しあわせ、
「アレク!待ってよ」
「セラ、遅いよ!早く行こう!」
私は、いつも通りアレクに腕を引かれて丘へ向かう。私とアレクのお気に入りの場所。今日の手伝いは終わったから、これからは自由時間だ。最近は毎日丘で過ごしている。
「ついた!」
「疲れた…もう、ちょっとは私のペースに合わせてよね」
「いいじゃん!途中でバテても、俺が運んでやる!」
「そ、そう…」
今日はちょっとばかり文句をつけてみたものの、ニカっと太陽みたいな笑顔で返されるとなにも言えなくなる。私はこの笑顔に弱いのだ。アレクの楽しいを全力で表に出している顔だから。私といて楽しいと思っている証だから。
「にしてもさぁ。なんか最近セラ小さくないか?なんか、ちょっと前まで同じくらいだったのに、今はこの辺じゃんか」
アレクが木陰に座り込み、自分のこめかみあたりを指して言った。
「アレクは大きくなったんだよ。いきなり身長伸びたから」
「そーか?そっか」
「もうすぐで、完全に見下ろされちゃう…そうだ!ねぇ聞いてよ今日さ、店番してたらさ」
私は今日あった面白いことや変だった事をアレクに話す。そうしたら、アレクも見習い先の話をする。お互いの話を笑い合いながら聞き話す。これが私たちの最近の日課だ。
「へぇ。見習いも結構大変なんだ」
「そうなんだよ、なんだったら絶対独立したほうが楽!」
「それは言い過ぎじゃない?」
「そんなことないよー」
「「…」」
この何気ない瞬間が結構好きだ。会話と会話の間の小さな沈黙。でも全然気まずくなくて、穏やかな風が吹き抜ける、心地よい時間。いつもはたくさん喋るアレクが、気持ちよさそうにこちらの肩に頭を預けて口を閉ざすこの時間が。
「好きよ。アレク」
なんとなく思い浮かんだ言葉をそのまま言ってみる。
「なに急に…俺も好きだよ」
「あら、両想いね」
「そーだよ」
「嬉しい」
「…俺も」
(照れた)
アレクとは、家が隣の幼馴染で…今は恋人だ。去年だったか、想いをハッキリ伝えたのは。それまでも、なんとなくお互いわかってたけど。正式に恋人となったのは割と最近だ。
「セラ」
「ん?…っ!」
名前を呼ばれて振り向くと、唇に暖かいものが触れた感覚がした。
キスをされた。
そう理解するのにも数秒かかって、嬉しいやら恥ずかしいやら、気持ちがごちゃ混ぜになる。アレクとのキスは初めてではないけれど、何回してもこの甘さと恥ずかしさには慣れない。今、私の顔は真っ赤に染まっているに決まっている。
「な、に」
「好きだよ」
追加で抱きしめられて、また唇が重なった。
「っ!は、本当にどうしたの」
「いや?14になったし、もう良いかな〜って」
「な」
「嫌だった?」
「嫌、じゃないけど…」
「けど?」
「慣れない…」
「可愛いかよ」
「〜!うるさい!!」
「ごめんごめん」
あまりの恥ずかしさに、アレクをポカポカと叩く。私がこんなことしても笑顔なんだからずるいと思う。たとえどんな形でも、アレクが笑ってくれるなら私は嬉しい。ずっと、小さい好きだったアレクとこうして過ごせている今が、間違いなく私の人生の中でいちばん幸せだろう。最近は、そればっかり考えている気がする。
(幸せ)
☆ ☆ ☆
私とアレクはあれから一年、変わらずにあの丘で一緒に過ごし、笑い合っていた。ただただ、幸せな日々だった。
そして私は今日、十五歳の誕生日を迎え、無事成人となった。この国では、十五歳が成人とされていて、成人すると正式に仕事についたり、結婚したりもできる。平民もこの年頃で結婚する人も多い。だから、もしかしたら…?と期待してしまっている自分がいる。
「アレク!お待たせ」
私は今日も丘へ向かう。愛しい彼との大切な時間を過ごすために。
「そんな待ってないよ」
「そう?ならよかった」
この一年でアレクの身長はさらに伸び、今では頭一個ぶんくらい差がある。これからもさらに伸びるだろう。 ちょっと見上げなきゃ顔が見えないのだ。
「じゃあ改めて、誕生日おめでとう。セラ」
「ありがとう。アレク」
改めてお祝いの言葉を言ったアレクは何かを取り出した。小さな箱だ。
「それで…今日、呼び出したことなんだけど」
そうなのだ。いつもこの時間に会っているのに今日は手紙がきた。内容は『いつもの時間にあの丘で』という簡単なものだったけれど。何か特別なことがあることはわかった。
「愛してる。セラ。結婚してくれない?」
銀色の指輪と共に告げられた、彼らしい、真っ直ぐな言葉。変に飾らず、誤魔化しようもない、「愛してる」。この言葉はこんなにも嬉しい言葉だったか。愛してる、と言われたのは初めてではないけれど、間違いなく、今の言葉が一番だ
…もちろん返事は決まってる。
「…うん!」
私は堪えきれず、アレクに抱きついた。
間違いなく、今が人生で一番幸せだ。
「セラ、こ」
何かが爆発したような、街の方から轟音が聞こえた。直後に流れ込んできたのは、強風と熱気。あまりの大きさにキーンという耳鳴りがし、他には何も聞こえず、耳が使い物にならない。でも、ずっと何かに包まれている感覚がした。
しばらく耳を塞ぎ、音が衝撃が消えたのを感じて瞼を開くと、目の前にはアレクの胸。抱き抱えられているのがわかった。
「あ、アレク?一体、何が」
「…っ」
ようやく耳鳴りが治り、自分の上にあるアレクの顔を見た。しかし、その表情は、今までのアレクでは見たことがないほどに、絶望と驚愕の色に染まっていた。
「え」
驚いて爆発はした方を振り向くと、私たちの町は、炎に包まれていた。




