表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

今をなくしたくなくて。 feat.ソラ

 桜が散り始めた四月の午後。そのときはまだ、夏美の祖父が健在だった。


 週明けにテストがあるから、ソラと夏美は試験範囲の勉強をしていた。

 リクは「休みは休むためにあるんだ。土日に教科書を開きたくない」と言って走りにいってしまった。


 窓から入る穏やかな風が、ページをめくる。

 ローテーブルでソラの向かい側に座る夏美は、猫クッションを抱えてペンを持ったまま、こくりと首を傾げる。


 そして── そのまま、机に突っ伏した。

 ソラは夏美の寝顔を見つめた。幼さが減り、少しずつ大人の女性に近づいている。でも、まだ大人ではない。

 机に伏せたまま静かに呼吸を繰り返す姿は、小さい頃から何も変わらない。


「少しくらい、警戒してくれてもいいんじゃないかな……」


 眠ってしまった夏美に言っても仕方のない話だけれど、男として意識されていないことが残念でならない。

 けれど、警戒されていたら、二人きりで勉強なんてしてくれないに決まっている。

 なら、今のほうがいいのかと問われてもウンと言えない。


 恋愛マンガでよく、幼なじみと離れることになってようやく恋を自覚する。……なんて話があるけれど、夏美がその一般論と同じな訳がない。かなり鈍い部類に入るから、ソラからアプローチしない限りは気づいてくれないだろう。


 東大受験を考えていることを、まだ夏美に打ち明けられていない。推薦入試の時期を考えると十二月には言わないといけない。


「もし合格できたら、一緒に東京で暮らしてほしい」なんて、ドラマみたいなロマンチックなことを言えたらいいのに。


 ソラの気持ちも知らずに、夏美はすうすうと静かな寝息を立てて眠っている。


(……キス、してみたいな)


 恋人なら、こういうときキスしたって許される。でも告白する勇気はない。

 拒絶されたら、平静でいられる自信がない。

 

 結局、ソラは静かに息を吐いて、伸ばした手を引っ込めた。

 クローゼットからブランケットを出して、夏美の肩にかける。


 なんだかミルクに似たいい匂いがする。夏美は制汗スプレーやコロンをつけないから、これは夏美本人の匂いだ。

 このまま時が止まってしまえば、誰にも邪魔されずに二人きりでいられるのに。


 はやる鼓動をなんとか落ち着かせて、教科書のページをめくる。

 試験範囲の文言に目を通してもぜんぜん頭に入ってこない。


(早く起きてくれないと、僕が保たない…………)


 三十分ほどで夏美は目を覚ましたけれど、勉強にならなかった。



 それからしばらくして、夏美の祖父が亡くなり、引っ越しが決まる。

 居心地の良い関係を失いたくなくて、告白するのを恐れていたことを、心の底から後悔した。



 告白する勇気が持てないまま、夏美が引っ越す前日……八月八日がおとずれた。


 

 今を失くしたくなくて。 END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