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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 六章 昔日の記憶
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第八十一話 守りたいもの

 押し寄せる容赦ない熱に、勇魚(いさな)は思わず顔を庇った。

 見つめているだけで、呼吸するだけで、目や喉から内側を焼いてしまいそうなほどの熱だった。


 周囲の兵達は敵味方問わずその熱量にもだえ苦しみ、熱源であろう桜花(おうか)から少しでも離れようと必死で逃げ回っている。

 勇魚(いさな)沙羅(さら)もまた、自らの魔力や砂で作った守りがなければ耐えられなかったかもしれない。


 桜花(おうか)は火球に包まれると中空に浮かび始め、火球はそのまま蕾のような形で燃え盛った。

 そしてそのまま花が開くように、中から二対の炎の翼を生やし、五本の尾を靡かせた桜花(おうか)が姿を現す。


 桜花(おうか)が翼を羽搏かせるたびに炎が散り、髪と同じく金色になった眼が勇魚(いさな)沙羅(さら)を射抜いた。

 熱で周囲の空気が歪んで見える。


「……化身か……」


 沙羅(さら)が苦々しい表情で静かに呟いた。

 勇魚(いさな)もまた、沙羅(さら)の言葉の意味を理解してさらに警戒を強める。


 手長足長の化身が、勇魚(いさな)の頭の中に過った。

 桜花(おうか)勇魚(いさな)が見る限りでは人間だ。

 妖怪との違いはあるかもしれないが、それでも戦闘能力が向上するのは想像に容易い。


 むしろ刃を合わせずともわかると言ってもいいかもしれない。

 桜花(おうか)から感じられる存在感や圧力が、火焔の熱量が明らかに増している。

 大太刀も見た目こそ変わっていないが、火焔に照らされていっそ禍々(まがまが)しいほどだ。


 それでも勇魚(いさな)は襲い来る炎熱に顔や目を庇いながら、桜花(おうか)から目を離さなかった。

 そして桜花(おうか)に向けた視線の先、大太刀の反射する光が僅かに変化したことで、勇魚(いさな)桜花(おうか)の構えが変わったことを察知する。


「ぐっ……おっ……!?」


 直後、腕に強烈な衝撃が走る。

 空中から弾丸のように突進してきた桜花(おうか)の大太刀が迫ったところを、勇魚(いさな)はどうにか防いだのだ。


 さらに火焔を(まと)った大太刀が勇魚(いさな)を焼き尽くすべく襲い掛かるも、炎は勇魚(いさな)(まと)った魔力の鎧に弾かれていく。


「……舐めるんじゃあねぇ!!」

「!!」


 (まと)わりついて来る火焔ごと振り払う様に、勇魚(いさな)桜花(おうか)を槍の一振りで弾き飛ばす。

 一方の桜花(おうか)は、想像以上の堅い手ごたえと力に、勇魚(いさな)(まと)う魔力の鎧への認識を改めた。


(成程、あれは魔力で出来たパワードスーツのようなものか……。(まと)った魔力それ自体が筋骨の代わりとして身体に影響を与えて更なる膂力を与えている……。加えてあの魔力の鎧。まるで鯨の分厚く硬い革だ。あれでは中まで攻撃や熱が届かない。加えて……)


