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神の園のリヴァイブ  作者: くしむら ゆた
第一部 一章 異世界の少年
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第三話 前編 魔猪

 岩の塊のようにも見えるその陰の主には、先ほどの三匹以上に禍々(まがまが)しく三又(みつまた)にうねる牙。

 身体にはいくつもの茸や苔が生えており、背中の毛は怒りで逆立っているようにも見えた。

 

 見上げるほど大きな体は2メートルを確実に超えている。

 恐らくは勇魚(いさな)の身長よりも頭2つ分は大きいであろう巨体の猪がそこにはいた。


 これは完全に魔獣化している。

 魔獣化している猪だから、魔猪(まちょ)とでも呼ぼうか。


「……あの、もしもし?ひょっとしてそこの三匹。あなたの子供たちだったりします?」


 威圧するような眼差しを少しでもごまかそうと、桃が軽口を叩く。

 その言葉に当の化け猪は蹄で地面を2回かいた。

 一応返事なのだろうか?


「……もしかして、ものすっごく怒ってらっしゃる?」


 荒い鼻息と唸り声と共に、再度地面をかくこと2回。


「……やっぱり、僕らを襲おうとか思ってたり……?」


 今度は返事がない。

 否、返答の代わりとでもいうかのように化け猪はロケットのように走り出した。


「「ぎゃあああぁぁああ!!」」

「待てお前たち!!そっちは……」


 幹久が叫ぶも桃達に立ち止まる余裕も耳を傾ける余裕もなかった。

 魔猪(まちょ)に追われた桃達は山の中とは思えぬ速度で走り出し、魔猪(まちょ)もそれに続いて猛進する。


 当然障害物など歯牙にもかけていない。

 猛り狂ったかのように猛追してくるその姿は大きさもあって暴走するトラックのようだ。


 しかも厄介なことに、今度は先ほどの三匹と違ってきっちり方向も丁寧に修正してくる。

 その上此方は足場の悪さと視界の悪さで逃げ回るのにも限界がある。

 

 現に二人とも必死に気配を探りながら1つの場所に留まらないよう走り続けていたが、それをあざ笑う様に、魔猪(まちょ)の姿と気配が唐突に消えた。


「うわ!桃!前前前前!!」

「げぇ!」


 勿論撒いたなんて都合のいいことは無い。

 いつの間にか化け猪は正面に回り込んできていた。

 

 狂暴性もさることながら、どうにも桃達二人を獲物として狩りを楽しんでいる様子だ。

 明らかに知能も高くなっている。


(たち)の悪いやつめ……!」


 行く手を遮られて思わず吐き捨てる。

 魔猪(まちょ)は自分たちを格下と思っているのか、牙を振りかざしたりするような様子はない。

 

 だが(いなな)く馬のように前足を持ち上げ始めるのを見て、桃達二人の中で嫌な予感が走った。


「桃、なんかやばそうだぞ……」

「同感……」


 猪はこんなポーズしないだろう。多分。

 見たことがない。


 だとすれば魔獣化の影響か。何をするつもりなのか予想ができない。

 間合いを詰めるべきかそれとも離れるべきか、武器を再度構えて警戒していたその時、魔猪(まちょ)の周囲に拳大の石礫(いしつぶて)が出現し始めた。


 直後、魔猪(まちょ)が踏みつけるように前足を地面に叩きつける。

 それに呼応するかのように周囲の石礫(いしつぶて)が銃弾のように猛スピードで桃達へ飛んできた。


「魔法!?」

「やっぱり魔獣化してるぞこいつ!」


 魔法とは魔物がもたらした技術の1つだ。

 マナを取り込み、自分の力として操って攻防に用いたりする。


 本来は魔物しか使えないものだが、長年の魔物に対する信仰を通じて、この大陸の人間には何かしらの魔物の血が流れている。

 だから人間も、条件を整えて研鑽を積めば魔法を扱うことが出来る。


 そして魔獣も次元穴の影響を受けて出現した魔物の一種だ。

 魔法を使えて当然ではある。

 

