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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 六章 昔日の記憶
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第七十八話 勝つ為に

 勇魚いさな達が桜花と接敵する少し前。

 丁度山王丸さんのうまるを襲撃しようとしている頃、桃に率いられた部隊およそ百五十名は山王丸さんのうまるのひとつ南側にある曲輪くるわの前に陣取っていた。


 当然、桃達も見つからぬ様に急峻な山道を駆け上がって此処まできている。

 

 腰には勇魚いさな達も使っていた光砂が淡い輝きを放っており、近くまで来たところで桃達は一旦それを懐にしまった。

 曲輪くるわの周りには警戒の為に篝火が焚かれており、暗闇の中からでも向こうの様子はうかがうことが出来た。


「そういえば桃様、兵糧を機能不全にするってどうするの?燃やすとか?」


 木々の隙間、闇の中から曲輪くるわを観察する桃に、ひっそりと声をかけてきたのは狛だった。

 美しい月白色の髪が、夜闇に慣れた視界の中でさらりと揺れる。


「火……はなるべく使いたくない。敵地の城ならともかく、此処はあくまで同盟領の城だ。だから沙羅さら殿からこれを預かってる」


 そう言って桃が手の中に転がして見せたのは、小さな土器で出来た小瓶だ。

 その蓋を開けてちぎった自分の乾飯ほしいいに僅かにかけて見せると、桃は「齧ってみな」とその乾飯ほしいいを狛に渡して見せた。


 ハヌマンも興味があるようで、それをどんなものかとのぞき込んでいる。

 しかし狛の手の上にあるのは、何の変哲もない乾飯ほしいいにしか見えない。


「これを?」

「多少砂がかかったとはいえ、食べる分には少し我慢すれば問題ないように思えますが……」

「まあ、桃様が言うなら……――――っ!?」


 怪訝な眼差しでそれを見つめつつも、言われた通りに乾飯ほしいいを口に含んだ狛はその瞬間、端正に整った眉根を歪める。


「ちゃんと効果はあるようだな。とりあえずペッしなさいペッ」


 丸見えのまま吐き出すのは流石に憚られるだろうと、桃は手拭いを狛に差し出す。

 狛は少しばかり涙を目にためながら、それを使って口の中に入った砂を吐き出した。


「~~~!!ちょ、桃様なにこれ?砂……?」

「そ。これをかけると水や食べ物が砂に変わる、沙羅さら殿の魔力で作られた魔法砂だよ。作るのにかなり体力を使うみたいで量は用意できなかったが、脅しに使うには十分だ」

「……最初から言ってくれれば良かったのに」


 少しばかり恨めし気に見つめてくる狛に、桃もすまんすまんと答える。


「体験した方が効果も分かりやすいかと思ってな。ほれ水」

「もー」


 狛は少し膨れた面で革袋の水入れを桃から受け取ると、中の水を少し口に含んで濯ぐ。

 そうして再びそれを手拭いに吐き出すと、「これは戦が終わった後で私が洗っておくから」とそのまま懐にしまい込んだ。


「でも確かにこれは相手からしたらたまったものではないですね」

「ああ。空腹と緊張の中で食い物だと思って口にしたものが砂に変わったんじゃあ、精神的に来るものがあるだろう。とはいえ口にしない事にはその怖さも伝わらないから、そこは望月衆の方々に工作してもらう。裏工作や情報操作に関しちゃ浦島衆以上の人達だ」


 思い至った様子の狛とハヌマンに同意するように、桃は頷いた。


「そっか、とりあえずその噂が広まれば……」

「ああ。俺らがそんな効力の砂を持っていて、それを撒いて回ってるって情報が広まるだけでも兵糧や水に対する疑心を引き起こせるし、なんなら相手は砂を見るだけで魔法砂かどうかを警戒するだろう。全員が全員ではないが、全体的な士気には間違いなく影響を与えられる」

「敵からすれば厄介でしょうね」

「ああ。だがそれをするにも、まずは近づかないとな。沙羅さら殿から魔力砂とは別に魔法で作った砂玉を預かってる。勇魚いさなの突入と同時にこいつを壊す形で合図があるはずだ」


 沙羅さらとは遠隔での魔力操作のやり方を幾らか議論したことがある。

 この砂玉はその議論の過程で話に出た遠隔での合図代わりに使える魔法を沙羅さら殿が試したものだ。

 以前桃が凰姫を助けに河童たちの潜む洞窟へ侵入した時や、ガンリョウとの戦いの時に使った水で作った小魚のように、遠隔で状態を操作することで合図代わりに応用が出来るものだ。