 桜花(おうか)がさらに中空へと逃げる。

 元々彼女が立っていた場所には、砂の槍が突き出していた。

 あのままあそこに立っていれば桜花(おうか)は串刺しになっていただろう。


 状況は桜花(おうか)にとってもあまり良いものではない。

 新たに力を付けた勇魚(いさな)は当然として、吉祥の懐刀である沙羅(さら)の砂も厄介だ。


 化身したとはいえ骨が折れる相手だし、何よりこの状態を長く保っていたくはない。

 桜花(おうか)の心の在りようを映すように、彼女の背にある炎の翼は際限なく周囲を巻き込んでしまう。

 敵地ならばまだしも、この場には味方の兵達もいる。


 それだけでなく、また山に火をつけてしまうかもしれない。

 幸いなのは沙羅(さら)も同じ理由で下手に化身できないであろう点か。


 巡る思考の中、勇魚(いさな)の槍が、沙羅(さら)の砂が桜花(おうか)に襲い掛かる。

 桜花(おうか)はそれを火焔と大太刀で退け、素早く空中を飛び回ることで回避する。

 一方で此方の攻撃も、沙羅(さら)の砂や勇魚(いさな)の魔力の鎧によって有効打にならない。


 なにより彼らがここに来たという事は、兵糧のある京極丸には桃が行っている可能性がある。

 京極丸に詰めている将兵は決して弱く無いが、桃を止められるかと言えば否だ。

 早く決着をつけて援護に向かわねばならない。


 ――早く井戸櫓を取らねば。

 ――早く彼らを退けねば。


 お互いに焦りから自然と激しい攻防になっていく。

 周囲を破壊しながら、それでもやはりどちらかにとっての有効打を取れない。


 桜花(おうか)も一旦空中に再度逃れて、再び両者睨みあいの耐性となる。

 正しくじりじりと焼かれるように焦れてきたその時だった。


 桜花(おうか)の背後、素早く滑り込んだ銀色の影が勇魚(いさな)沙羅(さら)の目に映る。

 遅れて殺気に桜花(おうか)が気付いた時には、既に首元まで刃が迫っていた。


「っ!!」


 桜花(おうか)の顔が驚愕に染まり、刃を躱すために彼女はあえて炎翼をしまって重力に身を任せて更に体を大きく捻って躱す。

 彼女の身体はそれによって大きく地面に引き込まれて、首を切り落とすべく振るわれた刃は空しく中を切った。

 桜花(おうか)は炎翼を再度出現させて落下姿勢をすぐに直すと、勇魚(いさな)達へ注意を払いながらも地上に着地した新手へと目を向けた。

 特徴的な月白の髪が、炎の灯りに照らせている。

 真っ直ぐな金の瞳が、桜花(おうか)を射抜く。


「お前、たしかガンリョウの砦や木下川の戦でも見かけた……」

「お前じゃなくて狛。女として戦う人間同士、そこは覚えておいてくれても良くない?」


 刀を肩にとんと置きながら、狛は中空へ戻った桜花(おうか)へと目を向ける。

 そこに勇魚(いさな)沙羅(さら)が駆け寄ってきて、狛の横に並んだ。


「狛、何でここに?」

「桃様の指示ですよ」

「そうか。正直猫の手も借りたいくらいだったからありがてえや」

「あたしが来たからには猫どころか虎の手ですよー。桃様とは時間が合えば毎日立ち会ってますから」


 小声で問いかけた勇魚(いさな)に、狛もまた小声で応える。

 彼女はそれに笑顔で答えると、今度は「沙羅(さら)様」と沙羅(さら)へ呼び掛けた。


「なんだい?お嬢ちゃん」

勇魚(いさな)様と一緒に戦う役割はあたしが変わります。沙羅(さら)様は水源の確保に行ってください」

「そりゃありがたいが……、大丈夫なのかい?」

「私も桃様や一寸様に鍛えられてますから、大丈夫です!それに桃様の読みでは、水源の番をしているのは桜花(おうか)だけじゃないはずって」


 確かに、と沙羅(さら)はその言葉に同意した。

 水源の確保は籠城戦においての生命線のひとつだ。

 桜花(おうか)の他にも万全を期して何者かが詰めている可能性はある。

 しかし人寿郎(じんじゅろう)の側はそこまで将兵に余裕があるわけでは無い。


