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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 六章 昔日の記憶
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第八十話 火焔と砂塵と槍撃と

 一方、勇魚(いさな)山王丸(さんのうまる)桜花(おうか)と激しく武器を交えていた。


 二人の握る大太刀と槍は打ち合うほどに重く、ひとつ間違えれば鎧ごと身体を切り伏せられてしまいそうな程だ。

 そんな緊張感もあって、桜花(おうか)勇魚(いさな)は互いに一歩も引かずに消耗していく。


 そんな二人の様子に、最初の内は我もと戦闘に加わろうとしていた兵達もその中に飛び込むことが出来ないでいた。


 それも当然と言えば当然だ。


 二人の戦いに加わるという事は即ち、どちらへ着くにせよあの刃の嵐の中を切り抜けられるだけの気概と技量が必要になる。

 でなければあっという間にどちらかの武器に巻き込まれて真っ二つにされるか、身体に風穴が開くかのどちらかであろう。


 気概の方はまだしも、技量の方は兵たち自身も二人の中に割って入るほどの力がないことを嫌でも理解していた。

 目の前で起こっている戦いを観れば、どれほど無謀な猪武者であれその力の差を察するだろう。

 そして何より、足手纏いになりかねないことも理解できた。


 だからこそ、山王丸(さんのうまる)のこの一角においては、勇魚(いさな)達の急襲による乱戦にも等しい状況の中で、桜花(おうか)勇魚(いさな)の一対一の状況が出来上がっていた。


「この!」


 振り下ろされた太刀を勇魚(いさな)が躱し、槍を突き出す。

 桜花(おうか)もまたその刺突に対して、振り下ろした勢いをそのまま体重移動に利用して太刀を薙ぐよう身体を回転させて躱す。


 どちらも相手の一撃を受け、躱し、一進一退の攻防が繰り広げられる。


 その中で桜花(おうか)は、以前より成長している勇魚(いさな)の戦いぶりに密かに驚愕する。

 それともあの時はガンリョウと戦った直後だったために万全でなかったか。

 以前の戦いでは桜花(おうか)が押していたし、なんなら勇魚(いさな)の槍の穂先を踏みつけて切断してしまっていた。

 しかし今回は中々攻めきれない。


(――いや、万全かどうかの問題ではない。こいつは確実に強くなっている)


 桃もそうだが、勇魚(いさな)も確実に強くなっている。

 見目の通り恵まれた体躯から繰り出される薙ぎや突きも、以前より精練かつ鋭さを増している。


(それにあの槍……かなりの頑強さだ。重さも相当な筈。……それをああも容易く振り回すとは)


