の日。
セラフィム号は、表層のスキャンから生命活動が可能である惑星を発見した。
惑星《グラナースβ》──。
長い間無人とされてきた小型の星のようだ。重力や大気の安定性から着陸の可否を判断。慎重に降下してゆく。
「大気圧、正常範囲。重力、惑星リュミエールの0.92倍。降下可能です」
ミレイの冷静な報告に、ソフィアは小さく頷いた。
「この星に……何か手がかりがあることを、祈りましょう」
セラフィム号のハッチが静かに開き、ソフィアたちは慎重に地表へと降り立った。
周囲は乾いた赤土とねじ曲がった木々、光を放つ恒星が空高く輝いている。
気温はそれほど高く無いが湿度が高いようだ。ソフィアの額にも汗が滲む。
レンが静かに銃を構え、ユリスはスナイパー用のスコープで遠くを見渡している。
「何もいないな……拍子抜けだ」
ユリスがそう呟いた刹那、背後から重い音と共に地面が盛り上がった。
バッ、と土煙が上がり、巨大な昆虫のような生物が飛び出す。
「うわっ!」
四方八方から現れたのは、甲殻類と昆虫の中間のような、異常に進化した巨大生命体だった。
足音は重く、口からは酸のような液体を吐き出してくる。
「ユリス、左!」
「わかってるって!」
ユリスが跳び退きながら一発を放つ。甲殻に命中するも、装甲が硬く、傷一つつかない。
そのとき、斜め後方から鋭い斬撃が走った。
斜めに一閃。重くうねる甲殻がまるで紙のように裂け、怪物が悲鳴を上げて崩れ落ちた。
振り返ると、そこには剣を抜いたダリウスが立っていた。
「背後、敵影接近――」
ファランの声がイヤホンから響くが、それよりも早く、ダリウスの短剣がもう一体の怪物の目を貫いていた。
「……3秒遅い」
「……は?じいさんの戯言かよ……」
「いや、AIより早いって、さすがに――」
さらに別方向から現れる怪物を、ダリウスは背を向けたまま斬り伏せる。
「……じいさん、今の……」
「 “心眼≪しんがん≫” ってのは、こういうことだ。お前らも、いつか覚えろ」
「……いや、認めるわ……あれ、かっけぇな……」
「くそ、背筋がぞわっとした……」
次々と怪物をなぎ倒す、ダリウス。
ファランの解析がクルー達のイヤホンに届く。
「複眼の強度、甲殻に比べ10%。弱点と思われます」
ユリスとハヤセのブラスターが怪物の複眼を次々と貫く。
動きが鈍るとともに、ソフィアもエトワール・ソードで応戦する……
「数がおおい!撤収しましょう!」
ソフィアの声に従い、部隊はセラフィム号へと後退する。
ハヤセが、《マキビシ》と呼ばれる、超小型グレードを怪物の足元に撒いた。
地面を転がり、鋭い突起を立てて散開する。踏み込んだ怪物の足元で閃光と衝撃が炸裂した。追いかけて来た怪物の動きが、わずかに鈍る。
メンバーが戻ったのを確認してハッチが閉まった。
※ ※ ※
「カレン……」
ソフィアが呟いた。
船内から地表になんどもスキャンをかけたが、脱出ポッドの痕跡などは見つからなかった。
カレンの痕跡はなかったが、逆にダリウスは安心したように口を開いた。
「この星ではカレンは生きていけなかっただろう。この星で脱出ポッドが見当たらなかったのは、よかったと捉えるべきです」
ソフィアが頷いた。
惑星《グラナースβ》を後にしようとするソフィア達。
だが、その時ミレイが何かを感知した。
「……艦長。……セラフィム号の推進波形に酷似した信号です」
ソフィアは目を細めた。
「推進波形と似てるってどういう事?」
「おそらく……同じ文明の技術で設計された船かと……すぐ近くの宙域です」
ソフィアの肩でルゥが騒がしく動きだした。
「行きましょう。リュミエール王国に眠っていた文明。その秘密も分かるかもしれない。カレンの居場所のヒントになるかもしれないわ……
どのみち……たぶん……あちらもこの船に気付いているんでしょ。こっちは逃げも隠れもしないわ」
セラフィム号は、白銀の翼を羽ばたかせた……