「……なるほど、確かにあたしが行った方が良さそうだ。今の人寿郎(じんじゅろう)が出せる人材なら、もう一人がいるとすれば妖怪の可能性が高い」

「はい。沙羅(さら)様なら、他の妖怪の知識もあるだろうからって事みたいです。なので、行ってください」

「分かった。気を付けなよ。」


 沙羅(さら)が静かに一歩下がって、砂塵を(まと)って走り去る。

 桜花(おうか)が逃すまいと追撃の炎を飛ばすが、狛と勇魚(いさな)はそれをひとつたりとも通さなかった。


「……解せないな」

「何が?」


 狛が怪訝な表情を浮かべて桜花(おうか)を睨む。

 それを意に介した様子もなく、桜花(おうか)は続けた。


「女に生まれたのなら戦いから離れて暮らす道もあったろうに、何故戦う?」

「それを貴女が言う?私は私の理想の姿の為に戦ってるだけ。男も女も無いよ。そういう貴女は、なんで人寿郎(じんじゅろう)に着いてるの?あの天狗の命令?」

「お前には関係のない事だ」

「誤魔化しても無駄だよ。貴方は人寿郎(じんじゅろう)に忠誠を誓っているようには見えない。それに貴女はずっと不満そうな表情をしている。そりゃ戦なんて楽しめるもんじゃないけど、他の将兵とは明らかに戦に対しての心持ちが違う」

「勝手に判断するな」

「じゃあ聞き方を変えるけどさ、貴女なんで戦ってるのさ?」

「お前には関係ないと言ったはずだ。私の戦う理由を、自分の為だけに力を求めるお前のような女に理解できるとは思えない。それなりの腕のようだが、どうやってその地位に就いた?若手とはいえ蘇芳(すおう)の将の側近のごとく仕えて居るのだ。身体でも使って取り入ったか?」

「……」


 挑発だ。

 分かっている。

 此処で飛びかかれば大太刀か餌食になる。

 一瞬燃え上がった怒りを抑え込む代わりに、狛は桜花(おうか)を睨んだ。


 それでもやはり先ほどの言葉は許せなかった。

 狛の生き方だけでなく、自分を部下にしてくれた桃の事まで貶されたのだから。

 しかし怒りを呼吸と共にゆっくりと吐き出したところで、割って入って来たのは勇魚(いさな)だった。


「こいつはそんなんじゃねえよ。自分の為だけに戦っているわけでもねえ。桃はこいつの戦いとそれに対する気持ちを視て、その上で価値があると判断したんだ」

勇魚(いさな)様……」

「狛は蘇芳(すおう)の為に、桃の為に戦ってくれてるんだ。身勝手な理由で命を賭けられる程戦場は甘くないし、桃だってそんなことで(なび)くような(たま)じゃないってのは直接戦ったあんたも分かってるだろう。」

「……」


 勇魚(いさな)の言葉に今度は桜花(おうか)が黙る。

 勇魚(いさな)はそこに畳みかけるように、更に質問を続けた。


「俺も聴きたかったんだけどよ。なんだって桃を狙う?人寿郎(じんじゅろう)に着いたのもその一環と桃は見ているようだが、実際のところどうなんだ?」

「間違いではない。が、私があの男を……彼を狙うのは、命令であると同時に個人的な理由だ」

「……個人的?」

「たった一人の家族を……。姉を救うため。お前も弟妹がいるのなら、少しは理解できるはずだ」

「……成程な。確かに姉を救うってんなら必死になるのも分かる。たった一人の家族なら猶更な。でも俺にとっても桃は家族みたいなもんだ。俺と狛は、絶対に桃を守る。お前の理由を聴いたうえでも手加減はしてやれねえよ」


 勇魚(いさな)にとって、桃は家族であり、親友であり、片割れのような存在だ。

 共に過ごした時間は、血の繋がった(こう)鯱丸(しゃちまる)以上に長い。

 ある意味では血よりも濃い繋がりが、二人にはあった。


「元よりそんなものは望んでいない。……少し話しすぎたな」


 桜花(おうか)と狛、勇魚(いさな)の間に再び濃厚で重い緊張感が生まれる。

 そこに再び戦いの火を投げ込んだのは、桜花(おうか)の突撃だった。

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