第七十六話 玻璃の堅城
三国同盟軍・陣地。
「揃ったな」
玻璃城。
瑠璃領にある城の中でも、当主の居城である瑠璃城に継ぐ大きさを持った山城である。
聳える山々の連なる尾根を利用して作られた堅牢な城であり、本丸から北西に延びる山の尾根伝いに、幾つかの曲輪と石垣を設けることで守りを固めた城だ。
その在り様は常盤との領境を守る壁のようであり、攻める側からすれば山の雄大さもあって気圧されそうな感覚に襲われる。
瑠璃領から常盤領を睨む形で建てられたこの城は、戦時は守りの要として使われていた時期もあった。
一時は当主自らが城に入り、常盤へ睨みを利かせていた事もあったという。
下手に瑠璃城に入るよりもここに籠る方が安全と言われる程、堅牢で攻め難い山城であった。
カムナビ内で領同士の諍いが無くなって以降その機能を使う事は少なくなったものの、要塞としての機能は健在であり、瑠璃城が災害などで使えなくなった際の避難先として使われたこともあった。
戦時は近辺の枝城と連携して領境を守る防衛の要衝として、平時であればもしもの時の拠点として見守って来た玻璃城は、今も変わらず瑠璃領にとっては重要な城であった。
木下川での戦いで敗走した人寿郎はこの城に籠り、籠城の構えを取っている。
兵力は二千程のようだ。
一方それらの攻略の為に此処へ集ったのは瑠璃と蘇芳、梔子から集められた将兵達。
その数総勢二万。
当主である吉祥を筆頭に、酒呑童子と沙羅。
蘇芳からは桃と勇魚、乙と輝夜の部隊が。
梔子からも幾人かの将兵が参陣している。
さらに後方支援として凰姫や白も後々詰所へ、後詰には蘇芳の老将二人が入るという万全の態勢だ。
攻略の為に集った将たちは吉祥を筆頭に陣幕の中で軍議を行っていた。
「さて、私の不明の為に起きた戦の後始末に参じてくれた諸君らには、改めて礼を言う。私たちは今、反逆者たる人寿郎をこの玻璃城に追い詰めている」
広げられた地図を示しながら、吉祥が示したのは玻璃城。
今回の攻略目標だ。
桃達が陣取っているのは城のある玻璃山の麓。
形だけ見れば、城や曲輪から囲まれたような地だ。
兵力の少なさゆえに、玻璃山の尾根伝いに点在する曲輪との連携が精一杯なあたりが幸いだが、それでも難儀な城である。
地形的には不利。
しかし兵力差は此方が圧倒的有利であり、既に先行して城を牽制していた部隊によって敵は疲弊があるはずだった。
本隊はそこへ加わる形になる。
数は圧倒的でも無理に攻めないのは、防衛側が圧倒的に有利な地形に加え、相手の士気の高さを警戒しての事だろう。
「まず行ってもらいたいのは水源の確保だ。玻璃城の本丸最北部には水源として確保されている湖と、それを守る山王丸がある。ここを抑えれば相手の籠城を崩す大きな一手になるだろう。先だって山王丸攻略の為に私の夫もこの曲輪の隣にある山崎丸を攻撃している。その間にこの場所を切り崩してくれ」
「しかし、それは敵も分かっているのでは?」
梔子から派遣された将の一人が声を上げる。
吉祥様はそれに気を悪くするでもなく、その通りだと言わんばかりに頷いた。
「当然、敵からの抵抗はある。先の戦で報告にあった、白磁の鎧を着こんだ武者が守っているようだ。十分に警戒して事に当たってもらいたい」
「白磁の鎧……」
桃の脳裏に、桜花の名が浮かぶ。
あの将が詰めているとなれば、相手も水源の重要性をよく理解しているという事だろう。
「吉祥様、その水源の確保俺が――」
「いや、桃には別の任務を頼みたい」
ともすれば、何度か対峙している自分が行くべきか。
そう思って桃が声を上げたところで、吉祥から待ったがかかる。
まさか名指しで指名されるとは思わなかった桃は一瞬驚きで目を丸くして、一端発言を引っ込めた。
「其方には配下と共に山王丸と本丸を繋ぎとめている小丸と京谷丸を落とし、その後は兵糧を機能不全にしてもらいたい」
「兵糧、ですか?」
「ああ。玻璃城の構造は私も当然熟知している。兵糧の在りかは輝夜殿の力添えもあって場所も確認しているが、大部分はこの京極丸に保管されているはずだ。兵糧は奪うのが理想だが、焼き払っても構わん」
「成程、それで心が折れれば良し。折れなければ……」
「そういう事だ。出来れば犠牲は少ない方がいい。それで人寿郎を捕らえられれば良し、でなければ……」
「わかりました」
その先の言葉は、聞かずとも察することが出来た。
木下川での奮戦を思えば、相手の激しい抵抗は予想が付く。
例え補給を断たれたとして、彼らの戦意が削げるかどうかは分からない。
それでも、犠牲を減らすために心を折る。
これをやる価値はあるだろう。
ただ、人寿郎だけは話が別だ。
捕縛か、あるいはその場で首を捕るか。
いずれにせよ、人寿郎にはこの戦いの責任を取らせる必要がある。
その命を持って。
「なら、水源には俺が向かいますよ。あの鎧武者とは、俺も交戦した経験がある。あの時みたいに簡単にはやられねえ」
「ならば私は勇魚殿と共に。この婆でも役には立ちましょう」
桃が兵糧の焼却を命じられた所で、水源の確保に名乗りを上げたのは勇魚だった。
以前の戦いで苦戦を強いられた分、気合が入っているようだ。
あの時のようにはいかない、と雪辱を果たすつもりなのだろう。
その心意気を知ってか知らずか、勇魚と共に名乗りを上げたのは沙羅だった。
正直な話、沙羅が名乗りを投げてくれた事に桃は胸を撫でおろす。
「では二人に頼もう。だが詰めている将は話に聞くところ相当な手練れだ。無理はしないように。最悪兵糧か水源のどちらかだけでも相手にとっては痛手のはずだ」
勇魚の強さは知っているし、信用もしている。
だが桜花の強さも、同時に知っている。
激しい戦いになるであろうことは確かで、楽な戦いにはならないはずだ。
そんな中、吉祥を長く支えてきたであろう沙羅が手を貸してくれるという申し出はありがたい。
確実に水源を確保しなければならないという理由はあるにしてもだ。
「私たち本隊は正面から当たり、酒呑童子と共に敵の目をこちらに集中させる。瑠璃、梔子の諸将らには奮戦を期待する。乙殿と輝夜殿の部隊は各々城の攻略にかかる部隊の掩護として、扇動や攻城の為の工作を頼む。無論、全てが作戦通りとはいかないだろう。現場の状況によって方法は各々に一任する」
吉祥の言葉に、他の将らも一斉に頷いた。
そうして役割が出そろった所で、改めて吉祥は集った将を見渡し、言葉を告げる。
「先の戦で力を削いで相手は手負い。しかしだからこその強さ、抵抗もあろう。皆、油断せずにあたって欲しい。では、行こうか」
改めて、吉祥様の号令が飛ぶ。
その眼差しは強く、真っすぐだった。
しかしどこか自分の心を抑えつけているような、そんな痛々しさがあって、桃は真っ直ぐにその目を見ることが出来なかった。