 勇魚(いさな)はこれまでの攻防の中で、何度も大太刀の一撃を槍で受けている。

 その際の衝突音からして、柄も硬質なつくりでできている事は明白だった。

 当然それに応じて重量も相当なものになる。


 無論、柄を固く作った物であっても相手が不用意な防御の仕方をしたのであれば切断することはできると桜花(おうか)は自負している。

 それができないのは恐らく、相手が上手く刃筋を逸らして受けているからだ。


 あの槍を素早く扱う膂力もさることながら、相手の攻撃を上手く逸らす技量。

 彼らに会うまでは領主の息子など所詮は温室育ちで、鍛錬を重ねていると言ってもたかが知れていると思っていたが、認識を改める必要があるだろう。


 一方で、勇魚(いさな)もまた桜花(おうか)の実力に敵ながら感嘆していた。

 小柄なあの体躯で大太刀を自在に操る力と技は、数年で身につくようなものではない。


 どれ程過酷な訓練を重ねてこの戦い方を身に着けたのか。

 興味はあるが流石にそこに意識を割く余裕はない。

 以前より拮抗できているが、本隊の負担を減らすためにもなるべく早く此処を抑えなければならない。


 そんな焦りの中、先に手札を切ってきたのは桜花(おうか)であった。


 突如桜花(おうか)の手にある大太刀が、炎を吹き上げたのだ。

 そのまま炎は勇魚(いさな)を包み込むように襲い掛かり、勇魚(いさな)は咄嗟に下がって防御姿勢をとった。


「うおぉ!?」


 躱しきれず、勇魚(いさな)の肌を火焔の熱が襲う。

 槍を風車のように回転させて吹き払うも、体のあちこちに熱傷を負うのを避けられない。


 直撃すればただでは済まないであろう熱量の炎に、勇魚(いさな)は肝を冷やした。


「逃さん!!」


 更に大太刀を掃う様に振り回し、桜花(おうか)は追撃の火焔を放つ。

 大太刀の振りに合わせた攻撃であるため速度はそうでもないが、攻撃の範囲が凄まじい。


 此処に兵糧を置いていないのは、この攻撃に巻き込んで燃やさないための措置なのだろう。


「ッチィ……!」


 勇魚(いさな)も襲い掛かる火焔を槍で払いのけながらどうにか突破を試みるが、思う様に有効範囲に入れない。

 そしてついに払いきれずに、勇魚(いさな)の周囲を炎の渦が包み込んだ。


「やべっ」


 どうする?熱で蒸される前に火傷覚悟で突っ切るか。

 勇魚(いさな)が槍を腰だめに突入の構えを取ろうとしたその時だった。


勇魚(いさな)殿!!遅くなった!」


 その声と共に、火焔の渦が砂に塗りつぶされていく。

 炎の勢いが目に見えて弱まり、全て砂に飲み込まれると同時に、砂の嵐はそのまま桜花(おうか)へと標的を変えて襲い掛かった。


「この砂は!?」


 今度は桜花(おうか)が咄嗟に下がって距離を取り、大太刀で砂を掃おうとするも間に合わない。

 その隙に勇魚(いさな)桜花(おうか)の間に割り込むように、ひとつの影が飛び込む。


沙羅(さら)殿か!助かる!」


 汗を額に浮かべ息をついた勇魚(いさな)が、沙羅(さら)の背中に話しかけた。


井戸櫓(いどやぐら)をいくつか先に潰していた。戦況を見て手を出すつもりだったが、私の判断ミスじゃ。すまなんだ」

「いいや、助かった。井戸櫓(いどやぐら)は全部潰したのか?」

「いや、まだ一番大きい、奥にある井戸櫓(いどやぐら)が残ってる」

「となると、そいつが一番の目的か……。すまねえ。俺が手間取らなけりゃ」

「気にするこたないさね。婆は若者の世話を焼くのが仕事だ。しかし、桜花(おうか)とやらの炎は凄まじいね。火消砂を調合しておいてよかった」


 悔し気に拳を握った勇魚(いさな)を労いつつ、沙羅(さら)は正面の桜花(おうか)がいるであろう方向を睨む。

 変わらず砂が両者を隔てているが、未だ桜花(おうか)の気配は消えていない。


「そりゃありがてぇ、因みにどれくらい持って来てくれたんだ?」

「残念ながら用意できた大部分を今ので使っちまった。短い時間に用意できる分には限りがあってね」

「そうか。じゃあ火消砂をつかってごり押しは無理だな」

「辛いことにね。あたしには砂に色々特性を付加できる力があるが、砂を生み出すにも魔力や鉱石がいる。無限にって訳にはいかないのが泣き所さね」

「いいさ、こっちに其の手札があるって相手に思わせるだけでも、牽制になるだろ」

「ははっ、言うじゃないか。流石は吉祥(きっしょう)様の同盟者、恵比寿殿のご子息様だ」

「まあな「話は、終わったか」……うげ」


 割って入って来たのは桜花(おうか)の静かながら圧のある声。

 桜花(おうか)は壁の役割を果たしていた砂を大太刀で掃い除けると、その姿を再び現す。

 髪は幾らか乱れているが、とくに大きな傷を負った様子や消耗も無く、未だその心身に満ちた力強さには衰えがない。


 やはり実力は確か。

 決着を早くつけようにも、勝ちを焦れば逆に此方がやられかねない。

 勇魚(いさな)沙羅(さら)の胸中に焦りが芽生える。


「やれやれ……。未だ一番大きな井戸櫓(いどやぐら)を残している今、あまり時間はかけたくないんだが……」

「ああ……。桃達も動いているとはいえ、本隊への負担もある。早く水源を確保しねえと……。大太刀だけじゃなく炎迄使うなんざ厄介が過ぎるぜ……。何よりあれで本気でないってのが気に食わねえ」


 そうだ。桜花(おうか)はまだ本気を出していない。

 桃の報告では、桜花(おうか)は魔法で炎の翼を纏うとあった。


(桃には奥の手出して、俺にはその姿で十分ってか……?)


 無理もない。自分は桃ほど魔法を使えないし、彼のような冷静さも無い。


 以前の自分ならそう言って、桃に僅かに嫉妬して焦っていたかもしれない。


 だが、今は違う。父から言われた言葉が、勇魚(いさな)の胸には強く残っている。


(俺は桃にはなれないし、なる必要は無い。俺には俺自身が積み上げた力で、俺にしかできないやり方がある)


 それは最近までの勇魚(いさな)にとっては、近くにあったけれど届かなかった力。

 けれど先の戦で、切っ掛けを掴んだ。


 その切っ掛けは今思えば桃が与えてくれたものだが、酒呑童子の教えを受けて育てることの出来た力が、今ここにある。


(……まだ練習中だが、こういう時の為に練習してきたんだ。早速実践してやらぁっ!)


 纏うは魔力の塊。


 姑獲鳥と戦った時の自らの姿を、頭にも紙に描き続けた。

 戦いの最中、また何時でもあの力が出せるように。

 

 まだ桃のように使いこなすことは出来ないけれど、それでも纏うだけならば今でも何とかなる。


 勇魚(いさな)の背から腰に掛けて、鯨の尾びれのような外套が現れる。

 そのまま荒波のように背中から覆いかぶさった魔力が勇魚(いさな)の体に(まと)わりつくと、鎧のように勇魚(いさな)の体と武器を覆って留まった。


「……成程、吉祥(きっしょう)の懐刀に蘇芳(すおう)の新鋭が相手。それも新たな力を身に着けたとなれば、流石に出し惜しみは出来ないな」


 半透明の魔力に覆われた勇魚(いさな)の武器と体を見て、桜花(おうか)は一旦構えを解く。

 その仕草に、勇魚(いさな)は逆に警戒を強めた。

 沙羅(さら)が袖に手を入れて砂を構える。


(――来る。)


「――さあ。行くぞ」


 静かな声。

 しかしその直後、その静けさとは裏腹の激しい炎が桜花(おうか)の身体を球状に包み込み、周囲に激しく肌を焦がすような熱が広がった。

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