 二人が勢いよく飛んでくる石礫(いしつぶて)の雨を武器で弾き飛ばしつつ横に飛び退いて逃れると、畳みかけるように第二波がやってくる。

 普通の獣が魔法を使うことは無いからやはりこいつは魔獣で確定という事になるが、会えて嬉しい相手ではない。

 

 当の魔猪(まちょ)は自分の力を確かめるように次々と石礫(いしつぶて)の雨を作り出していく。

 中には鋭くとがっているものもあるために、正面から受けるのも得策ではない。


「だぁああ!!鬱陶(うっとう)しい!!」


 勇魚(いさな)が思わず叫ぶ程度には、絶妙に嫌なタイミングで石礫(いしつぶて)を飛ばしてきていた。

 弾き飛ばしたり避けたりする分には問題ないが、このままでは攻撃に移れない。

 

 桃達としてもあの攻撃を効率的に撃ち落とす手段がもう一手必要だった。


「……練習中だけど仕方ない!」


 桃が改めて指輪をはめ直す。

 その様子をみて桃のやろうとしていることを察した勇魚(いさな)が薄く笑った。


「こっちも魔法か……なるほどな!」


 まだ勇魚(いさな)は魔法を使えない。

 幹久もすぐにここに来ることはできないだろう。

 だからこれは桃がやる他ない。


 勇魚(いさな)が前に出て化け猪の注意を引いた。

 

 此方も時々流れ弾にやってくる石礫(いしつぶて)の雨を捌きながら、周囲のマナを取り込むことに集中する。

 効率的にマナを取り込むには使いたい属性、地水火風のいずれかを連想するものが必要になる。


 今回の桃の場合は出発前に御館様から受け取った水晶の(はま)った指輪がそれにあたる。

 

 大切なのはイメージ。

 そして思い浮かべたものを正確に現実に落とし込む出力だ。


 大気に、土に、木々に存在する水のマナを取りこんで自身の魔力と混ぜ合わせる。

 

 自然界に存在する水の要素は、規模や効率は違えど水の魔法を使う上での魔力となり得る。


 程なくして先ほど魔猪(まちょ)がやったのと同じように、桃の周囲と掌の上に無数の水の塊が浮かびはじめる。

 大きさはピンポン玉程だが、数は石礫(いしつぶて)の倍ほどはあった。

 

 すると魔猪(まちょ)は桃が魔法を使おうとしていることに気が付いたのか、勇魚(いさな)へ向けていた分の弾を桃に向けて発射してきた。

 それに合わせるように、桃も目の前に浮かぶ水弾(すいだん)の1つを射出する。


「撃ち抜け」


 言葉と共に水弾(すいだん)が破裂する。

 それが合図だった。

 次の瞬間無数の水弾(すいだん)が桃と勇魚(いさな)を庇う様に殺到し、石礫(いしつぶて)を撃ち落としていく。


 其々の水弾(すいだん)は横殴りの雨粒でできた壁のように石礫(いしつぶて)を撃ち落とし、魔猪(まちょ)が追加で生み出す石礫(いしつぶて)すらも生み出された端から破壊していった。

 

 魔力を送り込んでいることで桃自身の手掌の動きである程度の操作も出来る水弾(すいだん)は、勇魚(いさな)に当たる心配もない。

 数が多い分、余った水弾(すいだん)魔猪(まちょ)に撃ち込んでいく。


 この技は訓練中に館の壁に穴を空けてしまう程度には威力がある。(そのあと勿論叱られている)。

 

 幾らか弾かれてはいるようだが、それでも銃弾を浴びせられたように魔猪(まちょ)の身体に無数の弾傷がついていく。

 とりあえずこの技は≪鉄砲雨(てっぽうう)≫とでも名付けようか。


 魔法を使うにあたってこの世界で重要となるのがイメージでよかったと常々思う。

 詠唱を使うものや魔法陣を書き込んだ書物等を使う者もいるが、あくまでそれらはイメージと紐づける事によって魔法の形を作りやすくするための知恵だ。


 だからイメージと出力さえ上手くできれば、それらは必要ない。

 桃が魔法を使うにあたってはイメージも大体完成していることが多いので、あとは短い言葉で合図するだけで良かった。


 それは(ひとえ)に、前世の趣味や経験のお陰だ。

 