 煙や花火での合図よりも目立たない分、奇襲をかけたい時などには使いやすい。


勇魚いさな様が突入するのって、山王丸さんのうまるだよね?私達もそれに合わせるの?」

「ああ。山王丸さんのうまるが騒ぎになった時、そこへ最初に援軍を送るのはこの小丸だ。だから同時にこの小丸を奇襲して一気に制圧することで、相互防御を機能不全にする」

「じゃあ、それまでは待機ってことかぁ」

「そうなるな。とりあえず、今のうちにおさらいだ。

 勇魚いさなの部隊の突入に合わせてこの小丸を一気に制圧する。俺の魔法も使うが、兵を逃がさないように立ちまわってくれ。

 狛は山王丸さんのうまるへの道に続く門を、ハヌマンは兵糧のある京極丸きょうごくまるへ続く門の制圧を頼む。小丸の制圧後に味方の別動隊を引き入れる」

「別動隊……ですか?」

「酒呑童子の部隊だ。正面に陣取っているのは砂の人形。本物は別動隊として、俺達の後を追う形で動いてもらってる。小丸からなら山王丸さんのうまる京極丸きょうごくまるへの援護もしやすいからな」

「ばれないの?」

「向こうから打って出てくるわけでなければ大丈夫だろう。あの出立なら偽物でも十二分に威圧できる。万が一相手が打って出て来ても、棍棒を振り回すくらいは出来るから大抵の相手は蹴散らせるし、なんなら砂の人形と入れ替わる形で酒呑童子が戻ることもできる。」

「便利……」


 呟いた狛に、確かにとハヌマンが同意する。

 ともかく皆各々の役割をしっかりと理解していたようで、特に新たな質問が出ることは無かった。


 尤も、彼ら――特に狛やハヌマンが己の役割をよく理解しているのは重々承知の上だ。


 狛は正義感が強いゆえに熱くなりすい所はあるが、ここ最近はハヌマンに影響を受けてかいい意味ですこし足踏みするようになった。

 それに元来すべての属性を扱える天才性と、職人の家に生まれて培われた手先の器用さは桃以上だ。


 ハヌマンは逆に狛からの影響を受けてか、自分の意思を最近はしっかりと表明するようになってきている。

 生真面目で桃を優先する考え方は相変わらずだが、自分を度外視することは減ってきた。

 兄弟や近所の子供の面倒をみていたというだけあって面倒見が良く体力もあり、人当たりも良い。


 なにより二人とも素直なのが良い。

 分からないことは素直に分からないと言ってくれるし、意思表示もしっかりしてくれる。

 お陰で此方としてもコミュニケーションがとりやすく、桃にとっても二人に合わせた指示もしやすかった。


「別動隊を引き入れた後、狛は山王丸さんのうまるへ向かって勇魚いさな達の援護へ、ハヌマンは俺と供に京極丸きょうごくまるへ向かう。……おっと」


 桃が言葉を切って、腰の辺りを探り始める。


 そうして桃が取り出したのは麻袋だった。


「それは?」

「さっき言ったろう。合図に使う砂玉だよ。魔力で硬く固めてあったんで麻袋の中でころころと転がっていた感触があったのが、今さっきはじけた」

「ってことは……」


 狛の目が輝き、ハヌマンの口がぐっと一文字に結ばれる。

 共通しているのは目に灯る闘志だ。

 いよいよ出番が来たのだと、彼らはその高ぶりを眼にありありと宿していた。


「ああ。中に入っていた砂玉が割れた。つまり勇魚いさな達も仕掛け始めたみたいだ」


 言葉と共に、桃が動く。

 外を守る兵はそれぞれ門の前に四人ずつと哨戒に二人。

 見張り台は門扉の側にある。

 そして目の前には、丁度哨戒の為に動き回る二人の兵がやって来たところだった。


 小丸の壁は太い丸太で作られているため、武器を使用しての人力での破壊はかなり骨が折れる。

 が、魔法であればその限りではない。


 目的は奇襲。

 門扉の兵達は出入り口のない壁の方にまで目を向けていないが。哨戒の兵達は仕留める必要がある。


 哨戒している兵達はまだ闇と木々に紛れた桃の接近には気が付かないが、後数歩も歩けば気付かれるだろう。

 そんな間合いで、桃は空中から、兵の頭めがけて水の塊を落とした。


「わぷっぶっ!!な、なん……うぶぐ!?」


 突然頭に振って来た水の塊の冷たさと重さに、見張りの兵達はたまらずのけ反る。

 その隙に桃は素早く見張りの一人に接近して切り伏せ、もう一人に対しては《水刃輪(すいじんりん)》を投げつけて素早く首を切断した。


 見張りとて容赦はない。

 殺しいわけではないがこれは戦だ。


 失わない為、奪われないためにお互いが命を賭ける戦いだ。

 勝つ為に、生き残るために、相手の大切なもの()を奪う。


 そこに心苦しさはあっても、躊躇いは無い。


 剣に付いた血を自らの魔力から生み出した水で流して払い落し、桃は太い丸太で出来た壁の前に立つ。


 そうして壁の真中へと手を添えると、一気に自らの魔力で作った水を叩き込んだ。


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