勇魚(いさな)!」

「おう!」


 言葉はそれで充分。

 弾が止んだことで生まれた隙を逃すわけにはいかない。

 

 勇魚(いさな)が右から、桃が左から化け猪に対して走り込んで渾身の力で槍を突き出す。

 しかし思った手ごたえは得られず、代わりに返ってきたのは武器が弾かれる鈍い音だった。


「ならもういっちょ!!」


 勇魚(いさな)が負けじと再度武器を突き込む。

 桃も同様に、今度は叩きつけるように槍を振るった。

 

 しかし化け猪はびくともしない。

 それどころか鈍い音を立てて、双方槍が壊れてしまった。


「あ……」

「冗談じゃねえぞ!!」


 桃が唖然とする横で勇魚(いさな)が悲鳴を上げていた。

 折れた瞬間二人の脳裏に再度逃走の文字が浮かぶ。

 

 最後っ屁にと勇魚(いさな)が折れた槍を器用にキャッチし、再度思い切り突き立てるがやはり弾かれてしまった。


 この魔猪(まちょ)、毛皮の分厚さもさることながら泥を使い、器用に鎧のように(まと)っていた。

 

 桃も何重にもコーティングされて固まった泥に阻まれて、刃がうまくたたなかったのだと気づく。

 

 しかし一応痛かったのだろうか。あるいは魔法で石礫(いしつぶて)を撃ち落とされた悔しさか。

 魔猪(まちょ)はこれまで以上に怒り狂った。

 

 牙を振りかざして弾き飛ばされた二人を凝視し、そのまま突進の姿勢に入る。

 その光景をみて、再度二人は走り出した。


「武器も折れたしどうするよ!!」


 勇魚(いさな)が走りながら叫んだ。


 たしかに武器が折れた以上代わりの対策が必要だ。

 それぞれ鉈剣と斧を持ち込んでいるが、それも今のままでは通じないだろう。

 まずはあの鎧のようになった泥をはがす必要がある。


「爺様があのとき叫んでたんで思い出したんだが、このあたり大きな沼があるはずだ。そこに誘い込もう!」


 魔猪(まちょ)に遭遇して思わず逃げたとき、幹久はたしか「そっちは」と言っていた。

 

 事前に確認した地図では、この山林にはいくつか大きな沼があったはずだ。

 今思えば幹久の言葉は沼の存在を知らせたかったのだろう。


「わかった何か考えがあるんだな!!とりあえず信じるぞ!」


 食い気味に叫んだ勇魚(いさな)と共に桃は山道を駆ける。

 水の魔法が得意な影響か、ある程度水のエネルギーが豊富な場所は解る。

 

 そこが水場。

 つまりは沼になっているはずだった。

 幸い、そこまで距離は遠くない。


「もう少しだ!がんばれ!」


 振り返らずに無我夢中で走る。

 

 すぐ其処まで迫っているのか、あるいはまだ少し距離があるのか分からない。

 それでも確実に迫ってくる殺気と威圧感が気持ちを(はや)らせた。


「桃!前!沼!ついた!」

「そのまま突っ込むぞ!」

「はあ!?」

「いいから!!」


 何を言っているんだという反応の勇魚(いさな)を無視してその手を取り、桃はそのまま水面を走った。

 そう、水面を走ったのだ。文字通り。

 

 魔猪(まちょ)を引き連れて沼地の中ほどまで走ったところで二人は立ち止まると、迫る猪を迎え撃つ体制をとる。

 水面を走っていることに気が付いていないのか、魔猪(まちょ)はそのまま桃達を()ね飛ばす勢いだ。


 そして十分に引き付けたその時、桃が動いた。


「よし、お疲れさん」


 リズムを取るように一度だけつま先で水を叩く。

 

 次の瞬間まるで床板を突然外されたように、ドボンと大きな水音を立てて魔猪(まちょ)が沈んだ。

猪は怖い…某狩りゲーをやれば分かる。

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